▼ 8
師は、先生は確かにそう言ったが、義勇は納得がいかなかった。どうして、生きているのに逢わないのか、恋人とやらの手紙も、逢いたいと綴られていた。その内容は数年前の物だったけれど、逢いたくないわけがないのだ。
だからこそ、義勇は師の恋人とやらを任務のさなかに探し続けた。少しだけ拝借した数枚の手紙を頼りに、藤の紋を掲げる家の主人たちに聞いていく。手紙の内容から、田舎ではなく、最低でも花火が見えるほど繁栄した町の人間であり、藤の紋を掲げる家を切り盛りしていることはわかっていた。
また、真菰に押し花を送っていたことや、庭の木々を見ながら季節のあいさつを書いていたため、庭が広いのであろうとも考察する。
「……」
考えてみてもそんな条件に当てはまる藤の家など多くあるだろう。そもそも無償で支援してくれる家ということで、どの藤の家も経済的に余裕のあるところが多いのだ。
それでも義勇はあきらめなかった。
どうしても師に、長らくあっていないであろう恋人を会わせてやりたかったのだ。考えるように何度も何度も手紙を裏返したり、開いたりとしていれば、声を掛けられる
「もし、鬼殺隊の方」
「?」
この家の主人である、蕎麦屋の男がどこか困ったように声をかけ、そして義勇の持つ手紙を指さして言った
「その手紙…」
「なにか、知ってるのか」
「ええ、その手紙、先ほど日の光に当たり、うっすらと紋章が浮かび上がったのですが、その紋はおそらく、この町の端にある織物屋のものではないですか?」
水柱さまが手紙をもって尋ねるのは最近の藤の家の主人たちの間でもよく話題に上りますので、思わず声をかけてしまいました。そういえばかの屋敷も藤の紋を掲げる家でしたので、今宵はそちらで羽を休まれてはいかがでしょう。急なことですので、わたくしも招待状を書きましょうか
そう話した主人に義勇は頭を下げた。数か月探し回ってようやく手に入れた情報に心が躍る。というか紙にそう言った仕組みが施されていたのは盲点だった。
紹介状を受け取ってから素早く足を動かし目的の場所へと向かう。村の端、大きめの館。
―――見えた
息を整えて、数度戸を叩く。そうすればパタパタとした足音と共に年若い男が出てくる。無言で持ってきた手紙を差し出せば、目を見開いて招き入れられるとともに、一人の老人が布団の中で体を起こしたままこちらを見つめていた。
酷く、やさし気な顔立ちをした老人に頭を下げれば、ゆったりとした動作で首を振られる。その手の中には若い男が渡したらしい手紙が大事に、大事に握られていた。
「とうとう、来られてしまいましたか」
「……手紙の、方は」
「十年前に、亡くなりました。そうですね。この手紙の、六月のこの時期でしたか。」
『拝啓 鱗滝様
梅雨寒の季節となりましたね。雨の香りが増すこの季節ですが、あなたはどう過ごしていますか。水の呼吸を使うあなたのことです、少しだけ、気を良くしているに違いありませんね。私はこの時期になると、ひどくあなたに会いたくなります。
女々しくも私は、あなた様が次に我が家へと訪れる時を日々を数えて待っております。
次は、いつ来られるのでしょうか…』
差し出された手紙は、確かに六月の物だった。見つけた中で、唯一彼女が弱音を吐いた手紙だった。
「流行り病でした。いつも気丈な姉が、倒れたんです。医者の言葉も聞かず、ずっと筆をもって、息絶える直前まで、貴方の師に、20年分の手紙を書いていました」
「20年…」
「ええ、どうして書けたのか不思議でしょう。姉は、先見の能力があったんですよ。小さい頃からいろんな未来を言っていた。おそらく死ぬ直前にその能力がさらに開花して書いていたのでしょうね」
今に泣き出してしまいそうな男が、ただの気弱な青年に見えた。
「何度も。何度もやめるように言ったんです。それなのに姉は最後まで筆を止めず…」
そして…、男はつづけた。先の言葉を途切らせて、涙の光るまなざしで、老人は義勇を見て言う
「この館は50年藤の紋を掲げていましたが、姉のことがかの剣士の縁の方にばれた時、下ろしてくれと、姉からの遺言にあります」
だから、この藤の家は今日で畳むのです。 貴方が最後の方ですね。かの剣士の縁の方。もしよければ、これをあの方にお渡しください そっと差し出されたのは今までの手紙とは違う、古びた手紙だった。
姉が死ぬ瀬戸際に書いた、姉の本心なんです。と、老い先短いこの老人の頼みを、どうか聞いてください。水柱さま。
prev / next
目次に戻る