歌を…番外編 | ナノ


▼ お菓子を作る話

「ヨル。お菓子を作るわよ」




デデン。と、大きな袋を両手に握りしめ。野薔薇が私に向かってそう言った。うっすらと袋から透ける中身に薄力粉と牛乳があることを確認して、私は「わかった。」と頷いた。どうして野薔薇がお菓子を作りたいと思ったかより、自分がお菓子を食べたいという欲求に従う。




「おっし、じゃあ共同キッチンに行くわよ」
「寮母さんは?」
「三連休で休み。三日居ないから、好きに使っていいらしいわ」




荷物を影の中に沈めて食堂まで一緒に歩きながら話す。途中、真希さんに声をかけようと、彼女の部屋のドアをノックしたが、いなかった。多分任務か何かなのだろう。野薔薇が残念そうに肩を下ろし、暫く真希先輩の部屋の扉を見ていたのが可愛かった。本当に彼女が好きなんだなぁ、なんて笑えば、ちょっとだけ強めに肩を叩かれる。




「で、何を作るの?野薔薇」
「クッキーよ」
「お腹膨れないやつだ…」
「お腹膨らませること前提なのがおかしいでしょ」




そもそもアンタに配慮して薄力粉三袋なんだからね。なんてぼやく野薔薇に礼を言った辺りで、キッチンにたどり着き、影の中から袋を取り出して机に並べる。いろんな味を作りたいのだろう、ココアや抹茶、紅茶のパウダー。チョコペンなるものまでいろいろある。ちょっとワクワクしながらヨルに絡みつく”黒達“の腕は、野薔薇の服も引っ張った。野薔薇も野薔薇で慣れてしまったかのように「はいはい」と言いながらその”黒達“に触れる。




「とりあえず卵割ってかき混ぜてて。私は薄力粉をふるわ」
「ぶちまけるつもり…?」
「古典的なボケはいいのよ。ボウルとかあったわよね…」




ボウルを探す野薔薇を横目に私は卵を割り、かき混ぜる。たくさん食べたいなぁ、なんて思ってしまう自分に苦笑して、泡だて器でボウルの中の卵を回す。
ある程度卵が混ざったのを確認して、野薔薇に目を向ければ、彼女は大量の薄力粉に苦戦している。心配そうに”黒達“がオロオロと野薔薇の周りを行ったり来たりしているのに、少し笑ってしまった。




「いい、アンタたち。手を貸したら釘で撃つわよ」
【ビクンっ】




思わず見かねた“黒”の一人が、その長い手足を私の陰から出して手伝おうと薄力粉に手を伸ばした瞬間の言葉である。震える指先、固まる手、手伝っちゃダメなの…?と言わんばかりに悲壮感漂った腕は野薔薇の服をちょんと摘まんでいる。おそらく同じく釘関連の“黒”だから、彼女と仲良くしたいんだろう。




「野薔薇、バターとグラニュー糖混ぜとくよ」
「全部混ぜといて。計算して量は買ってきた」
「はいはい」




大き目のボウルを上の棚から探すけれど流石に無い。しょうがないかと考えながらとある”黒“に声をかけるべく、私はしゃがみ、自分の陰に話しかける。




「大き目のボウルが欲しいんだけど、ある?」




影が震え、呼びかけた“黒”の手じゃない“黒達”の手が、大きめのボウルを私に押し付ける。人一人くらい入りそうな大きさだ。ドンっと足元にボウルが置かれ、影が伸び、多くの手がボウルを固定した。それを確認し私はグラニュー糖とバターをドバドバ入れた。
野薔薇がちらりとこちらを見たが何も言わない。おそらく、卵を混ぜる作業や薄力粉をこす作業と違い、一人ではできないと判断したのだろう。
大き目の木べらが”黒達”に手渡され、両手でソレを持ちながら滑らかになるまでかき混ぜる。バターの香りと砂糖が混ざり合い、だんだんと一つの塊に変化していった。




「んっ、んっ、んッ…、と」
「大丈夫?腕痛くなったら変わるから」
「大丈夫」




僅かな異変。思わず手を止める。自分の服装を見た。普段着の上にエプロンが乗っている。野薔薇に目をやる。髪を二つに括ってエプロンをかけている。足元を見る。やり切ったように、グッと親指やら触手を立てる“黒達”がいる




【人間はエプロンをするんだろう】
【きちんと肌触りの良いものを作った】




私は何も言わなかった。どうやらとうとう人の影の中に住みながら服まで作り始めたらしい。原材料がなんなのかが分からない。
テーブルに置いてあった溶き卵の入るボウルを両手で持って、黒達の支えるボウルに流し込む。それをまた木べらを持った両手で混ぜながら、野薔薇を見れば、ようやく終わったのか、薄力粉の入った器をもって待機しており、その姿は白かった。




「真っ白だね」
「アンタもこれから白くなんのよ」




片付け大変そう。思わず眉を顰めれば、いい感じに混ざったらしい其処に、野薔薇と手分けして小麦粉を入れた。舞い上がる白い粉が顔にもエプロンにも肌にもかかって、ほんのりと白を纏わせる。顔を見合わせ、二人で笑った。




「さて、これを混ぜるのはまず無理ね。ヨル」
「そうだね。おいで”黒達“手の大きい子たち。お手伝いをお願い」




手を叩く。そうすれば大きい手を持つ”黒“が腕だけを出し、ボウルに突っ込んだ。さりげなく腕のところに【消毒済み】と書かれていて吹き出す。ずいぶん人間臭いことをするものだ。野薔薇や”黒達“とボウルを支え、見守る。数十分くらい混ぜていただろうか、”黒“の腕が止まり、野薔薇にこれくらいかと示せば、満足げに彼女は頷いた。




「よくやった!」




てれっ

器用に腕だけでうれしいことと照れていることを伝える”黒“の腕を撫で、薄力粉やらが付いた腕を綺麗にした。ココからは人間の仕事だろう。固まったボウルの中の生地を野薔薇と二人でいくつかに分けながら、味の種類を増やす。


プレーン、抹茶、チョコ、ココア、紅茶、チョコチップ。


プレーンのクッキーにはチョコペンでいろいろ書きたいから数個作り、ラップに包んで一時間ほど寝かせる。後は型を作って焼けば完成だ。
型抜きを買い物袋から取り出し、使った器具を野薔薇と二人で洗いながら、私は不意に顔を上げた。




「そういえば、なんで突然お菓子?」
「食べたくなったから、ってのもあるけど、一番は思い出作りよ」




その手に持ったスポンジを止めることなく、野薔薇が言う




「思い出…」




その言葉を、私は思わず口に出した。コクリと、野薔薇が頷く




「そ、私もアンタも呪術師でしょ。学生のうちはある程度安全が保障されているかもしれない。でもね、結局呪霊と戦っていれば、いつ死ぬかなんてわからない。なら今のうちにやれることやって、楽しいことをしたいって思った。…後悔はない。呪術師になったことに対して。だって私が私らしく、釘崎野薔薇らしく生きるならこの道が最善。でもふと考えるのよ。」




乾燥機に、水を切ったソレを並べながら、野薔薇が目を伏せた。




「死ぬときに悔いが残ったらいやだって。少しでもその可能性を潰したい。…アンタと、…友達と、一緒にバカやって、買い物して、好きなことして、笑い合って、真希さんと、アンタと、いろんなことすんのよ、ついでにあの馬鹿共やパンダ先輩たちも入れてね」




目尻を下げ、野薔薇が言った言葉に、私は笑う。「そうだね」と。開けた窓から心地の良い風が吹き、”黒“が野薔薇の足に抱き着いた。

ぴぴぴぴぴっ

甲高い音を立てて一時間経ったことを告げるアラームを止め、必要なもの以外がなくなった長机に生地の一つを出して乗せる。




「辛気臭い話は終わり。さ、後半戦やるぞ。ヨル」
「はーい」




渡された型抜きを受け取って、横に置き、生地を薄く延ばす。自分の好きに型を抜き、クッキングシートの並べ、オーブンで焼いた。
空が僅かな赤みを増すころ、ようやくすべて焼き終わって、背筋を伸ばす。目の前には大量のクッキーは鎮座していた、思わず目を輝かせた。おいしそう。ニコニコと笑みを浮かべる私に、野薔薇が肩を叩く。




「馬鹿どもにくれてやる分、ラッピングしたら食べるわよ」
「楽しみ…」
「こんだけ作っても全部食べる気か…」




余裕でしょ。チョコペンでプレーンのクッキーにココにはいない彼らの名前を書きながら、仕分け作業を行う。虎杖や伏黒の分。先生たちや先輩の分。窓や職員の分を袋いっぱいに詰め込んでもまだまだたくさんある。不意に、野薔薇がクッキーを山積みにしたボウルを二つ手に取って、私の影に置いた。




「お前らも食べていいぞ。」




シュンッ


クッキーの入ったボウルが消える。




「喧嘩してないでしょうね、コレ」
「大丈夫。そこらへん上手くやるよ」




強い子も弱い子も、全員仲がいいのが私の”黒”たちの良い所だ。野薔薇が席に着き、それぞれの味を皿に盛りつけて、目の前に置く。余ったクッキーを3:7で分け私に渡した。




「目の前にある皿は今から食べる分。これはアンタが好きに食べる分。で、牛乳は残ったココアや抹茶を溶かして飲む分。作った人間の特権だろ?」




暖かな牛乳の入ったマグカップを受け取って、得意げに笑う野薔薇に同意する。
自分で作ったクッキーを一つ手に取った。まだわずかに暖かく、出来上がったばかりだと主張する。口に入れ、広がる甘さとしっかりとした食感。




「なかなかね」
「うんっ…!」




おいしい。今まで食べてきた市販のクッキーや、夏油先生に貰った高そうなクッキーよりもおいしい。特別な作り方をしたわけじゃない。ただ素人が作ったなんて事のない、普通のクッキーだ。それでもおいしい。一番おいしい。頬が勝手に緩んで、眦が下がる。幸せだと思う。前世もそこそこ幸せだったはずなのに、そんな思い出を上書きするほど、幸せだと思える。




「また、作りたいな」
「そうだね。また作ろう。今度はみんなで」
「賛成」




笑いあう。ゆっくりと、食べきるのがもったいない気がして、ゆっくりと、野薔薇と喋りながら私はもう一枚、クッキーを口に入れた。





後日談



「はい、虎杖君。これ作ったから」
「えっ…!!」




手渡される、可愛らしいラッピングの施されたソレを、虎杖は震える手で受け取った。チラッと見える透明の中身に、彼女らしい字で【虎杖悠仁】と描かれている。




「い、いいの…?」
「うん。」




勝利のファンファーレが虎杖の頭の中で鳴り響く。もはや勝利の宣告だった。昨日、伏黒と共に五条に首根っこ掴まれながら行った任務の疲れが全て吹き飛ぶほどの喜び。許されるならここで踊り出したい気持ちすらある。けれどヨルの手前、そんな変な真似も出来ない。




「ありがとう外村…!!家宝にするから…!!」
「焼き菓子だけど早めに食べてもらっていいかな」
「部屋に飾る…!」
「腐る前に食べてね」




好きな子からもらった初めての手作りお菓子。コレ腐らせない方法無いんかな。虎杖の脳内が防腐処理の方法を探す中、ヨルは不思議そうに首を傾げ、彼を見ていた。


―――男の子ってよくわかんないなぁ。


まあ、喜んで貰えたならそれでいいか。

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