番外編等 | ナノ


▼ 3

「ウィステリア先生!」
「こんにちはローズハート君」




 リーチ君の授業が終わり、購買の前でお弁当の物色をしている際に声をかけられ、振り向いた。一番初めに目につく緋色の髪を見て、それが誰かを理解し、返事をすれば、少しだけ嬉しそうに頬を赤らめる。




「あのっ、ジェイド・リーチに補講をされたと聞きました。じ、自分も受けてみたいのですがっ」
「補講は成績の悪い者が受ける者であって好成績だったローズハート君が受けなくてもいいと思うけれど」
「いえっ!満点ではなかったのですから、まだ学ぶべきところがあるかとっ」




向上心高いな君。
 ひどくまっすぐな目をけられると、お姉さん困るんだけど。邪気のない瞳から向けられるのは心の底からの尊敬、敬愛、好意。悪い気はしない。顔がいいからねこの子。




「んー。けれど今回の範囲は自由回答が多かったし、そもそもあの範囲は自分で考えること前提だったからね。…まあ、そんなテストで赤点取りやがったどっかの魚類がいるわけだが…」
「せ、先生…?」
「ああ、ごめんごめん。そうだね、じゃあ課題を一つ出そうかな」




にっこりと笑って手に持っていた教科書を適当にめくり、目についたページを見せながら言う




「教科書271pの「魔法教育における子供への教育方法とその弊害」についてをA4用紙最低二枚分で書いておいで。これは昔から論議されている問題でもあってね、魔力というものは生まれながらにして保有量が決まっている場合が多い、それは授業で行ったと思うけれど、環境によってはその保有量が増加する事例がある。…以上を踏まえて調べてくるといい。補講じゃないから期限は設けないよ」




 頑張ってね。そう声をかけてからかがめていた腰を元に戻し、購買を後にする。勉強熱心な生徒だなと、どこか他人事に思いながら、私は次の授業で使う予定の資料を印刷すべく職員室へと駆けた。本当に、魔法というチート級の力が使えながら所々が前世のように機械だよりになのだから笑ってしまう。スマホのような携帯もあることから、インターネットが確立していることは誰の目に見ても明らかだし、前の世界に比べれば魔法がある分、文明の発達速度は圧倒的にこちらの方が高いだろう。




「それにしても男子校に女教師なんてどこぞのエロ動画でもあるまいし…」




 あの、自称優しい校長は何を考えているのかいまいちわからない。何も考えていないようで頭の中は緻密に練られた計算式で埋め尽くされているし、予想だにしない出来事が起こっても対処できる切り替えの早さもある。ただ面白みのない堅物教師というわけでもなく、ふざけるときは誰よりもふざけることができる柔軟性のある人間だろう。性格は悪いが。

 生徒の問題は生徒の問題。あまり目に余るようならば教師が出るという線引きのできる、校長としては間違いなく【できる】人間だろうに、その線引きまでもがあまりにも長く、気付けば崖っぷちに生徒が立たせれていることも少なくはない。




「本当に、優秀な校長ではあるんだけどねぇ」




 やることなすこと本人基準だったりするので手加減というか、手を抜くという言葉を知らないというか…。思い出してしまった過去の諸々に対して遠い目をしつつ、先輩が気を利かせて印刷してくれたプリントをとりだしながら礼を述べて、席に着いた。まだほんのりと温かいソレを小分けしてホッチキス代わりに魔法で止める。こういうところ便利よな。前の人生ではこういう細かい動作の魔術なんて覚えなかったし、攻撃とか結解とかがほとんどだった気がする。私の場合は特に顕著で、守ることにしか特化してなかった。今では一人前に火の玉飛ばしたり氷の雨を落としたりできるのだから、世界が違えばできることも違う良い例だと思う。そう考えていれば左からやけに色気を含んだ声で話しかけられた。




「…おい、ウィステリア」
「あ、はい、何でしょう。Mr.クルーウェル」
「Mr.はよせ、喜色悪い。お前、駄犬たちには随分と手を焼いているそうじゃないか」




 にっこりと、その整った顔を愉悦と言わんばかりに崩して問いかけてくるクルーウェル先生に、私は思わず顔を顰めて距離を取った。こういう表情をしているときの彼は非常に面倒くさいし、私にとって害ばかりを生み出す先輩となる。聞きませんよと言えば「黙って聞いていろ」と、お構いになしに話す




「一つ提案なんだが、一度本気で怒ってみるのはどうだ?」
「は?」
「犬の躾には厳しさも必要だ」




黙っていれば国宝級に美しい男からの言葉に、思わず目を点にして見つめ返すが、途中で我に返って私は言う




「校長もですか」
「聞かなかったことにしろ、いいな」
「はい」




 貴方の変わり身の早さも見なかったことにしますね。口には出さなかったが態度で伝わってしまった気がする。自分が提案したことなのにこちらを少しすねた様な目で見るクルーウェル先生に似合わないですよとこっそり言えば、愛用の鞭で軽く背中を叩かれた。痛い。






 さて、少し遅くなったが、私の前世の話をしよう。私は昔、英霊だった。私は別に何か特別な出自とかそういうわけではない。いたって平凡な家庭に生まれたただの女の子だった。そんな私の平凡で平穏な日常が崩れたのは高校生の時。ソロモン王の時空逆行実験が失敗し、その特質が私になぜか飛んできた。そう、なぜか時空を超えて私に降りかかったのだ。そこから始まるのはランダムに過去へと飛ばされ、誰かと出会い、誰かと話し、誰かと笑い、誰かの死にざまを見届ける旅。何百という人間を見送った。のちの英雄となる彼らの手を取った。いつの間にか私は導き手と呼ばれ、英霊として座に登録されていた。神話も伝記も歴史もない、名もなき導き手。それが私。その最後は結構あっけなくて、雨の日の階段で足を滑らせ転落死。前世の私は英霊だったから座に登録されて、召喚されて、そこで弟分だった立香に再会して、世界を救って、二度目も世界を救って、立香の最後を見届けて、そこから暗転して今に至る。


 少しだけ特殊な記憶を持つのが私で、今の私に英霊だったころの力はない。誰かを導く才能というか、運命は残念ながら一回死んだだけではなくならないらしい。
 
 私が本当に私なのか、それとも分霊的立ち位置なのかは今のとこはっきりとはしないけれど、この世界で平和に、ただ平穏に暮らせるならそれでいい。脇役万歳。モブ万歳。この一教師というおいしく、衣食住も充実した仕事を辞めてなるものか、前世高校生以来の平凡で平穏な日常を謳歌する素晴らしさに酔いしれながら、カレンダーに目線を向ける




「そろそろ、入学式ですね」
「そうだな、今年の一年はどれほど手を煩わせないか見ものだ」




 ふふっと、楽しげに笑ってから廊下側に通じる扉を見た。それにつられて私もそちらに目を向ければ、慌ただしくも廊下を駆けまわる少年たちの姿に微笑ましいような気持になれば、注意しなければなという感情もわいてくる。席を立とうとした瞬間に横にいたクルーウェル先生が立ち上がり




「そこに直れ駄犬ども!躾しなおしてやる!」
「ガチ切れはさすがに予想外です先生」




 元気よく飛び出していった先生のお顔の笑みに、注意よりも躾に心を奪われているのではないかと勘繰ってしまう。さすが先生、麗しいっすね。笑顔が。
 小さく息をつき、私はチャイムの合図とともに席を立った。今日も明日も明後日も、これからもずっと、この平穏な日常が続けばいい。それを願いながら私は今日も生きていくのだろう























「と、言うわけで、こちら本日から貴方が個人で担当することになった、女性の生徒です。諸事情のため男装をしてもらっています」
「はっ、初めまして!!ユウと申しますっ!!よろしくお願いします!!!」
「あっ、これもしかして乙女ゲームの世界だったりするのかな…」
「へ?」




 ふらりと目の前が暗くなる感覚がして、壁に手を置いた。頭痛い。ちょっとまって、いやな予感がしてきたまってまってまってまって。え、また私、主人公に関わるの???その世界の主人公的立ち位置の人に関わるの??やめようよマジでさ。碌なことにならなかったでしょ前回。けれどこれはお仕事である。にっこりと笑みを浮かべて私はユウちゃんに手を差し出した




「初めまして、モラブティア・ウィステリアです。担当科目は総合世界歴史学科。選択授業だから、気が向いたら取ってくれると嬉しいな。一応、私以外にも女性の人はいるけれど、教師は私だけだから何かあったら私のところにおいで。」
「は、はい、ご丁寧にありがとうございます、あ、あの、その、手にもってる首輪って」
「使い魔の首輪。初日から結構な問題起こしてくれちゃったんでしょ?」




そう微笑めば、女子生徒こと多分主人公ちゃんが顔を青くして「気持ちだけで大丈夫です」とどこか震えたような声に「冗談だよ」といって手を離した。その首輪は粒子になって空気に溶けると何事もないかのように私は前を向く。その様子をどこか惚けたように見つめていたユウちゃんが私に視線を移してポツリとつぶやいた




「魔法って、すごい」
「勘違いしないでください監督生さん、ああいうのをさらりとできるのは彼女だけです」
「えっ」
「あれがどういう原理なのかはわかりませんけど、彼女はどこからともなくものを取り出しますし、手を離した瞬間にあのように消えます」
「原理は説明しましたよ」
「出鱈目だと言ってるんですよ」




 別に、魔術の応用だ。奇跡とか散々前の世界で呼ばれていた魔法に比べれば可愛いものに違いない。魔術とは起こりうる結果を奇跡のように見せているだけで、そこに物があり、火があれば燃える当たり前の現象を人は奇跡とは呼ばないだだろう。その過程がどうであれ、燃える物は燃えるのだから。




「たぶんユウちゃんも頑張ればできるよ」




 うっすらと見える魔術回路に微笑みながら言う。英雄としての力はなくなったけれど、ある程度体の構造が一緒だからできることはできるしできないことはできないけれど。

顔を青くしてソレはないですと首を横に振るその姿は弟分にどこか似ている。最終的に立香も礼装なしでガンド打てたからいけるいける。







prev / next
目次に戻る



 




夢置き場///トップページ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -