歌を…番外編 | ナノ


▼ デート話

その事件というか出来事は虎杖悠仁が目覚めて一週間。つまり虎杖悠仁と外村ヨルがお付き合いを始めて一週間経過したころに起きた。たまたま二人の任務先が近く、そのままデートと言う流れになって、虎杖オススメの喫茶店に入店した瞬間、その出来事は起こってしまったのだ。


「お願いします。どうかっ、どうかチャレンジメニューだけは勘弁してください…!」


 血反吐を吐くかのような声音。お手本のような土下座。普段被っているであろう真っ白い帽子を脱ぎ捨て未成年に対し頭を下げる姿は何とも哀れ。そして土下座されている相手、外村ヨルこと私は溢れ出る冷汗が止まらなかった。

 ──あっ、ココあれだ。前夏油先生と一緒に食べに来たデカ盛りパフェの…。

 横に居る虎杖が酷く困惑しながら私を見つめている。それに対して私は目線を泳がせつつ、土下座する相手に対して「や、やめてください…!」としか言えなかった。店としてどうなんだ。客にこんなに気使わせないでくれ。そんな願いが気を抜けば口から零れてしまいそう。


「きょ、今日は普通に食事をしに来ただけで、チャレンジメニューをやりつもりなんて微塵も…!」
「え、そーなん?俺、外村が喜ぶかもって思ってココに連れてきたんだけど…」
「虎杖君ちょっと黙って…!」
「んむっ…!」


 思わず虎杖の口元を両手で抑え込み、私はただ「すみません。すみません。」と頭を下げカフェの外に出た。今だせわしなく動く心臓が痛い。
 胸を押さえながらチラリと虎杖を盗み見れば、彼は首を傾げ私を見つめる。そんな虎杖に対して罪悪感しか生まれてこず、私は謝罪の言葉を口にした。


「ごめん、虎杖君。実はあそこね、前夏油先生と食べに行ってて、その…。」
「あー…。もしかして…。」
「ここら一帯制覇しちゃって…」
「マジで…?」
「うん…。」


 恥ずかしい。昔はそんなこと思いもしなかったのに。
 火照った顔。それを隠すように下を向く。せっかくオススメだと案内してくれたのに申し訳ない。ぎゅっと胸の前で拳を握れば、そっと私の手に虎杖の手が重なった。じわっとした熱。その熱に恐る恐る顔を上げれば優しく目じりを下げる虎杖が居る。


「何気にしてるかわかんないけど…。俺さ、たくさん食べる外村が好きだよ」
「──っ」
「外村が美味しいものたっっくさん食べて、幸せって顔してるのを見るのがスッゲー好き。ってかさ、食事できなかったのは残念だけど、俺、外村と一緒に入れるだけで幸せだよ?」
「虎杖君…」
「こうやって手ぇ繋いで、なんか買い食いでもしてさ楽しまね?せっかくのデートだし」
「…。うん…。」


 ぎゅっと指を絡めるように繋いだ手を握り、私は小さく頷いた。そんな私に虎杖が蕩ける様な笑みを浮かべ、優しく私に話しかける。


「実はさ、ここら一帯チャレンジメニューがあるってのは有名なんだけど、露店もレベル高いんだって。五条先生が言ってたよ」
「そうなの?」
「おう!外村となら絶対全部制覇できるしさ。楽しもうぜ?」
「そうだね。楽しみ…!」


          ・・・・・・・


 二時間後、このあたりの露店をあらかた回り終わった私たちは人気のない公園のベンチに座り、手に持ったコロッケに舌鼓を打っていた。いや、正確には虎杖は私を眺めていただけで、私がコロッケを堪能していた。


「おいひい…」


 サクサクとした衣。ジャガイモだけではない、ひき肉のゴロゴロ入った餡。特製ソースと言われ思わず買ってしまったソースとの相性も抜群。
 あまりの幸福感にただ口を動かせば横から冷気を放つペットボトルを手渡される。それを受け取って私は顔を上げた。そこには頬に一筋の汗を流した虎杖。そんな彼が苦笑しながら私に言った。


「食べるのもいーけど。水分補給」
「ありがとう虎杖君。そうだ、お金…。」
「いーよ。いらない。外村の幸せそうな顔だけで充分」
「でも…。」
「いーの!それに…」
「?」


 先ほどまで勢いのあった虎杖君の態度が一気にしぼみ、どこか照れたように頬を掻くと、へらりと笑みを浮かべ首を横に倒しながら言う。


「もっと俺を好きになってくれたら嬉しいなっていう、下心。」
「これ以上?」
「うん。これ以上。」
「これ以上ないくらい好きな場合どうしたらいいの?」
「・・・」


 虎杖の手からおそらく自分用であったのであろうお茶が零れ落ち、重力に従って地面に叩きつけられる。そしてペットボトルがコロコロと転がり、私の靴に当たった時、勢いよく肩を掴まれた。
 グッと近づく虎杖の顔、ソレに目を丸くすれば、彼は叫ぶように、というかどこか悲痛な声で私に言う。


「俺をこれ以上好きにさせてどうすんの…!」
「えええっ…。」
「ううっ、俺の彼女が可愛い。なんでそんな可愛いの。なんで無自覚でそんなこと言うん…?」


 抱きしめられる感覚。
 私も虎杖の背中に手を回し、トントンと優しく叩いた。
 難しい顔でうんうんと唸る虎杖に対し、私は素直に好意を伝える。なぜだかそうした方がいいような気がして、真っ直ぐとした想いを彼に告げるとその瞳をのぞき込む。


「好きだよ虎杖君」
「俺も好き…。」
「嬉しい」
「…ぜったい、幸せにする」
「うん。幸せにしてね」


 言葉の掛け合い。しばらくお互い抱き合って、少し身体を離した。視線と視線が絡み合いそっとキスをして笑う。


「人気がなくてよかった」
「ほんと、俺ら何してんだろうね。…外村、もう一回いい?」
「その前にお茶飲ませて。口の中ソースなんだけど…」
「気にしねーって」
「んっ…」


 私は気にするんだけど。その言葉を飲み込む様に虎杖がもう一度私にキスをして立ち上がり「帰ろう」と口にする。その言葉に頷き、私は公園のベンチを立った。気づけば辺りは夕焼け色に染まっていてなんだか寂しい気持ちになる。

そんな私の手を握り、虎杖は言った。


「また、デートしよう。外村」
「うん。また連れて行ってね。虎杖君」


 でも、その寂しい気持ちも、彼が次を約束してくれた瞬間に歓喜に変わるのだから現金なモノだ。
 今ある幸せをかみしめて、私達は高専へと帰っていった。



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