短編集/女主 | ナノ


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ヤンデレなんて言うこの世でもっとも可愛く見せて可愛くない言葉がある。意味が分からない?ああそう、感じるんだ。私はもう昔からこの言葉というかこの言葉を体現する奴らに殺されている。さて、何から話すべきだろうか…。



 私は昔、もう本当に昔のことだが、オタクをしていた。どこにでもいる様な平凡で、夢を見て、たまに腐ったものを慎む程度のオタクである。そんな、自他とも認める隠れオタクであった私がどんな間違いを犯したのやら転生した。しかも転生した先は一般家庭。まだ夢を見ていた私は落胆したものだ。なんで一般家庭なんだろう。いい年した大人が、死んだことに対して悲観するわけでもなく、前回産んでくれた両親に対する謝罪をするでもなく、そう思った。今思えばなんていう親不孝者だろうか。そんなことをしたか罰が当たったのかもしれない。そんな一回目の人生で私は仲良くなった男の子(顔が滅茶苦茶いい)に首を絞められて死んだ。私が何をしたというのだろうか。齢14歳。中学二年のことである。最後に見たのはその少年ーー、五条悟が歪んだ表情で『どうして俺を見てくれないんだ。どうして俺だけじゃないんだ。どうしてどうしてどうして!』とまるで呪いのように私を攻め立てる場面。正直に言えばトラウマである。もう二度と関わりたくない。

 二回目の人生はこれまた同じ両親から私は生まれた。そしてひたすら生んでくれたことに感謝した。ありがとうお母さん。ありがとう。前世は可愛くない娘だったはずだから絶対いい子になるからね。そう胸に誓って私は母子家庭だった母のために生きてきた。勿論前世のことを忘れたわけじゃないから、私は五条悟という少年を徹底的に避けまくった。彼が何か言いたげにこちらを見てきても、授業を口実に私に声をかけようとも、私は彼を無視したのだ。そして中学を卒業し、高校へ入学。高校を卒業したら親に贅沢してもらおうとバイトに明け暮れていたある日、私は五条悟という少年をそのまま大きくしたような青年に声をかけられた。顔の造形がべらぼうにいい男である。まだまだ夢見がちだった私はコロリとその男に堕ちてお付き合いをするようになった。青年は自分のことを夏油傑と名乗ったし、私もそれを信じてずっと傑君傑君と呼んでいたと思う。高校三年の夏。私はその夏油傑に殺された。意味が分からなかった。なんてことはない。ただまだ学生の身の上だからと、愛を確かめ合う行為、すなわちセックスを断っただけである。何度となくそんな雰囲気はあったのだが、私はまだ母親の庇護を受けている身だからと断ってきた。「ごめんね、傑君」そういった私に夏油傑、いいや、五条悟は泣きながら襲い掛かり、私を辱しめた後「もう、もう嫌なんだよ!俺じゃない男の名を語るのも、俺じゃない名前を零すお前もっ、どうせ俺とセックスしないのも他に好きな男がいるからだろ!?浮気してるからだろ!?なあ、読んでくれよ、悟って、一回だけでもいいから…」そう涙を流しながら叫んだ彼に殺された。もう一度言おう意味が分からなかった。そして男が五条悟だったことに戦慄した。そうだよな、似てるもんな。私が阿保だったよ。名前呼ばなかったのはお前が原因だよ畜生め。

 三回目の人生はまた同じ母親からだった。その頃になって私は正直詰将棋だなと半分諦めていた。いや、だって、どうしろと?正直私は自分の命が可愛い。何よりも大事だ。でも母親も好きだった。そんな私が何をしたか。五条悟を徹底的に学校でいじめた。もう正直自己防衛だったと思う。嫌われなくちゃ、嫌われなくちゃと怯えながら、私は小学校で彼を虐め抜いた。幸い五条悟という人間はクラスでも浮いていたし、虐めやすかったと思う。綺麗な顔も、透き通るような白い髪も、海を映すような青い瞳も、人とは違うその容姿が彼を虐めの対象にした。私はひっそりと胸を痛めながらも彼を虐めたのだ。それは中学になっても変わらなかった。彼の容姿は綺麗だったから女子は次第に彼を援護し始めたけれど、それもお構いなしだったと思う。中学卒業後、私は母に泣かれた。母にだけは虐めのことを一言も言っていなかったのに、どこから聞きつけたのか、母は私を叱った。その姿に、私は二度と虐めはしないと言ったと思う。高校に入学し、高校を卒業した私はすぐに事務系の仕事に就いた。普通に仕事して、普通に恋をして、普通にお付き合いをしたところでまたもや殺された。そろそろいい加減にしてくれ。殺した相手あ勿論五条である。男は私が恋人と二人でデートをしている目の前に現れて、私を攫うと、路地裏に引きずり込んだ。「どうしてだい?待っててくれるって思ったのに、俺をこんな風にしたのは君なのに、君のために実家を黙らせてきたのに、俺に怯える君のために離れてあげた、お前以外から与えられる屈辱に耐えてやった、就職だって手伝ってあげた、有能な上司を配属させた、君の親の会社に顔を効かせた。それなのにどうして、どうしてどうしてどうしてっ…!」その言葉を最後に私はまた私としてやり直した。



 どうすればいいんだ。どうしろというんだ私に。今回の逆行はこれで88回目。もうそろそろ手加減してくれてもいいと思うんだ五条悟よ。だんだん殺害する方法も悲惨なモノへとグレードアップしていく。馬鹿でも分かるさ君はヤンデレだ間違いない。それでヤンデレじゃないというならなんだというんだろう。彼を受け入れても拒否しても私は彼に殺される。親の腕の中でおぎゃあと生を受け、私は悩んだ。どうやったら殺されないで生きていけるのだろう、天寿を全うできるのだろうむしろ私はまともに生きられるのだろう。考えて考えて考え抜いて、私は引きこもりになった。逆行人生初の引きこもりである。これで五条悟とは合わないで済む。わぁい流石私天才だぞ。母はそんな私の様子を困ったように見ていたが何も言わなかった。でもあれこれ手を焼いてくれはした。通信教育を受けさせてもらったし、たまに来る教員にはお茶や菓子を出して持て成した。私にもなぜ学校に行きたくないのかを聞いてくれたし、それを理解してくれた。取り合えず怖いからとだけ言ったような気がする。

 そんな学校に通わず日本の義務教育を終えた私に待っていたのは予想だにしない勧誘だった。


「呪術師の通う学校へ編入しませんか?」


 正直何を言っているのかわからなかったけど、いかつい顔面の教員に押されて私は頷いた。






 悲報。連れてこられたのに私には呪力とやらがなかった、勘違いだったらしい。でもここに来るまでにあらかた呪霊とやらの話を聞かされた私に帰るという選択肢は取れないらしく、生徒ではなく『窓』としてここで働くことになった。やはり人生は糞であるが、親に金の仕送りができるという事に関しては感謝しかない。私は働いた。『窓』と言っても見習いだという事で手厚いサポートが付いたし、間違えて私を勧誘した先生も大層気にかけてくれて、とても働きやすい職場だったと思う。


ーーーこの時までは


「じゃ、じゃあ東雲君。君が今から正社員になるまでサポートする一年の夏油傑君、五条悟君、家入硝子くんだよ」


 目の前にいる五条悟に意識を飛ばしかけた。何とか唇を震わせ挨拶と礼をすませば彼らは気さくに「よろしく」と返してくれたが88回という死の恐怖が私の身体を震わせる。そんな私に硝子さんが「風邪?」と首を傾げたがそれに「大丈夫です」と返すのに精一杯。というか夏油傑って同級生の名前からとっていたのか知らなかった。転生して新しい発見である。うれしくはないが。
 この先どうなるのか、また死んでしまうのか。そう身体を震わせる私の想いとは裏腹に、五条悟は私に興味がまるで無いというように振舞った。

 そんな態度に私は徐々に平静を取り戻す。そうだ、88回の人生はどんな形であれ彼に幼少期から関わっていた。けれど今は違う。今回、彼に関わるのはこの高校が初めてではないか。ハッと、まるで霧が晴れる様な感覚。
 そう理解して私は彼に接した。びくびくしなくなった私に最初は不審な目を向けていた彼らも次第になれたのか、それとも同学年という事もあるのか友人のように接してくれた。すごい。久しぶりだ、五条悟がいるのに笑えてる私。
 

 ほんわりと、暖かな気持ちになって私は自分でも知らぬうちに肩の力を抜いていた。



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