短編集/女主 | ナノ


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そこから数年はいろいろあった。一番大きいのは龍馬を通して先生に会ったことだろう。

‥‥…コイツ信じちゃダメなやつだ

一瞬でそう悟るけれど、なぜか身体がまるで動かない。いや、自分の意志で動けないのだ。好きでもない先生に笑顔を向けて、尊敬もしていない先生に対して犬のように従順で、やりたくもない暗殺をした瞬間なんかは、身体が元に戻った瞬間に嘔吐した。
―――唯一、同郷で幼馴染であった龍馬にあった時だけ、私はあの藩の中で私で居られた。私という意思の下に動けた。

だけどそれも、彼が脱藩したことにより変わる。

―――裏切られたのかと、絶望して、泣いて泣いて泣いて、すべてがどうでもよくなって
何度嘘つきと吐いたことか




『以蔵さん、ぜったい迎えに来るぜよ、だから、そん時は、そん時は人斬りから足を洗って、わしとーーー』




思い出すアイツの言葉を女々しくも引きずってる。

それからは酒に覚えれて賭博を繰り返す、なんてことはせずに、遊郭、今でいう風俗に入り浸った。私は女だから夜の相手をしてもらうのではなく、ひたすらに愚痴である。本気で同情してくれる遊女たちは「もう、人斬りなんてやめて、うちの門番を」と言ってくれたが、それは丁寧に断っておいた。




「以蔵はん、ほんによろしやす?毎回毎回正規の金額やけど、割に合わないどすわぁ」
「ええ、わしも楽しいき。もろっとうせ」
「……、なにか困ったことがあれば、来てくれてかまへん。お侍さんから追いかけられとるならうちで匿うこともできますえ。やから、血迷ったことなぞは……」
「…どう、じゃろうなぁ、もうわしは、すでに頭ァ、おかしゅうなっとるかもしれん」
「以蔵はん…」
「じゃあのぉ」




ひらりと手を振った

そして私はまた繰り返す、意志の利かない身体がまた人を切り刻む。
血飛沫が待って成功したと、同藩のモノに笑いかけても帰ってくるのは冷たい眼差しだけだ。―――龍馬が脱藩してから、ずっと。
自分の意志で成功させたわけじゃない、自分が斬りたいと思ったわけじゃない。けれどこの身体は、人を斬ることに、人の剣技を盗むことに特化していた。

耐えかねた私は脱藩しようと決意し、行動に移す前に、なぜか同藩の藩士が盗みに入ったことへの罪を擦り付けられ、腕に入れ墨を施されると追放となる。よくわからないけれどアイツは許さない。そして私が生きていた時代とは違うガバッガバな調査をしやがったやつらも許さない。私の罪は人斬りだけである。土佐に戻って私が最初にしたことは先生に脱藩することを伝え、町をさまよっていると、急に腕やら肩やらを拘束され、牢へと投げ捨てられた。




「人斬り以蔵。貴様を吉田東洋殺害の件につき、拘束する」
「たぶんじゃが、それ拘束した瞬間に言わないけんじゃろ」
「「「……」」」
「わしは頭が悪い、じゃがわかるぞ、貴様らもあほじゃな」




すごく気まずげな空気が地下牢に漂ったがそこで持ち直した役人たちのメンタルがすごい
あらためてと言わんばかりに咳を一つはいた彼はすっと姿勢を正し、まず最初に語り掛ける




「以蔵よ、こちらに協力する気はないか、同士の名前を吐くならば、命は助けよう」
「吐くのはえいが、こんな生などいらん。打ち首にしとうせ。獄門でもええ。じゃが、こいだけは守ってくれ」
「命がいらないと…?」
「おん、いらん。わしは殺しすぎたんじゃ、…まあ、ええ。同士の名を吐いた過程を【女でも耐えた拷問に屈して】と記して、提出してくれんか、そして、わしの性別を何があっても表に出さんでくれ」




きっと命乞いをすると思ったのだろう、何人もの役人が驚いたように私を見る
自分の意志で動けることが、どれほど素晴らしいことか。胡坐をかいた私は、入れ墨の入る手と入っていない手を握り締め牢の床に押し付けると頭を下げた




「わしはな、もう、この生に愛想が尽きちゅう」
「―――あぁ、わかった」





その言葉に私は顔を上げると笑った











































岡田以蔵、または人斬り以蔵。慶応元年(1865年)閏5月11日に打ち首、獄門となった。享年28。
彼の獄中での態度は後世に語り継がれ、仲でも有名なのは【以蔵は女でも耐えた拷問に耐え切れず同士の名を次々と自白した】という。彼の性別は男と登録されているが、下賤の身分であり、刑死した遺体を処理する幾人かは手記にこう残していた「岡田以蔵と言われた死体は、女体であった」と




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