歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 4

その空間は無だった。何もなく、何も感じない。ただ白く、ただ遠く、ただ大きい。ソレだけの空間。すなわち。


ーーーほう、面白い。呪術師殺しの空間か。


すなわち。呪いという力を行使できない領域。それに気づき、印を組んでいた手を崩し、前を見据えた。興が覚めたともいうべきか。
どこか冷めた目でゆっくりと宿儺はヨルの方を見た。赤が見える。白い、彼女の領域に唯一の赤が見える。それはこの領域の持ち主が吐血して生み出した血で出来た水たまりだった。


「なるほど。まだ未完。呪いを消すということは自分の身に宿る呪いを潰すことも同じ。いくら祈祷師としての気が強くともキツイか。どうする?そのままでは失血死だろうよ」


なぁに。気にするな。


「ココで死んだとしてもお前は死なん。死ぬのは処刑される小僧くらいだろう」


にっこりと。優しささえ伺わせる笑みでそう言った宿儺をヨルは睨みつけ、口を開いた。口の端からは血が流れ、痰の絡まる咳を何度も零しながら音を紡ぐ。


「ねえ、宿儺さぁ…」


とうりゃんせって、しってる?


「はーー?」


何を言われているのか、宿儺が困惑し、声を上げる。純粋に、なぜ、いま、それを問いかけるのか、彼にはわからなかった。


「アレね、げほっ…。…っ、間引きのさぁ、はぁっ、うた、なんだよ。でも、でもね。一般的には、グっ…、っぁ、ちがうわけ」


―――アレさ、神様の歌なの。

ぞくりと。今度は宿儺自身が寒気を感じる番だった。女が口を開く。止めなければと地を蹴って女に向かい手を伸ばす。この領域は呪力を殺す空間。逆を言えば、呪力以外は行使できる場所。

祈祷師。それは神に願い、病を祓い、雨を降らせる、神と密接に関わる人間。そしてこの領域は呪力、即ち神からすれば”穢れ”を禊ぐ場。

―――神、神の歌だと?そんなモノ、この娘が歌えばっ

考えるより、身体が動く。


「そして、ははっ、あの歌に宿っていたのは、さぁ。」


吐血しながら、ヨルは顔を上げる


「元々、信仰落ちぶれた、神様。だったりして」


あと数ミリ、もう少しでヨル自身の喉元を掻き切るはずだった腕が飛ぶ。それを視界に入れた瞬間、宿儺は後ろへ下がり、女を見る。

ーーー白い、大蛇だ。

大きく、白い蛇が宿儺の腕を吐き捨てて、こちらを威嚇した。女を見る。今まで器越しに見た”黒”ではなく、黒という色の取れた何かが、彼女を守る様に囲っていた。乾いた笑いが漏れる。そんな宿儺を気丈にも睨み上げ、ヨルは言う。ただまっすぐに、ずっと言いたかった言葉を、宿儺に投げつける。










「虎杖、かえしてよ」



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