歌を…番外編 | ナノ


▼ パンチラ事件()

その事件が起こったのは、珍しく、本当に珍しく一年全員で任務に就いた日の出来事だった。

入学したての彼らだけでは不安が残るということで、特級呪術師である二人の担任も同行したその日は天気も良く、絶好の任務日和だった。任務日和と言っても出現する呪霊のレベルがそう高いわけではない。担任二人の目的は生徒達の勇姿を見学しに来た。という拍子抜けしてしまうような理由。

なにより一年全員の任務と書類上書かれてはいるが。結局、釘崎野薔薇と外村ヨルがメインとなって行う課外授業である。そのため、一年全員という書類の書き方には語弊があるし、その実態は女子生徒同士の相性を見るといった任務内容。

結果、共闘するのが難しいと思われた二人の相性はよかった。というか外村ヨル自身が呪霊を完璧に従えて見せたため、大抵の呪術師となら上手くいくという事もわかり、担任二人も満足げに頷いたとき、その事件は起こった。いや、起こってしまった。




それは野薔薇が自分の術式を使用し、討伐対象だった呪霊を祓う一歩手前まで追い詰めた時のこと。討伐対象の呪霊が野薔薇からヨルに標的を変えた。おそらく後方で支援していたヨルを弱いと認識し、人質にするつもりだったのだろう。残念。野薔薇よりもヨルの方がヤバい。

ヨルは向かってくる呪霊をまっすぐと見据え冷静に拍手を三回鳴らす。

しかし、ヨルもヨルで一つだけ判断を間違えた。たとえ、どんなに階級の低い呪霊でも生き物。生き物というのは、自分がどうしようもなく追い詰められた時、自分でも驚くほどの力を発揮するのだ。火事場の馬鹿力ともいう。それをその呪霊は発揮した。突進する呪霊、それを正面から“黒”を召喚して立ち向かうヨル。本来なら”黒”に跡形もなく食い尽くされる未来しかなかった呪霊が死ぬ瀬戸際、ヨルに向けて呪力の塊をぶつけた。

それは勿論、”黒“の働きにより直撃することはない。そう、”直撃は“しなかった。その呪力の塊はヨルの左横スレスレを通り抜け、壁にぶつかると消えていく。


ふわっ、と。その呪力が通り過ぎる衝撃で彼女の制服、もっと詳しく言うなら動きやすさを重視した丈の短いスカートが浮き上がり、本来隠されるべき中を晒す。しかも間が悪いことに、横スレスレに通り過ぎたソレはヨルのスカートのホックを壊したらしい。浮き上がった次の瞬間には乾いた音をたて、彼女のスカートは地面に落ちた。下半身のほとんどを晒すことになったヨルは、何が起きたかわからないと言わんばかりに目を丸くし、固まった。ここで、もっとタイミングが悪いことが一つ。同性である野薔薇には“黒”がヨルの前に立っているため、彼女の身に起きている不幸が認知できていなかった。




「く、黒のレース…?」
「こら、悟…!」




五条が思わず口に出さなくていいことを口にする。そしてその言葉通り、黒のレースが施された下着が隠されることなく、後ろにいた男どもの目に入った。健康的で張りのある太股、引き締まった臀部を彩る黒のレースを基調としたソレは、思春期真っただ中の男子生徒には刺激が強かったに違いない。この間、時間換算として0.2秒。何とも言えない空気が流れ、居心地の悪い空間が生まれるに違いない。と、精神年齢が高いヨルは覚悟を決め、心を落ち着かせることに集中する。

ちなみにその顔は可哀想なレベルで真っ赤である。しかもうっすら涙も浮かんでいた。転生したと言えども心は立派な乙女。内心じゃちょっと混乱していたし、覚悟を決めたと言えども変な思考で目が回る。

不意に、どこかで覚えのある香りと、何かがしがみ付いたような感触が腰から伝わった。そっと、自分の腰に目線を下げれば、薄い茶髪のような髪色が見え、ヨルはなぜか安堵のため息を零し、自分の行動に首を傾げる。












理解する前に身体が動いていたと後に彼は語る。

彼こと虎杖悠仁は、己の同級生や担当教師があまりの衝撃で固まる中、脊髄反射で一歩踏み出し、乱雑に脱ぎ捨てた自分の学ランを片手に持って、次の瞬間にはヨルの腰から下を覆い隠した。そして、普段温厚な彼から想像できないような顔で吠える。




「見んな!先生たちはあっち向いて!!」




ぎゅぅっと、ヨルの腰に腕を回し、抱き着くような形で後ろを振り向きながら威嚇した。慌てたように後ろを向く男ども。それを確認した虎杖が次にヨルに言う。




「外村も俺の学ラン結んだらスカート履いて!!ポケットに安全ピン入ってるから!」
「う、うん。」




ヨルの方を向かず、腰に抱き着くような体勢のままで指示を出す虎杖の気迫。その勢いに押され、ヨルは足元から生える”黒“の手によってスカートを身に纏う。そして虎杖の言うように安全ピンを差し込んで留めた。虎杖が腰に回していた腕を外し、「もういい?」という。それに「もういいよ」と返せば、顔を赤くした虎杖が、ヨルと向き直った。




「ズ、ズボンとか」
「そういうの履かない派なんだよね」
「はっ、はか…っ、い、いや、えっと、俺、詳しくわかんないけど、女子ってそんなもんなの?」
「私は履かない」




持ってないし。そう言ったヨルの言葉に、虎杖は年頃らしく、今まで履いてなかったことを想像し、さらに顔を赤く染めた。
荒ぶる内心を鎮めながら、虎杖は顔を上げる。その顔はさながら歴戦の勇者のように覚悟を決めたモノだった。本来ならセクハラと捕らえられるような言動を、今から自分は目の前の少女にする。気持ち悪がられるかもしれない、でも言っておいた方が自分の好きな女の子のためになる。高校生が決めるのは少々重すぎる覚悟を持って、重々しく、けれどはっきりとした声音で虎杖はヨルに向け、とある提案をした。




「履いた方が、いいと思う。こういう事、今後もあるだろうし」
「だよね。でもさ、ズボンにしてもらった方が良くない?」




ズボンも可愛いだろうな。なんて思う自分は末期なのだろうか。思わず遠くを見て、不意に虎杖は気づいた。普通に会話をしているが、目の前の少女、さっき油断して”黒”を呼び出していたよな、と。そのことについても言及しなければいけない。言葉を考えるよりも先に、虎杖の口は言葉を発していた。すべて本人は無自覚に、何気ないことのように言ってのける。




「ズボンでもスカートでも、何着ても外村はぜってぇ可愛いと思う。でもそれは俺が決める事じゃねぇし。外村の自由でいい。…次、油断しなければ、それでいいよ。俺は」
「――っ!」




バレていた。油断したことが。情けねぇ。
見抜かれたことに動揺し、反省しながら虎杖から目を逸らす。しかし目の前の同級生は、そんな彼女の頬を包み込み、強制的に目を合わせると、真剣な眼差しでヨルを見つめながら困ったように笑って言う。




「嫁入り前なんだから傷はなるべくつけない方がイイっしょ」
「う、うん。ごめん」
「もしも貰い手なくなったら言って、俺が貰うから」




ドストレート。野薔薇と伏黒がそっと10点の札を上げた。行け。このまま押せ!先ほどのエロゲ直球コースのようなラッキースケベなどなかった。いま、目の前で繰り広げられているのはさながら少女漫画のような青い春的展開。通称アオハル。胸が躍る。

・・・が。

ココで押せたら虎杖悠仁はすでに目の前の少女、外村ヨルと付き合えている。侮ることなかれ、虎杖という男は中学三年時の一年間、グループ活動以外で彼女こと、外村ヨルとまともなおしゃべりを出来た経験があまりない。


バッと、まるで犯罪者が無罪を主張するかのように突如、手を上に上げ、虎杖は先ほどまでの真面目な顔は何処に言ったのか。顔を赤くし、慌てたように口を滑らせた。かなり早口である。




「あっ…!も、もちろん、傷が出来たぐらいで外村の魅力がなくなるとか、そんなんじゃなくて!!よ、嫁の貰い手云々もセクハラとか、嫌味じゃないから!!そのままの外村でもいいって奴ぜってぇ居るし!!俺が貰わなくても、その、えっと…」
「どけ!!クソ童貞!!」
「へっぶぅ!?」




カンカンカンッ!!野薔薇の勝利を告げるゴングがどこかで鳴った。

その手にトンカチを握りしめ、肩で息をする彼女は同級生(80kg)を片手で掴むとギリギリまで顔を近づけ、ガンを飛ばす。




「て、め、ぇ、は、なんでそこでもう一歩押せないんだよ!」
「し、下心あるって思われたくなくて…!」
「すでに二回自分の学ラン身に付けさせといてその言い訳が通じるわけねぇだろ、なめてんのか」




なめてない、そういう性分なだけである。
野薔薇はそう言いながら虎杖の腹に拳を叩き込んだ。残念なことに鍛え抜かれた腹筋で防がれてしまったが、乱雑に虎杖を捨て、ヨルに抱き着く。

この後の展開が予想できているらしい担任二人はスッと無言で財布を取り出した。




「の、野薔薇?」
「聞け、男ども」




野薔薇の整えられた指先が倒れた虎杖とその他三人に向く。この場において男に発言権はない。というか虎杖の行動で無くなった。




「事故だったとはいえ女子の下着を見た罪は重い。荷物持ちと買い物付き合えや」
「何なら全部出すよ野薔薇」
「当たり前でしょ」
「お昼は高い所に行こう。どこがイイ?私が出すよ」
「ヨル、どこがイイ?」
「私!?」
「アンタが被害者なんだから当たり前でしょ。おい童貞(虎杖)」
「は、はいっ!」
「復活早いな」
「お前、ヨルの買う服全部出せ」
「わかった!」
「え、ちょっ…!?」




大丈夫!俺!お金あるよ!!

元気な声で返事する虎杖と困惑するヨル。『宿儺の器手当』というものが存在する故か、虎杖は結構お金は持っていた。けれど容赦を知らない野薔薇のことだ、破産するだろう。五条は何も言わず虎杖に諭吉の束を握らせる。貰っておきなさい。女子って容赦ないから。そんな副音が聞こえてきて、虎杖は遠慮なく財布に入れた。野薔薇の怖さはわかっている。今後の目標は野薔薇に付き合っても破産しない程度に財産を蓄えることだ。


その日からヨルはスパッツ、または体操服のズボンをスカートの下に履くことになったのは言うまでもない。

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