歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


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【10/31 午前10:47 渋谷ゲームセンター前付近にて】


さて、そんな二人の様子を遠くから観察する人影が四つあった。言わずもなが一年二人と教師二人の最強達だ。五条と夏油を筆頭に虎杖とヨルを追従する彼ら。完全に巻き込まれた形である一年二人の顔は軽蔑で歪み、ダメな大人たち(別名屑共)を見つめ、ため息をつく。
普通に見守る体制である一年二人とは違い、教師陣はどこか不服そうに虎杖とヨルのデートを観察しては愚痴のような小言を零す。


「悠仁…!あんなダサいパーカーより僕が買った(数十万)服を着た方が絶対いいのに…!」
「悠仁、流石に初デートがパーカーなんて…」
「外村がイイって言ってんだから野次入れやめてください」
「そもそもヨルと虎杖のデート尾行に私たちを巻き込むんじゃねーよ」


おい聞いてんのか屑共。

野薔薇の言葉を右から左に流しつつ、カメラとビデオを手に進んでいく顔(だけは)いい大人たち。その視線の先にはゲームセンターでクレーンに挑戦する二人がいた。なかなか取れない大き目の人形に苦戦する虎杖と、声援を送るヨル。スッと五条が立ち上がる。
担任の様子に嫌な予感を感じたのか、野薔薇が片眉を跳ね上げつつ口を開く。


「おい屑。何をーーー」


するつもりだ。という言葉は空気に溶けて消える。なぜならそれを問いかけるより先に五条が答えを口にしたからだ。しかも中々に最悪な茶々入れを。


「この店を買い取って悠仁の見せ場を作る」
「二人のデートに茶々入れないでください。」
「悟」


その手に握られたブラックカードとスマホ。止める野薔薇と伏黒。それに対して夏油がビデオを回しながら待ったをかけると、自分の使役する呪霊にビデオを渡して立ち上がった。


「私も行こう」


その手に握られているのはこの店の株主証明書。ちなみに八割である。何がなんて無粋なことを聞かないで欲しい。


「お、準備いいじゃん傑ぅ」
「ははっ、悠仁にココのゲームセンターに行くよう誘導したのは私だよ」


近くにバイキングあるからと言いくるめたのは紛れもなくこの男だった。ダメな大人である。ダメな教師である。甘やかす時はデロンデロンになるまでトコトン甘やかす所存である彼らに、野薔薇がスッと救援を呼んだ。頼もしい彼らの同期と学生時代の担任を召喚しようとする。しかし。


「無駄だよ野薔薇。硝子も学長も任務さ」
「私たちが対策してこないとでも思ったのかな?」


まるで悪役のようなセリフ。腐っても正義側(祓う側)であるはずの男どもに野薔薇の堪忍袋は切れ、殺意の波動に任せるようにポーチに手を伸ばす。しかしそれに待ったをかける声が一つ。


「甘いのはアンタらですよ」
「伏黒…?」


無言でトンカチを取り出した野薔薇の腕に手を添え、伏黒が口を開く。その手に持っているのは0になった通帳。それを目にした瞬間、五条は「まさか」と呟いた。何処か覚悟を決めた顔で伏黒は彼らを見つめる。


「俺だって虎杖と外村のデートをアンタらの勝手な都合で邪魔されるわけにはいかないんです」


トンっと、軽やかな音を立て、伏黒の後ろに抜群のプロポーションを誇る女性が下りてきた。その手にはしっかり自分の得物を握っており、弧を描く緩やかな唇が艶やかだ。

―――つまり本気だった。

伏黒は本気だった。彼もまた、虎杖悠仁と外村ヨルの恋路を応援するガチ勢だ。五条や夏油と方向性は違えど、同級生である彼のデートが成功することを願う一人だった。そして彼自身、自分が五条たちに勝てないことはわかっている。だからこそフリーで動く彼女に依頼したのだ。


「やぁ、五条君に夏油君。交流戦以来だね」
「め、冥冥さん…!」


予想していない女性の登場に五条たちが動揺する。カーンッと試合のゴングが鳴り響いた。



◆◇◆◇◆◇


「あれ?」
「外村?」
「いや、なんか今、地面が揺れたような…」


気のせいか?チラリと自分の影に目をやるが異常はない。腕に抱いた虎のぬいぐるみを抱えなおし、私は虎杖の方に足を向け隣に並ぶ。歩くたびにふわっと揺れるスカートが虎杖の足に当たった。


「外村なんの気分?」
「虎杖君は?」
「俺は、焼肉とか…」


でも、デート中に食べるもんじゃないよな。


「いいよ。焼肉に行こう虎杖君。」
「えっ、でもにおい…」
「ラーメンにニンニク入れる人間がそんなこと気にすると本気で思ってるの?」
「う“ッ」
「それにお腹いっぱい食べたいんだ。わたしも」


本心だった。けれどそれ以上に虎杖が食べたいと思うものを食べたいと、私が思った。虎杖の瞳が瞬き、そしてとろりと蕩ける。


「わかった。じゃあ俺のオススメ行こう」
「うん。あ、でも待って。その前に渡したいのがあるの」
「えっ」


スマホを取り出し、目的の場所に案内しようとする虎杖を止めて、私はポケットから例のお土産を手渡した。


「コレ、虎杖君に」
「ッ! いいの!?」
「うん」


安直なんだけど。そう言いだす前に、虎杖が紙袋を開け、目を輝かせる。金色に輝く虎のキーホルダー。男の子が好きそうなデザインだと思って渡したソレを太陽に掲げ、虎杖はクルクルとその場で回って見せた。


「すっげーうれしい!あ、外村。俺も、俺もお土産があるんだ」


はい、これ。

渡される、上品なデザインの箱に入れられたソレを手に取って開けた。中には月と星の形の線を金色で描いたデザインの耳飾り。上品で繊細なその装飾品に思わず「いいの?」なんて聞いてしまう。高いやつだと一目でわかった。私のキーホルダーなんか足元にも及ばないのではないかと眉を顰めるが、虎杖が首を振る。


「俺が外村にあげたかっただけだし…。絶対似合うよ」
「でも…」
「外村」


ちょっとごめん。なんて言いながら、虎杖が私の方に身体を寄せ、横髪を触れると片耳にかける。その後、少しの圧力を耳朶に感じれば、離れていく虎杖の身体。何をされたのか、なんて分からないほど鈍くない。


「ホラ、似合ってる」


シャラッと、控えめな音を立てて耳飾りが揺れた。頬にかかる金属の感覚。無意識にソレに触れれば揺れが止まる。そのまま何気なしに顔を上げれば優し気に微笑む虎杖の顔。

…ポンッ

そんな音を立て、私の顔は一気に熱を帯び、爆発した。


「〜〜〜〜〜っ!!」
「えっ、外村!?」


へなへなと、力が抜ける膝。気力で横にあった壁に手をつき、身体を支える。ごめん、タイム。そう言いながら虎杖の方に掌を向ければ、そっと指と指が絡められ、恋人の様に手が握られる。え、なんで?思わず顔を上げれば、ちょっと意地悪に笑う虎杖が居た。


「具合、ワリィ?」
「え、いや、その。手…」
「ん?」


こてんと、小さく首を傾げる彼に、片手で顔を隠す。分かっててやってる気がする、コレ。絡められるように握られた手の甲を、虎杖の指がツゥッと撫でる。手つきがちょっとだけいやらしい。そういうの、早くない??なんて口に出す気力すら抜き取られ、苦し紛れに呟く。


「もぅ、ほんと、勘弁して…。」
「ご、ごめん。いじめすぎた?嫌、だった?」
「嫌じゃないのが一番困る…」


そこまで返して思わず口を押える。驚いたような虎杖の顔が視界の端にちらつき、私は自分に言葉を投げかけた。


―――今、自分何言った?


失言したのでは?いやじゃないって何?グルグルと私の脳内が混乱と羞恥を巡らせ、次の言葉を考える。否定しなければと視線を上へ上げた。それと同時に虎杖の手が私の右手を捕らえる。言おうと持っていた言葉が消え、真剣な色を帯びたその瞳に飲まれた。


「俺に、触れられるの、嫌じゃない?」
「ッ」
「嫌じゃないなら聞いて外村。俺ーー。」


外村のこと。そう、彼の唇が動いた。




























ーーしかし次の瞬間、虎杖の姿が私の前から掻き消える。


「えっ」


先ほどまで握られていた手の感触すら消え何事だと目を見開くが、ぐるりと私の身体に植物のような物体が拘束し、動きを阻害する。”影”が揺らめき、敵襲だと告げた。

ーーー虎杖!

視線を巡らせる。いた。ぐったりとしたように力なく脱力した虎杖をつぎはぎ模様の呪霊が担ぎ、こちらを見て笑っている。


「お取込み中だったようだけど、器に用があるからさ。ごめんね。コレも仕事なんだ」
「虎杖君!」


悲鳴のような声音が口から零れる。呪霊を視認できない一般人が突然叫んだ私を驚いたように見つめたが、そんなの関係なかった。


「”黒”!」
「じゃあね」


私の影から”黒”の一部が出現するのとつぎはぎ模様の呪霊が消えるのは同時。ふっと拘束が解かれ、私はアスファルトの地べたにへたり込んだ。呆然と、何が起きたのか分からず、見ている事しかできなかった己に吐き気がする。


「ヨルッ!」
「野薔薇…」
「先生方。冥冥さん」
「わかってるよ」
「安心してくれ。鴉を追尾させてる」


物陰から駆け出し、私を立ち上がらせる野薔薇に縋り付くようにして抱き着いた。どうして彼らがここに居るのかなんてどうでもいい。どうしよう虎杖が…。と震える声で問いかける私に、野薔薇が腕を回し、抱きしめ返す。夏油先生と五条先生の姿はすでになかった。



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