短編集/女主 | ナノ


▼ 2


虎杖という男は私の元カレだった。高校時代の。というか幼稚園から付き合いのある幼馴染だった。元は。幼稚園の頃からの付き合いだったからか、私も虎杖もお互いの黒歴史はあらかたわかるし、隠し事も出来ない間柄で、中学最後の修学旅行時、虎杖の提案で付き合った。

修学旅行前特有の彼氏彼女が溢れかえる時期。軽く深夜テンションで通話していた私たちは付き合いを始めた。そしてこれが見事、いい感じにマッチした。世の中不思議なこともある。虎杖悠仁という男は付き合う分にはこれ以上無いほどの良物件だったわけだ。
雨の日も風の日も雪の日もたとえ台風だろうとワザワザ家まで迎えにくるし、寝る前はあちらから電話も掛ける。風邪で寝込めば見舞いは当たり前で、誕生日には素敵なデートプラン。浮気を疑われるようなことはせず、浮気をさせる様な隙すら作らせなかった。普段学校で馬鹿してる虎杖のギャップに私の胸は常に高鳴ってたし、周りからも祝福されまくった。

高校に行ってもそれは変わらず、漠然と「あ、私コイツと結婚するかもしれない」なんて思っていた。そう、思っていたのだ。この馬鹿が人に何も言わず転校するまでは。



その時の私の気持ちがわかるだろうか。まさか次の日学校に来たら本人はおらず、担任からHRに聞かされる転校の話。携帯は繋がらず、暫くは失意のどん底にいた。

勿論、そのままというわけにはいかず、虎杖という存在を忘れようと努力した。けれど虎杖の存在は私の中で大きかったらしい。虎杖と自然消滅(笑)してから私も努力はした。けれど、誰と付き合っても、誰とセックスしても、誰とデートしても虎杖と比べる自分がいて、どうしようもない女だと指差されているような気持になり、結局破局する。最初の男が良すぎた弊害だった。間違いない。

そしてそんな男が今、目の前で、半透明になってるけど土下座している。数年ぶりの再会だった。言い訳あるなら言ってみろと言う気持ちで見下ろした。




「で、なんで透明なの。なんで透けてんの」
「処刑されちゃって…」
「はぁあん?」
「う、嘘じゃない!嘘じゃない!!」




何言ってんだこいつ。思わず女子あるまじき声を出して威圧すれば、顔を上げ、バタバタと手を振る虎杖の動きに、ちょっとだけ胸がすく。
とりあえず話を聞くため、近くにあったベンチに腰を下ろせば、虎杖が当たり前のように横に座ってきた。付き合っていた時と変わらないその仕草に、思わずその能天気な顔を見つめれば、奴は首を傾げて「どったの?」と聞いてくる。なんか深く考えるのも馬鹿らしいなコレ。ポケットの中に入っていたココアの蓋を開け、喉に流し込む。温かかったはずのココアはもうすっかり冷え切っていた。




「で、どうして処刑されたの。虎杖のことだし、別に何か悪さしたとか、そんなんじゃないよね?巻き込まれた?」
「あー、うん、まあ、巻き込まれたっていうか、自分から、そのぉ、巻き込まれに行ったっていうか…」
「…」
「あっ、でも上城に黙って出て行ったのはごめん。」




電話も、できなくてごめん。本当に、申し訳なさそうにこちらを見つめる虎杖の視線。その真っ直ぐな目に、思わず笑った




「いいよ。」
「!!」
「元々、私にアンタはもったいなかったし」




目を閉じて、缶に入ったココアをあおる。正直、結婚できないのも私が原因で、こいつに八つ当たりするのも何か違う。でも、今、虎杖と話して、顔を合わせて、その姿を見るだけで、あの頃の気持ちがあふれ出る様な感覚がする。
そりゃあ、過去の恋人に未練たらたらなんだから、誰と付き合っても上手くいくわけない。馬鹿らしい。死人にいまだ恋してるなんて馬鹿だ。




「私さ」
「うん」
「アンタ以外に抱かれたよ」
「――ッ、うん」
「痛かった。胸も身体も全部痛かった。誰と付き合っても全部アンタがちらつくの。全部虎杖と比べて、結局は破局するんだよ。お前は俺を見てないだろって」




他人から見たら、きっと何もない空間にちがいない。けれど私からしたらきちんと虎杖が居る空間だ。昔やってたように、ちょっとだけ身体を虎杖の方に寄せる。




「すき」
「うん」
「だいすきだよ。アンタと結婚するって思ってた」
「…うん」
「高校生がなに勝手に想像してんだって思うんだけどさ。多分、アンタが居たら私、アンタと結婚してた」




ずっと思ってたことを吐き出して、私は笑った。空になったココアの缶を投げ、ゴミ箱に入れる。話したらすっきりした。そう言って立ち上がる




「ありがと。聞いてくれて」
「いや、元々俺のせいだし」
「否定はしないけど、根本的には私の気持ちの問題ね。コレ」




背筋を伸ばし、今だベンチに座っている虎杖に振り向いて、私は口を開く。なんでこいつがここに居るのかわからないし、なんで私が見えるのか分からないけれど、区切りがついた。最後に話せてよかった。明日には迎えが来る予定だったわけだし。だから、言う予定でなかった言葉が口から零れ落ちる




「あのさ、虎杖」
「?」
「私さ、結婚するんだよね」




こんな私でもいいって人と





prev / next
目次に戻る








夢置き場///トップページ
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -