短編集/女主 | ナノ


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まだある。それは一ヵ月前、私がたまたま間食である菓子パンを忘れておなかをすかせていた日に、どこか強張った顔で近づいてきた鱗滝君は「んっ」とその手に持つものを私に押し付ける。

その存在を見た瞬間に考えるまでもなく私は首を振った


「ごめん、私チョコ粒メロンパンは嫌いなの」


チョコとメロンパン単体なら大好きである。けれどなぜ メロンパンにチョコをコーティング(しかも粒)したのかわからない。憎悪すら感じるそのパンを視界に入れず言い放てば、鱗滝君がものすごく何かをこらえる顔で去って行ってしまった。それにしてもわざわざ私の嫌いなパンを持ってくるとは、本当に彼は私が嫌いである。

この間は先生から運ぶように頼まれていたクラスメイト達のノートを強奪された。たまたま毛筆で筆を忘れた時、その時は酷く助かったのだが、半分押し付けるように筆を手渡された。数日前なんて忘れものを取りに放課後、夕暮れに染まる空を楽しみながら教室のドアを開けると、鱗滝君は私の机の引き出しに手を突っ込んでいた。


「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「…どいてもらっていい?」
「…ああ」


すごく、痛い沈黙と、絞り出した私の声にスッと教室から出て行った彼の背中はなぜか悲壮感に溢れている。悪戯できなかっただけでそんなにも普通悲しむものだろうか。


またある日は、天気予報の予告もなく土砂降りの雨が降った日、傘なんて持ち合わせていなかった私は、下駄箱の近くで立ち往生していた。なんでこういう日に限って雨なんだろう。顔をしかめ、覆い、ちらっと外を見ても、また雨だ。雨が止む気配なんて微塵もなくて、じゃあもういっそのこと濡れて帰ろうかなんて思ってしまったとき、トンっと肩を誰かが叩く、不思議に思って振り向けば、少しだけ頬を赤く染めた鱗滝君がしかめっ面でこっちを見ていた


「貸す」
「え…」
「俺は男だから、濡れても平気だが、お前は違うだろう、身体を冷やす」
「い、いやいやいやいいよ、悪いよ…!」
「男に二言はない!」


そもそも男だろうが女だろうが雨に濡れた身体を冷やすと思う。冷静に、冷静にそう説いて、そうだ、一緒に入ろう。私が持つよ!背が高いし!にっこりと笑いかけた瞬間鱗滝君はまさに名前を表すかのように顔を赤くして、その瞳に涙を滲ませると走り去ってしまった。もちろん雨の中をである。あれが脱兎か。なんて他人事のように思いつつ、とりあえずこの傘は明日返そうかと思った瞬間には鱗滝君の名前を叫びつつ茂みから出てきた隣のクラスの真菰さんと冨岡君に腰を抜かした。えええ。なんでそんなところから出てくるの。傘の色を緑にしてまでカモフラージュしていたらしい彼らにドン引きつつ、私はたまたま迎えに来ていた姉の傘に入れてもらい学校を後にする



翌日、鱗滝君は熱を出して学校を休んだ









以上の事から私は錆兎君に嫌われているのだと思う。そのことを姉と友人に話せば、「え、そうなのかな?」と首をかしげる姉と「ええ、多分嫌われていますよ」と震えながら告げる友人にそうだよねーと返せば、彼女は机に突っ伏してさらにバイブのようにガタガタと音を立て始めた。

大丈夫?と首をかしげて問いかければ掌を見せれそのままサムズアップしてから言う


「あなたのそういうところ大好きです」
「わたしもいつもご飯くれるしのぶちゃんすき」
「恐縮です。私もいっぱい食べるあなたが好きです。」


両想いだね。そうですね。単調な会話の中で蜜璃がぷくぅっと頬を膨らませてずいッと身を乗り出した。


「私はっ!?」
「「好きだよ」」
「きゃーっ!!」


楽しそうな声を上げて姉の蜜璃がウフフッと笑う。かわいいよね。やっぱり。ほっこりとした幸せな気分になりながら、私は今日も自分の部屋でしのぶの作ってくれた料理を口に運んだ

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