短編集/男主 | ナノ


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 目の前で首を傾げながら”スマホ“という器具に目を向ける少年を見た。監督生が食事中だと少しの小言を入れる。それを聞きながらカリム・アルアジームは哀れだなと思った。

 カリムはコレでもナイトレイブンカレッジの中で、比較的優しい方だと自負している。己がそこそこのお人好しという自覚もある。そんな彼だからこそ、今、目の前にいる少年の境遇は哀れの一言で済ませてしまう。

 少年は良くも悪くも人を引き寄せた。少年の姉でもある監督生も人を引き寄せるが、少年はそれ以上に人に好かれやすい質(たち)だ。それは商人の家を継ぐ自分から見れば、酷く、うらやましい才能だと思う。一個人の意見から言わせてもらえば、その才能は、酷く厄介だと思う。


 己の従者が、慣れた手つきで「目が悪くなる」と、至極当たり前のことをのように装って注意しつつ、少年の手からスマホをするりと抜き、机の上に置くと、出来立てだと微笑んでから少年の目の前に【魔法薬入り】のカレーを置いた。別に害のある毒ではないからカリムは何も言わない。


 だってカリムも少年をこちら側に引きずり込みたい一人だ。


 何も知らない少年が、美味しそうにカレーを頬張った。頬が膨らんでリスのようで愛らしい。ちょっかいをかけようとすれば、己の従者が無言で睨むからできなかった。食べることが好きだというこの少年は、自分に与えられてる食物の本質を知らない。知ることができるのはすべて終わった後だろう。

 その横で弟のことを優しいまなざしで見つめる監督生も、その中に何が入ってるのかまでは知らないだろう。彼女を繋ぎ止めたいとカリムは思う。でも、彼女はすでにあちらの世界の住民だ。急ぐ必要はない。急ぐ必要があるのは目の前の少年だけ。


 監督生の世界と、自分たちの世界を繋ぐあの鏡には致命的な弱点がある。つながった道が一年しか持たないという、致命的な弱点。永遠(とわ)に繋がるなら、従者も、他の寮の生徒もこんなバカみたいな真似はしなかっただろう。でもあの道は一時的なもの。


 少年の不幸は、あの道が閉ざされる前に己の従者やトランプ兵、優秀な魔女の側近に執着心の強いハイエナを魅入らせてしまったこと。悪い虫を、群がらせてしまったこと。まあ、自分も俗にいう悪い虫なのでそこは何も言うまい。


 そして、彼らが引きずり込みたいと思う世界に、引きずり込めるまでの猶予を与えてしまったこと。


 与えられる食べ物には多くの魔力が込められている。そして、その魔力を固定するために、彼は二日に一度、与えられる飴を何の疑いもなくその身の内に溶けさせてゆく。


 その変化は彼が不安がることなく、当たり前として、いつの間にか日常として受け入れられる程度にはゆっくりと、しかし、可能な限り迅速に浸透していくだろう。




――――何時から、俺たちが部屋にいる事を疑問に思わなくなったのか

――――何時から、俺たちが料理を、物を持ち運べることようになったことに疑問を抱かなくなったのか

――――何時から、君一人だけしかいなくても、俺たちが行き来できるようになったのか

――――何時から、手鏡越しに俺たちと会話できるようになったのか

――――何時から、監督生自身があちらの世界に行くところを目撃できるようになったのか




 流石に最後の方は驚いたみたいだけど、それもすぐ動揺を抑えきれるようになっただろう。もう、ソレだけで少年はあちらの世界とかなり近い存在になった。

 泣き叫んで、助けを乞うて、手を伸ばしても、鏡に引きずり込むことができるようになるまで、あとどれくらいだろう




「待ち遠しいな」
「…アジーム先輩?食事ならすぐ目の前にあるけど?食べねぇの?」
「ん?ああ、そういう意味じゃないぜ!悠斗。お前は、何も心配しなくてもいいからな!」
「いや、俺何も心配してないんですけど」




 そう、お前は何も心配しなくていい。なにも考えることなく、俺たちの世界に囚われてくれればいい。最初は泣くだろうか、拒絶するだろうか。それは少し悲しいけれど、きっと話せば彼も理解してくれる。だって俺たちがこんなにも彼を求めているのだから。

 美味しい美味しいと、餌付けされる姿に胸が高鳴ったという従者の気持ちを、最初は理解できなかった。だって彼は餌付けされなくとも可愛かったのだから

 けれど、手土産を持ってくるたびに瞳を輝かせる姿は確かにキラキラ輝いていて、いつの間にか自分も手土産を片手に、彼に会うのを楽しみにしていた。

 俺たちの世界に来たら、うんと優しくしてやろう。卒業したら家に閉じ込めてしまうのもいいかもしれない。ジャミルと一緒に絨毯に乗せて、空を自由に飛び回るのも魅力的だ。



 ほの暗い未来の想像をしながら、カリム・アルアジームは微笑んで、訝し気にこちらを見つめる少年に、手を伸ばした






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