歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 3

「…。」


一通り辺りを周り、他に呪霊がいないのを確認して、私は来た道を戻っていた。そして考える。おそらく、今回の任務は私を殺すためのモノだった。そうでなければあんな場所に受肉した特級呪霊がいるわけがない。

そして消えた監督官。おそらくグルだったのだろう。顔を思い出そうとして脚を止めるが、思い出せない。眼鏡をしていたことと、男にしては前髪が長かったことくらいか。スマホが壊れたせいで迎えの電話すら出来ない。少し困ってしまう。

ため息を零しながら再び前を見ると、目の前に人が立っていた。あの監督官だ。何処か虚ろな目をして立っていて、私は一歩近づき、息を飲んだ。

その胸にぽっかりと穴が開き、頭が物理的に開いた状態で死んでいる。

異常だ。異常以外の何物でもない。そのはずなのに、人の死よりも私が異様だと感じたのは、その手に持っている半透明なカプセルに入った人間の脳の存在。

それが異常な禍々しさを放ち、喜色が悪い。直立不動のまま死んでいる監督官に近づき、私はその手に持っているカプセルに触れた。少し弾力のある、どこにでもある容器。中に入っている脳だけが異常だ。

なぜ、こうなっているのかは分からなかった。


【喜色悪いね。ソレ】
「ミク」
【頂戴。ヨル】


とぷりと、耳元で囁かれるような声と、目を覆う包帯の巻き付く腕。「あっ…」と、小さく私が声を零した瞬間、勝手に出てきた特級呪霊の、私の使役する中でも特別に力の強い”黒“がカプセルを私から奪った。深みのある緑色の髪が揺れ、その細い首には赤い紐が巻き付いている。一見すれば愛らしい顔立ちだが、その瞳は酷く歪んだ色を放っていた。


「勝手に出てきちゃダメだよ」
【だから今まで大人しくしてたじゃない?それよりもこれ、私が食べちゃうね】
「ミク」
【これは純粋な人間の脳じゃない。】


だから食べてもいいでしょ。

ぱくり。そんな可愛らしくもない音を立てて、ミクが脳の入ったカプセルごと飲み込んだ。
そして腹をさするような動作をして笑う。


【うん、良い事した】
「お腹、壊してない…?」
【大丈夫。呪いは大好物なの】


じゃぁね、ヨル。
ひらりと手を振って満足そうなミクが影の中に帰っていった。というかあの脳を食べた後、ミクの呪力が少し上がっていた気がして、私は首を傾げる。

ーーーこれ以上強くなられても困るんだけど…。

そんな感想を抱きながら、私は監督官の死体を一度だけ視界に入れて歩き出す。

数分後。ようやく見知った道に出て、携帯を持ったまま視線を彷徨わせる担当官を見つけることが出来た。彼が私に気付く。


「外村さんっ!お怪我は!?」
「ありません。あと、今回の昇給の任務、三級かと思えば…」
「特級だったんですよね。ああ、それにしてもご無事でよかった…!」


駆け寄ってきた私の担当官である彼に自分のわかる範囲で今回の出来事を報告すれば、難しそうな顔で頷き、口を開いた。


「実は外村さんが病院だと思われていた場所に足を踏み入れた瞬間、景色が一変しまして…、夏油さんは外村さんなら大丈夫の一点張りでしたが、その、五条さんから今回の任務の詳細を知った瞬間、鬼の形相で上層部に殴り込みに…」
「何してるんですか菊池さん!!携帯貸して!!」


思わず叫んで菊池さんからスマホを借り、夏油先生に電話をかける。スリーコールで出た。


『ああ、ヨル、任務お疲れ様。少しその場で待機してもらえるかな?私はちょっと上層部に用が出来てね…』
「娘さん方と私と三人でビュッフェ行く約束どうしたんですか」
『うんうん。勿論それまでには戻るから』


ならいいかと思ってしまう自分が心底嫌だった。けれどここで引けば被害が拡大する。私も一度やらかしている身だからブーメランだろうけど、とりあえず戻ってきてもらわないと…。


「夏油先生、上層部の方々を締めるのは後でもできます」
「そんな説得の仕方やめましょうよ外村さん!!」
「でも、今この時、私や娘さんと過ごす時間はこの瞬間しかないんです」
『ふむ、続けてくれ』


後ろで菊池さんが何か言っているが、電話越しの夏油先生はちょっとだけ食い気味だ。すぅっと息を吸い込み、さらに言葉を紡ぐ。


「美味しいご飯が食べたいです、師匠」
『ピックアップは?』


―――勝った。

ぐっと拳を握り、私は喜色を悟らせぬよう口を開く。


「夏油先生が決めるって話ですよ」
『そうだったね。戻るよ』
「お待ちしています」
『いや、待たなくていいから、先に彼女たちと顔合わせをしておいてくれ』


無機質な音を立てて電話が切られる。スマホを菊池さんへ渡せば、彼は腹部を押さえながら車に乗り込む。私もソレに続き、身体の力を抜いた。ゆっくりと進む車の振動に身を委ね、窓越しに見える景色を眺める。流れる木々を見つめながら足元に視線を下ろした。のぞき込む様にこちらを見上げる赤銅色の指。それに笑みを浮かべ、小さく「ありがとう」といいその指を撫でてから顔を上げる。

山を抜けたらしく、民家が車のガラス越しに見え、後ろを振り向く。先ほどまで走っていた山道。そして誘い込む様に広がる闇が見え、先ほどまであそこにいたのだと実感して目を細めた。

―――一歩間違えれば死んでいた。

いいや、”黒達“が居なければ死んでいた。私は運がよかったのだ。間違いなく。零れるため息は安堵なのか、それとも自分への自嘲なのか。それは私自身にも分からない。けれど、強くならなければいけないと、胸に刻む。弱いままではいられない。


◆◇◆◇◆◇


「私は奈々子。ヨルで間違いないわね?」
「私、美々子。ヨルで間違いない?」


確認するように声をかけられ顔を上げれば、同い年位の少女たちが立っていて、私は頷いた。おそらく待ち合わせをしていた夏油先生の娘さんだろう。今時の女子高校生らしい雰囲気の彼女たちに、私も己の名前を口にした。


「一年、 外村ヨルです」


よろしくお願いします。先輩方。なんて小さく呟けば、彼女たちの目が少しだけ見開かれ、次の瞬間には左右の両腕をそれぞれが抱き込むような形で拘束されていた。「えっ」と乾いた言葉が私の口から洩れる。


「先輩なんて言葉求めてないから」
「他人行儀すぎ。交流を深めるべき…」
「そーそ。夏油様、一時間遅れるらしいし?一時間後にはお姉ちゃんくらい言えるようになってもらおっか、美々子」
「夏油派は、皆家族だから…」
「え、あの、えっ…?」
「ヨル、食べるのが好きなんだって?夏油様と一緒じゃん。うち等美味しいところ知ってるから、まずはそこに行かね?」
「賛成」


私が戸惑ってる間にいろんなことが決まっていく。拘束される両腕にどんどん力が込められていく。冷汗のようなモノが首筋を伝った。


「「じゃあ、行こっか…」」
「お…、お手柔らかにお願いします…。」





一時間後、きっちり一時間で集合場所にたどり着いた夏油が見たのは、己の弟子の疲れ切った顔と、双子の娘たちの満足そうな笑顔だった。そして不意に思い出す、弟子である彼女の話をした時の双子の顔を。彼女たちは酷く嬉しそうにその双眼を輝かせ、夏油にこう聞いた。


『新しい家族。年下の子、つまり私たちの妹って事!?』
『大事に、大事にする…!』
『ねぇねぇ夏油様。いつ?いつ会えるの!?』


…なるほど。彼女たちは本当に弟子のことを待ちわびていたらしい。可愛がりすぎてヨル自身が少し疲れているが、嫌な思いはしていないのだろう。足元の影は正常だ。

―――仲良くやっていけそうだね

その事実に安堵しながら夏油は彼女たちに声をかけた。




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