短編集/男主 | ナノ


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「ジョーカー!!!いい加減にしないか!!!何度言ったら君はわかるんだ!夜のお茶は紅茶を避けてハーブティにすること!!それなのに君は堂々と紅茶を、しかも僕の目の前で飲んでっ!!」
「ソレが”道化師“の役目だろ。」




 鋭い叱咤が飛ぶ談話室。赤の女王を前に、同じく赤を身に纏う男は平然とそう言い放った。腰まで届くほどに長い髪を一つにまとめ、伏せられた瞳は翡翠のように澄んだ美しい色を見せる。白く、傷一つすらない肌は陶器のように滑らかであり、完成された芸術品のように洗練された空気を身に纏う。……そんな、ハートの女王の目の前にいる彼は、そこにいるだけで全てを黙らせてしまうほど強い存在感を放ち、なおかつ美しかった


 スッ…と、見たものすべてを凍らせるほどに冷たい眼差しが、目の前の女王に向けられる




「女王の法律がハーツラビュル寮の伝統なら、寮生の中から選出されるトランプの“joker”もこの寮の伝統さ寮長。俺はアンタの切り札だが、別にアンタの駒じゃない。この寮の寮生なら“俺”を出す権利を皆持ってるし、俺は”道化“でルールには縛られない。」
「たとえそうだったとしても、この寮の寮生である限り規則に沿って動いて頂きたいものだね…!」
「頭が固いねぇ、ハートの女王。俺は馬鹿をやる“道化師”だ。それとも一戦やるか?お互いのためにも辞めておいた方がいい事もあると思うぜ?」




 ニッコリと、美しい顔(かんばせ)に笑みを浮かべて“joker”と呼ばれた男が微笑む。その姿に眉を顰め、リドルは無意識に唇を噛み締めた。
 
 “joker”を断罪するということは自ら懐の狭さを公にするということに繋がる。余程の理由でない限り、この寮において、彼を罰するという行為は眉を顰められる行為にだ。それを男はわかって言っている。目の前の男が仮に断罪され、首を跳ねられたとしても失うものは少なく、逆に断罪し、首を跳ねたリドルが損をするだけだ。




「その、安い挑発にボクが乗るとでも…?」
「さすがは寮長。賢明な判断で。」




 背を向けたリドルに“joker”ことハーツラビュル寮三年、ジョーカー・カートンが笑う。その笑みは酷く人を小馬鹿にしたようなもので、リドルは何も言わずにその場を去った。

 その様子を見ていた一年の寮生たちは、何が起こったか分からないと言わんばかりに、思わず顔を見合わせもう一度、静かに紅茶を飲む先輩を見つめたのだ










 トランプのjokerをご存じだろうか。ゲームの内容にもよるだろうが、ゲーム次第では心強い役割にも、厄介者にもなる、トランプの中でも一際異質を放つカードである。

 そのデザインは数多く存在するが、唯一共通してる点として、可笑しな格好をした男が、カードの中央で道化を演じている風に描かれているものが多い。

 お世辞にも万人受けするようなデザインではなく、どこか畏怖すら感じうる程不気味に描かれたピエロは何を思って描かれたのだろうか。

 なぜ、そのようなデザインになったかといえば諸説あるが、ここでは有名な一つを紹介しよう。

 “joker”とは“道化師”、”道化師“の中でも”宮廷道化師“を指すと言われている。”宮廷道化師“とはその名の通り、貴族や王族相手に芸を見せ、娯楽を与える道化たちのことを指した。

 ”宮廷道化師“は貴族たちを笑わせる芸を披露する者たちである。

 そんな彼らに、もしも不快なことを言われたとしても、貴族たちは彼らを罰することはできない。なぜならそれは”道化“を演じたモノだから。たかが芸で”宮廷道化師“を罰すれば、自ら懐の狭さと教養の浅はかさを世間に晒すこととなる。昔の道化たちはその常識を利用して、本来なら庶民が口に出来ぬ言葉を代弁したとも言れている事を皆様ご存知だろうか。

 庶民からすれば道化師は代弁者とも言われたが、それと同時に、簡単に平民の命を奪える“権力者”に意見できる“道化師”たちは庶民から恐れられ、権力者たちからすれば時に厄介者として扱われた。

 だからこそトランプの絵柄である“joker”はピエロの格好をしているはずなのに、どこか不気味で、どこか恐怖を抱くデザインになったと言われている。


 そして、そのトランプの常識はトランプと密接な関りを持つハーツラビュル寮にも適応された。三年に一度、学園長直々にハーツラビュル寮の中から“joker”の役職を命じられたものが一人選出されると、トランプ兵という役職の寮生に一度だけ、ハートの女王という役職を与えられる寮長は年に数回、それぞれに“joker”を頼り、行使する権利が与えられる。

 この権利は他寮に譲歩することはできず、“joker”も“道化師”の性質を用いて行使された権利を切り捨てることが可能であり、理不尽な権利の行使は通用しない。

 寮長への相対、及び“joker”への宣戦布告に権利の行使を使用してはならない。また、“joker”自体も寮外において基本的に道化を演じなければならないなどの制約がある。ただし”道化師“は規則に縛られないからこそ”道化師“であり、制約はあって無いようなモノだと先代の”道化師“たちは主張した。


以上が、ハーツラビュル寮の“joker”に対する全貌である。




「っと、言うわけで、一年生の皆、本当に困って、どうしようもなかったら我が寮の“joker”こと、ジョーカー・カートン君を頼るようにね!」
「ケイト、化粧の邪魔」
「あ、ジョーカー君は、基本的に学内ではピエロの格好して渡り歩いてるから。」
「マジモンの道化師じゃないっすか」




あ、写真撮って良い?化粧後にして。おっけ〜〜!

 目の前で繰り広げられる会話にトレイは頭を押さえ、一年は呆然とし、二年生以降は苦笑を零す。美しい美貌が化粧をして行くにつれて壊れている。あれ、化粧って美しくするものじゃなかったっけ?俺ら今何を見せられてるんだ…?

 手際よく、白粉を顔全体に厚塗りして、赤々とした口紅を形の良い唇に塗りたくり、左目に大きな星のペイントと右目に泣きピエロのような雫を書いていく。そう言えば昔、顔はキャンパスって言っていた人いたなと男たちは思い出して遠い目をした。




「クローバー先輩、あれって…」
「ああ、我が寮の伝統の一つに“joker”は道化の格好をすべしってあるからな。さすがに制服は変えられないから顔だけ道化師にするんだ。あの顔を覚えておけよ。お前らが本当に困ったら頼る顔だからな」
「オレ、権利を行使してあの顔を辞めてほしいんですけど」
「それは寮の決まりに反するから、寮長に首を跳ねられるぞ」




気持ちはわからなくも無いんだがなぁ。とトレイはケイトに写真を撮られるピエロを見た。時折お道化(どけ)た様に微笑んで、風船にガスを吹き込むピエロを、一年生は何とも言えぬ顔で見つめる。



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