歌を…番外編 | ナノ


▼ 虎杖×夢主の子供の話

【本編軸から数年後】

 肌を刺すような寒さから一転し、日中に暖かな風が流れるようになった三月後半。一人の少女が元気に高専内を駆け回っていた。艶やかな黒髪に意志の強そうな瞳。小さな手足をいっぱいいっぱい動かして走るその姿は見かけた人間を和ませるだろう。……その少女がただの幼女であれば。
 そう、ただの幼女じゃないのである。間違いなく父親に似たその身体能力で高専内を縦横無尽駆け回る幼女を捕まえるべく全速力で後ろを追いかける頬の痩せこけた眼鏡をかける男性職員が力尽き、崩れ落ちた。疲労の滲む顔には汗が浮かび、男性職員がまるで血反吐を吐くかのように懇願する。


「夜空ちゃん!止まってくださいっ…!」


 ピタリ。まるで急ブレーキを踏んだ車のようにその場で脚を止めた少女の丸い瞳が男性職員。もうそろそろ四十に差し掛かりそうな伊地知を見た。その瞳がどこか不思議そうに瞬き。息を整える伊地知に問い掛ける。


「だってパパもママもここに居るんでしょ?」
「虎杖君も外村さんもまだ任務ですよ…」
「ママも虎杖だもん!」
「そうでしたね…。」


 子供特有の無邪気な返答。それに対して伊地知はどこか遠い目をしながらそう答えた。よろよろと今にも倒れそうな、心細い足並みで夜空に近づき、小さな体を持ち上げる。その体は先ほど大の大人を振り切って駆け回ったとは到底思えない程軽い。あの無尽蔵な体力と脚力は父親似だろう。顔は母親にそっくりだというのにびっくりするほどのお転婆だ。
 ようやく捕まえたことに安堵のため息を零して伊地知はその小さな背中をトントンと叩いた。くぁっと控えめな欠伸が幼女の口から零れ、どこかうつらうつらとし始める。


「夜空ちゃん?」
「むーっ…。」


 おそらく先ほどの全力疾走の疲れが出始めたのだろう。何処か不機嫌そうな返事。紅葉のような手が少し強めに自分の目を擦り、何度も瞼を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。
 どうしたものか。そうため息を零し、伊地知はその小さな体を抱えなおすと学舎の方に足を向ける。数分後、学者の中へと入り、靴を変えていると前の方から彼に対して声がかかった。


「あれー。伊地知じゃん。夜空捕まえたの?」
「五条さん…」
「って、あーらら。もうおねむ?夜空ー?夜空さーん?このGLGと遊ぶんじゃなかったのー?」
「ごじょせんせー」
「そうそう、ごじょせんせーだよ。」


 流れるように伊地知の手から夜空を抜き取って、その小さな体に問い掛ける彼に伊地知は肩の力を抜く。なんだかんだ言ってこの数年。五条自身子供の扱いが上手くなったというのもあるが、夜空が元気いっぱいに暴れ始め、それを難なく流すことができるのは五条と彼女の父親位なものだ。そろそろ自分も仕事があるため、ココはいったん任せる方が得策だろう。


「五条さん」
「あー、いいよ。夜空見とけばいいんでしょ」
「はい。お願いします」
「おっけー。夜空ー、先生とどっかお出かけしようか」
「夜空、ママから先生とお出かけしちゃダメって言われてるからヤダ」
「えー?好きなの買ったげるよ〜?」
「お洋服にゼロいっぱいつくからヤダ」
「可愛いのに…」
「やー」
「嫌かぁ」


 …背を向けた直後なんだか教育上よろしくない会話が聞こえてしまった気がするが、それを聞かなかったことにして伊地知は駆け出した。

 さて、五条と一緒にいる事になった夜空ではあるが、伊地知といた時と比べて酷く大人しい。その小さな体をちょこんと五条の膝の上にのせてぷぅぷぅシャボン玉を拭いてはきゃらきゃらと笑って見せた。


「ごじょせんせー。綺麗だね」
「そうだねー。ほら見て夜空。僕大きなシャボン玉作れるよ。」
「わーっ!せんせーすっごーい!」


ぷぅぅぅううう。丁寧にゆっくりとシャボン液の付いた棒へと息を吹き込んで五条が大きなシャボン玉を生み出す。それに対して手を叩いて喜ぶ夜空は不意にハッとして五条を見た。


「夜空?」
「せんせー、あのね。夜空ね」
「?」
「最近変なの。」
「え?何が?」


 先ほどまで楽し気にシャボン玉で遊んでいたとは思えない程真剣な声音。その少女の声に五条が眉を寄せ、耳を傾けた。


「あのね、最近夜空の足元からね、たこさんの足がうねうね〜ってでるの。あとね、なんか変な生き物が見えちゃうの。夜空変なんだよ」
「・・・。」


 幼い子供の小さな言葉。その内容にわずかながら身に覚えのある五条は思わず固まって、空を仰いだ。
 ──受け継いじゃったのそっちかぁ〜〜。
 心の底からそう思ってしまう。可愛い教え子たちの子供。非術師に生まれてきてほしいとまで思っていたのだ。五歳まで術式が判明するとはいえ、まさか母親の方を受け継いでくるとは。術式としてならSSR。そしてその術式に付属してくる厄介事もSSR。
 

「ごじょーせんせ?」
「…えっとね、夜空。実は夜空の見てる景色は、特別な人間にしか見えないんだ」
「せんせー、ちゅーにびょう卒業できなかったの?」
「ううん。このズバッと行く容赦なさ。コレは紛れもなく野薔薇の影響」
「のばらちゃん!」
「好きだね〜」
「すき〜〜!夜空ね。のばらちゃんと結婚するんだよ!」
「すごい、会話があっちいってこっちいってる。え、悠仁とか僕は?」
「パパにはママが居るし、ごじょーせんせーは…。」


 すっと静かに目が逸らされる。そんな夜空の行動に五条がその小さな体を両手で固定し、顔を近づけた。


「え?何が不満?顔はいいし稼ぎだって…!」
「性格ゴミってのばらちゃんいってたもん」


 五条の脳裏には五条に対しゴミでも見るかのような眼差しを向ける野薔薇の姿が横切った。無垢な眼差しの向こう側に中指を立てた野薔薇と構えた伏黒。そして困ったような笑みを浮かべるヨルと悠仁の幻影が…。


「おいクソ教師。夜空に何迫ってんだ。」
「あれ、幻じゃない?」
「頭おかしくなったんですか?」
「うーん、この容赦のなさは紛れもなく僕の生徒。おかえりー」
「ママ!パパー!」
「ただいま夜空」
「いい子にしてた?」
「夜空良い子にしてたよー!」


 素早い動きで五条の膝上から離れ、夜空が勢いよく虎杖に抱き着いた。ちなみに抱き着いた瞬間、人と人が抱擁を交わすには少し疑問を抱く様な音が五条の耳に届く。しかしすぐに悠仁と夜空だから大丈夫かという考えに至る。フィジカルゴリラ(大小)の心配はいらない。それにしても冷静に考えればヨルの術式と悠仁の頑丈を併せ持つ子供…。うん。上層部が酷く手に入れたそうな…。

 ──守らなきゃね。僕が。

 昔に比べれば随分マシになったとはいえ、腐った考えを持つ人間はやはりまだいる。人知れずそういう覚悟を固め、五条はかつての教え子たちに笑みを向けた。


「さてと、久しぶりに同期が全員いるんだし、どこか食べに行こうか」


 もちろん奢るよ。その言葉に教え子たちはお互いの顔を見合わせてそれぞれ様々な反応を見せ、学生時代に戻ったかのような言葉を口にする。


「シースー!」
「ビフステ!」
「焼肉」
「何でもいいです」
「夜空お子様ランチがイイー!」


 そこに1つ、幼い声が加わっている事実に五条は笑って軽く一歩を踏み出した。







【人物紹介】
虎杖夜空
 顔は母親、身体能力は父親、術式は母親の下位互換を受け継いだ。野薔薇に懐いているため心無いことを悪気無く言い放つ。体力が有り余っている故か、目を離すとすぐに走り回る。数年後に双子の男の子が生まれる予定。近くでパパママの甘い青春を見守っているため、恋愛にすごく夢を持つようになるかもしれない。でも現実を見るところは見る。タイプは釘崎野薔薇。ちなみに四歳である。

五条悟
 お年玉とかを茶封筒いっぱいにして夜空に渡し、夏油からゲンコツを貰ったことがある。教え子の妊娠に一番はしゃいだのはこの人

虎杖ヨル 
 数年後、双子の男の子を産む予定。旦那といまだに新米カップルみたいな会話してる。最近の悩み、夜空が小学生になって買う予定のランドセルを既に3つ知り合いからもらったこと。

虎杖悠仁
 奥さんと子供に酷く甘い。今だ新米カップルみたいなことをしてるけど昔よりは自分から行けるようになった。最近の悩み、五条が勘違いで買ってきた男の子用の赤ちゃん道具の使い道





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