歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 1

【11/08 東京 呪術高専校内 医務室】


家入硝子の仕事場で、一人の少女が黒い兎を胸に抱き、自身の手前にあるベッドを見下ろしていた。

…そこに一人の青年の姿がある。ベッドで横たわるその青年は、瞼を固く閉じ眠っている。もう、一週間になるだろうか。

一週間目を覚まさず食物を口にしていない青年、虎杖悠仁の身体に異常はない。排泄行為すら行わずただ眠っているだけだ。ベッドに横たえられた虎杖を眺めながら少女、外村ヨルは唇を噛んだ。

あの日、虎杖を保護してきた教師陣は多くの呪霊を祓い、彼を救出したらしい。

しかし、救出する段階ですでに主犯格の呪霊は見るも無残な形で発見され、血だまりの中に倒れる虎杖を回収。教師陣が倒し、捕獲した呪霊から有益な情報は何も出て来なかった。ただわかるのは、虎杖悠仁は10本近い宿儺の指を無理矢理取り込まされたという事だけ。


【ぷ、ぷぅ?ぷぷ】
「…。何も、できなかったんだよ。私」


誰に言うでもなく、ヨルはそう吐き捨てた。今にも泣き出してしまいそうな彼女の様子に腕の中の”黒“が『プぅ』と鳴き、その頬を舐めてみせる。まるで慰める様な動き、それに反応を返す余裕がヨルにはなく、虎杖を眺め、拳を握った。


「ヨル。」
「…。」


乾いた音を立てて引き戸が開く。その声にゆっくりと顔を上げ、心配そうにヨルを見つめ、何か言いたげにこちらを見つめる担任の名を彼女は呼んだ。


「夏油先生…。」


静かな声音。けれど泣き出してしまいそうな言葉。そんな彼女に対し、担任、夏油は言いづらそうに口を開く。


「――悠仁の、いいや、“宿儺の器”の処分が決まったよ。」
「…。」


静かに告げられるその決定に、ヨルの腕に力がこもる。『ぷぎゅっ…!?』なんて悲鳴を上げながら腕の中の”黒“が鳴いた。その鳴き声に意識を向ける余裕もなく、ヨルは震える声で問いかける。


「いつ、ですか」
「…。上も、早く処分したいんだろうね。目を覚まさなければ一週間後だ。」


逆に言えば一週間の猶予はある。一週間以内に目を覚まさせればいい。けれど…。

ちらりと、夏油の目が虎杖に向く。規則正しくも上下する胸。薄く開かれた口とは反対に固く閉じられた瞼。目覚める気配はない。

―――本当、胸糞が悪いな。

心根の良いやつから死んでいく。それは呪術界では当たり前だ。大なり小なり狂っていなければ生き残ることはできない。いいや、狂っていたとしても生き残り続けるのは困難な界隈だ。

夏油は目の前の弟子の頭に手を伸ばした。弟子もその行為を甘んじて受け止める。

いつも丁寧に整えられている髪が、この数日は碌にケアもしていなかったのだろう、少しだけ荒れている。そっと手櫛で直してやりながら、どこかやり切れぬ思いで夏油が口を開く。慰めの言葉を探すが、何も見つからなかった。

今、五条という存在がどうにかして彼の目を覚まさせようとあちらこちらへ足を運んでいる。家入も手を打つべく医療的観点から寝る間も惜しんで書物を漁り、一年の二人も、二年の三人も、虎杖悠仁という存在を知る全員が手を尽くしている。けれど見つからない。五条の六眼で見ようとも、まるで隠されるように覆う宿儺の呪力に邪魔されるのだ。


「先生。私、今日はココで一晩過ごそうと思います」


考え込む様に、どこか区切りをつけるように。そう、絞り出した彼女の声に、本来は止めるべきであろう夏油は「わかった」と頷いた。
別れを告げる時間が必要だと判断する。彼女の場合は特に。感情が後からやってくるヨルがここまで弱っているのだから。


「野薔薇や伏黒とも過ごすかい?」
「そう、ですね…。でも、今日だけは私に時間をくれますか?」


まだ、何も言えてないんですよ。私。なにも言ってもらってないんです。ちらりと虎杖の方に目を向けながらヨルは囁くように言葉を紡ぐ。換気のために開けられていた窓から、少しだけ強めの風が吹いた。純白のカーテンが揺れ、ヨルの髪も夏油の髪も軽く風に遊ばれる。


「区切りは、つきそうかい?」
「わかりません。」


はっきりと、そうはっきりとヨルは口にした


「だって、自覚したの、1週間前ですよ。」


短すぎる恋でした。なんて、歌のワンフレーズにすらなりやしない。
自嘲するかのように笑いながら、ヨルは虎杖の眠るベッドに腰を下ろした。小さくパイプのベッドが音を立てて軋む。腕の中にいた兎の形をする”黒“も虎杖の頬を何度も舐め、『ぷっ、ぷぷっ』と鳴き、夏油を見つめた。愛らしい丸い瞳がまるで「邪魔をするな」というように瞬く。


「隠すのは、ダメだよ。ヨル」
「はい」
「約束だ」


私達とのね。

カタリ

そんな音を立て、釘崎と伏黒、それに五条が姿を現す。ヨルは小さく笑って小指を差し出した。4人を代表するかのように釘崎が前に出て、指を絡める。


「ゆびきりげんまん」
「嘘ついたら針千本」
「「のーます。指切った」」


静かな空間に二人の歌声。”縛り“。
それはヨルが気に迷わないようにする”縛り“だった。歌を媒体とする彼女にはこれが一番いいだろう。



prev / next









夢置き場///トップページ
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -