歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 5

誰かが、私の髪に触れているような感覚がする。ゆっくりと、慈しむ様に、暖かな手が、私に触れている。それを甘んじて受け止めながら、私はその手にすり寄る様に頭を押し付けた。


「んっ…?」


目を開ける。誰かに自分が凭れ掛かっているような感覚がして、私は顔を上げた。


「おはよ。外村」


顔を上げた私に、その人物はやさしく声をかける。一瞬ソレが誰かわからなかった。ゆっくりと耳に染み込む男の人の声。聞き覚えがある。その聞き覚えのある声の持ち主の名を、私は無意識に口にする。


「い、た…どり…?」
「うん。」


一秒も置かずして返事が返ってきた。…久しぶりに聞く虎杖の声。

ーーー……。…虎杖の、声?

正確にその情報を脳が理解した瞬間ぼやけた視界が一気に晴れ、私は勢いよく上半身を上げた。


「虎杖君!?」
「うん。」


優しく、虎杖が笑う。そこで気づいた。私、今虎杖に支えられている…?状況を理解し、一気に混乱する頭。けれど同時に納得する。おそらく私が気を失ったとき、虎杖の身体に覆いかぶさるように倒れたのだろう。だから先に起きた彼が私を支えていた。少しだけ熱を帯びる頬。思わず「離して」という言葉を彼に投げかけようと口を開けば、彼が私の身体を抱きしめた。予想していなかった虎杖の行動に息を飲み、上ずった声が上がる。


「い、いたどりく…!?」
「俺、心臓止まるかと思った。」
「!?」


こっちが心臓止まりそうなんですけど…!心の中の自分が悲鳴を上げて顔を覆いしゃがみ込む。私自身も情報量が多すぎて死んでしまいそうだ。そんな私に構わず虎杖が息を吐きながら言う。


「宿儺と話す外村見てて、俺、すっげぇ心配した」
「−−−っ! み、みてたの…?」
「うん。アイツから面白い物を見せてやるって言われて」
「どこから!?」
「最初っから」
「なっ、ななっ…!」


ニヤニヤとした意地の悪い顔で、私を見下すあの男の顔が浮かび上がる。

あまりの衝撃に私は意味のない母音だけを発することしかできなかった。言いようのない怒りが湧き上がり、拳が震える。そんな私の身体をぎゅぅっ、と抱きしめながら虎杖が言葉を続ける。


「心配した。心配したけどさ、でも…、正直、最後の外村、すっ…げー…、かっこよかった…。」


ーーー嘘、アレも見られてたの…?

衝撃の事実に眩暈すら覚えた私を虎杖がしっかり抱きしめ、大丈夫?なんて聞いてくる。
なんだか一気に力が抜け、私は呻いた。今度こそ自分の顔を両手で覆う。恥ずかしい。呪いの王相手に血反吐吐きながら啖呵切ったところを見られていたなんて…。


「それにさ、うれしかったよ。俺。」


私の両手を顔から外し、右手で恋人の様につなぎながら虎杖が笑う。
彼の角張った左手が私の横髪を耳にかけ、耳飾りに触れた。星と月の型を取る細い金具の、虎杖からもらった耳飾り。
それを軽く掬い、虎杖が自分の唇を押し当てる。まるで私に見せつける様な仕草。真横で行われる虎杖の行動に私の顔は真っ赤に染まった。


「俺の為にああまで言ってくれて、…コレ、身に着けてくれて…。」
「い、虎杖君? あのさ、そ、そのへんで、そのへんでやめてくれると…。」
「すっごい、うれしかった。」


ソレと同じくらいマジ心配したけどさ。囁くように言葉を紡ぎ、耳飾りに触れていた虎杖の手が私の頬に触れる。くっと、優し気な手付きで顔が持ち上がり、首が少しだけのけぞった。虎杖の視線と私の視線が絡み合う。熱を帯びた瞳と何か言いたげな唇。
私の心臓が、せわしなく動き、虎杖の胸板に添えるように置いた手からも鼓動が伝わる。ああ、彼も緊張してるんだ。なんて…。そう思うと少しだけ、うれしくて…。

とくんとくんと、大きくなる胸の鼓動がうるさい。


「あ、のさ外村。遅くなったけど、一週間前の続き。聞いてくんね?」


覚悟を決めたような顔でそう言った。


「−−うん。」


私はコクンと小さく頷き、虎杖を見上げ、彼の言葉を待った。
虎杖の口が開く、舌が震え、音を生み出し、どこまでも優しく、愛おしいという感情を隠さない表情で、彼が私に言う。


「俺、いつ死ぬか分かんねーけど…。生きてるうちは外村と一緒にいたい。外村の隣に立ちたい。…外村の、恋人って椅子。俺に頂戴?俺の全部を使って愛し抜くって誓うから、俺と、付き合ってください。」


少しの静寂。


「虎杖君」
「−−ッ」


びくりと。彼の肩が跳ねた。それを視界に入れながら、私は彼からの拘束をほどき、向き合う。彼の身体を跨ぐようにベッドの上に乗り上げて両手を下ろした。


「その告白じゃ。私、頷けない。はい。って言えない。」


真っ直ぐと彼を見据えその言葉を口にする。私の答えに、虎杖が不思議そうに、私を見た。


「この、告白じゃ…?」


彼の疑問に私はゆっくりと頷き、今度は私が彼の両頬を両手で包み込み、目を強制的に合わせて言う。


「そう。その告白じゃ、頷けない。…。−−虎杖君。置いて逝く事を前提としないで。君が私から離れることを前提としないで」


願うように、請うように、私は彼に囁く。驚いたように見開かれる彼の瞳に向けて笑いながら、私は自分の想いを、考えを、感情をぶつける。


「私はね、虎杖君。…。…私は、君と死ぬ覚悟があるよ」
「−−−ッ!!」


眉を困ったように下げ、そう告げれば虎杖が息を飲んだ。

ーーー仕方ない。だって私は君が好きなんだから。

好きな君と同じ墓に入る覚悟だってあるんだ。あのね、虎杖君。君が思っている以上に女って愛情深いんだよ。


「ね、もう一回。もう一回さ。やり直してよ」


親指で目元の傷跡をなぞりながら私は彼に言う。
そっと、虎杖の手が私の腕に添えられ、その瞼を一度強く閉じ、開き、彼はその言葉を口にした。


「外村」
「…うん。」
「俺、俺が死んで他の奴と笑ってる外村を見たくない。−−−だから。…だからっ…! 俺と一緒に、死んでください。」


覚悟を決めた顔。まっすぐと自分に向けられるその瞳に、私はゆるりと口角をあげた。

























「よろこんで」



自分でもわかるほど、満面の笑みでそう返し、私は彼の唇に己の唇を重ねる。驚いたように見開かれる目。数秒して離れる唇。少しだけ見つめ合い、私達は笑った。

ーーー乾いた音を立て、誰かが入ってくる気配がする。

嬉しそうに揺れる影が見える。それだけのことがなんだか幸せで、目を細め、目の前にいた彼に声をかけた。


「ね、虎杖くん」
「?」
「好きだよ」
「!! 俺も!」


野薔薇の怒声と先生達の茶化すような声が聞こえるまで、あと数秒ーー。







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