短編集/女主 | ナノ


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8年後




「おにい、おにい!啓吉もおにいと遊ぶ」
「いかんちや、今日は遊びじゃなか。そいとおにいやなくおねえや」
「おにいいい!!」
「もうええ…」




んーっ!と抱っこしてと言わんばかりにこちらに対し両手を伸ばす弟の啓吉を言い聞かせていれば、戸が礼儀正しく叩かれる音がし、立ち上がる。カラカラと乾いた音を立てながら戸を開ければ、泣きべそをかいていたとは思えないほどの好青年が竹刀袋を肩にかけ、こちらに微笑みかけていた




「迎えに来たよ以蔵さん、あ、啓吉くんひさしぶりっちゃ!」
「帰れや」
「待って!?」
「啓介やめえ、なんで戸を閉めようとする」




啓吉を目に入れ満面の笑みで竹刀を壁にかけた龍馬がしゃがんだ瞬間に、いつの間に横にいたのか啓介がまるでこの世の汚物を見るかのような眼差しで龍馬を見据えると、突き放す言葉を吐き捨て戸を閉めようとした。それを上から抑えて頭を優しくたたけば、文句を言いたそうにこちらを見上げる




「おにいば連れて行く泣き虫リョーマはかえれ!」
「い、いや、今日はそういうわけにもいかんぜよ。何しろ1年に一度の剣技会じゃけんのぉ、おまんのおにい…以蔵さんいつからおにいになったちゃ…」
「阿保抜かせ、わしは生まれた時から女じゃ。」
「おにいはおにいじゃ!おかあいいよったもん!おにいやったら嫁に行かんでって!」
「ほぉ、おかあがのー、龍馬行くぜよ、相手にしてられん」
「え、う、うん」
「お“に”い“ぃ”ぃ“い”い“!」




ええいうっとおしい!

一丁前に拵えた女物の着物に力いっぱいしがみついて泣きわめく弟に青筋が浮かび上がる
着物を送った本人も困ったように啓吉に話しかけるが、まったくもって聞く耳を持たない、やはり女物の着物ではなく、朝から道着と袴でよかったのだ、送った本人の意向もありこの格好であるが、本当に動き辛いったらない




「〜〜〜〜っ、男じゃろう!黙ってまっちょれ!優勝してきてやるけんの、そしたら今日は鍋じゃ!」
「鍋!?まっこと!?」
「ああ、じゃからしゃんしゃん離しや!」




途端に顔を輝かせた啓吉は、本人も気づかないうちに手の力を緩めた。それを確認し、着物を翻して龍馬が掛けた竹刀袋を肩に乗せ、道場への道を歩く、…ふっ、啓吉、お前はまだまだだな。後ろから情けない声で「まっとうせ以蔵さーん」と聞こえるが、歩調は落とさずに口笛を吹きながら前を歩いていき、息を少し上げて横に並んだ龍馬を鼻で笑う。




「はー、っまっこと速いき、もうすこし落としとーせ…」
「なっさけないのぉ、それでも男かりょーま」
「以蔵さんが逞しすぎるだけじゃ、……のう以蔵さん」
「なんじゃ」




呼吸を落ち着けたのか、私に対して何かを言いかけた彼は、すっと下を向いて、蚊の鳴くような声で問いかける




「嫁に行くんか?」
「―――どうじゃろうな、わしもいい年じゃき、…まあ、こんな男女を受け入れる先があるかどうかじゃ」




同年代の女子に比べて、明らかに太い腕と足、胸も着物を着てしまえばわからないほどに無く、顔もどちらかと言えば中性的で、そういう趣味の奴しか嫁ぎ先がなさそうなのは私自身も把握していた。なにより、




「おかあに言われちゅう、わしが剣技会に出るのは、こいが最後じゃ」
「え…」
「わしゃあ、天才じゃろう龍馬」
「―――うん、以蔵さんの剣術の才能は本物じゃよ」
「おもしろないらしい」
「は?」
「自分より才も強さもある女子はおもしろないらしい。このままやとほんに嫁ぎ先が亡くなるけんの、わしの試合はこいで終わりじゃ」




砂利道をする草履の音が、二人分から一人分に減る。けれど私はそれを気にしなかった。
背を向けているから気配でしかわからないけれど、きっと俯いて、唇を噛みしめた彼は、心底悔しそうな顔をしているのだろう。だからこそ驚いたのだ、剣技会で、人が集まる道の真ん中で、彼は叫んだ




「わしが、」
「?」
「わしが以蔵さんを嫁にもらうぜよ!!」
「……」




固まる空気

なんとも言えない雰囲気

刺さる視線

手を口に当てて目を丸くする女性陣

思わず冷めた眼差しでこの阿保を見つめて吐き捨てた




「わしゃぁ、自分より弱い男に興味はないき」




出直せ泣き虫が、とあの時の弟のように吐き捨てた。


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