歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


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【深夜】


「君さ、言い逃げって無いと思うんだよね」


虎杖の眠るベッドに腰を下ろしながら私は口を開く。いいや、違うか。言い逃げなんてものもしてもらえなかった。思い返せばそれっぽい態度は多くても、結局肝心な言葉は口にしてもらえていなかった。すぅすぅと、まるで眠っている様な虎杖に言葉をかけながら、彼の手首に触れ、持ち上げる。


「あの時さ、なんて言いかけたの。虎杖」


するりと、力なく脱力する彼の指と私の指を恋人のように絡めながら問いかける。ぎゅぅっと、少しだけ力を込めながら、私は窓越しに空を見上げた。もう、真っ暗だ。けれど夜空には星が輝いている。―――月は見えない。


「新月、か」


皮肉かもしれないな。なんて。虎杖と絡み合う自分の手に視線を戻しながら、指を這わせた。


「1週間前と、逆だね」


今は私が彼の手を取って、好きにしている。

あの日は、君が攫われるまで楽しかったのに。なんて、誰に言っても仕方のない様な想いを吐露しながら、月のない、意識のない彼に卑怯な言葉を口にした。


「ねえ、虎杖。月が、綺麗ですね」


返事なんて求めてない。なくても構わない。私が言いたかっただけだ。一度でも彼に、自分の想いを告げたかっただけ。ピクリと、僅かに虎杖の指が動いたような気がした。えっ、と。目を見開き、虎杖へ視線を投げようと身体を動かしかける。しかし。


【――つまらんな】
「ッ!?」


まるで馬鹿にするように知らぬ男の声が響き、得体のしれぬ何かと目が合った。虎杖の目元にある傷が開き、爛々と、どこか人を侮蔑するような目が私を値踏みし、鼻で笑うような動作をする。

―――ああ、そうか。これが。

この目の持ち主が虎杖の取り込んだ両面宿儺という呪霊の王なのか。
声が震えた。恐怖にではなく、怒りに。お前の、君のせいで。虎杖は目を覚まさないのかと。どうしようもない怒りが身体の中から溢れ出る。


「―――き、みが…」
【つまらん。体内にある“業”はひどく興味深いというのに。残念極まりないな。貴様は。だが、聞きたいことがある。来い】


グンッと、意識が引き寄せられる感覚。ぐるりと、まるで回るような視界。次の瞬間、私は見たことも無いような空間に立っていた。天を覆う人の肋骨のようなモノ。薄紅色の水が張る地面。そして


「頭が高いな。頭を垂れろ。小娘。」


虎杖と同じ顔をした、まったく別の“何か”が骸の山に腰を下ろし、こちらを見つめていた。

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