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呪霊による襲撃で呪胎九相図や宿儺の指が奪われたものの、交流戦自体は無事に終わった数日後、私は教室で虎杖と話していた。
「八十八橋で任務?」
「おう!外村はこれから夏油先生と?」
「そうそう。なんか私の階級を上げるための任務なんだって。今が四級だから多分三級じゃないかな」
「へー。まあでも、外村なら大丈夫そう…。あ、怪我しないようにね」
眉を下げながら首を傾げて見せる虎杖に少しだけ笑みを見せ、大丈夫だと伝えた。私の机に両手を置き、しゃがみ込みながら此方を見上げる彼の瞳に気遣うような色が乗っていて、なんだか嬉しくなる。
「虎杖君も気を付けてね。帰ってきたらお土産でも渡すよ」
「お、俺も!俺も選んでくるから!俺らばっかり受け取るのもなんだか、悪いし…。あ、あとキーホルダーとか…」
好きか…?
どこか探る様に、ちょっと自信なさげに、机の下に顔を隠しながら問いかける虎杖に「好きだよ」と答えたその次の瞬間。ボンッという音と共に虎杖の顔は赤く染まって、後ろに倒れこむ。思わず身を乗り出しながら「虎杖君!?」っと、席を立った。
「す、すす、すき…!!??」
「えっ、あ…、う、うん。キーホルダーが…。」
「だ、だよな!!いや、びっくりしちゃってさ…!!ごめん、外村!驚かせて!」
まだ熱の冷めてなさそうな頬を手で仰ぎ、虎杖が立ち上がる。それに合わせて私も背筋を伸ばしつつ、時計をみた。教室の黒板上に置かれた時計は午前十時を指している。そろそろ時間だ。
―――そういえば夏油先生が紹介したい生徒がいるとか言っていたっけ。
「じゃあ、虎杖君。私行くね。」
「あっ…!」
何か言いたそうな彼には誠に申し訳ないけれど約束の時間が近い。黒達を自分の影に引っ込ませ、鞄を適当に肩にかけると教室を出る。出た瞬間、野薔薇や伏黒にぶつかりそうになってしまい、慌てて謝罪を投げつけながら廊下を駆けた。
下駄箱に腕時計を眺める夏油先生がいる。少し待たせてしまったのだろう。なんだか申し訳なくて、小さく声をかければ顔を上げて笑みを向けられた。
「すみません。遅れました」
「時間ぴったりだよ。じゃあ車の中で今日の任務の話をしようか」
「はい。お願いします」
小さく頭を下げながら靴を履き替え、夏油先生の後に続く。数分ほど歩いただろうか。私の数歩前を進んでいた夏油先生が口を開き、私の歩調に合わせる。
「ヨルの昇級試験が終わった後は私の娘たち顔合わせをしよう」
「…。いくつの時の…」
娘。その言葉に対し思わず震える声で訪ねてしまった私は悪くないはずだ。にっこりと圧をかける様な笑みを浮かべる夏油先生に「アッ、いえ、なんでもないです」と言いながら言葉を撤回する。けれど彼は手を軽く振り、誤魔化すでもなく、あくまで穏やかに言葉を紡いだ。
「養子だよ。無知な猿共に虐げられていたから保護したんだ」
まったく、猿共には困ったものだよ。まあ、そういうタイプの方が何も考えないから、扱いは楽なんだけど。
笑顔でとんでもないこと言う自分の担任に思わず距離を取ってしまう。夏油先生って呪術師に対してはそうでもないけど、結構、こう…、選民思想のあるところがたまに危険だ。あ、でも呪術師に対してって言っても腐ったミカンには厳しいか。
駐車場にたどり着く。
私の担当職員が小さな笑みを浮かべながら迎え入れてくれた。夏油先生と共に車に乗り込めば、車が静かに動き出し、すでに車の中にいたらしい職員から書類が手渡される。説明するのは夏油先生ではないのか…。少しだけ残念に思いつつ、自分用の書類に目を通す前髪の長い、初めて見る顔の職員を盗み見る。なんだか”黒達”の反応があまりよくない。何処か観察するような眼差しで目の前の職員を見つめている気がする。
そんな私の視線をものともせず、その職員は口を開いた。
「今回、外村さんに当たってもらう任務は書類の通りです。廃病院で確認された三級呪霊。その呪霊の討伐をもって外村さんの階級は四級から三級に昇進という形になります。不正があってはいけないので担当である夏油さんはその任務時間中は別の任務に。」
「わかりました」
「監視官として自分が付きます。異変が起こった場合は自分が責任をもって夏油さんに連絡を」
「ああ、頼むよ。」
他の細かい内容を職員の人が丁寧に読み上げ説明しているが夏油先生はもう聞いていない。おそらく私の実力と今回の任務内容の難易度を照らし合わせ聞く必要が無いと判断しているのだろう。社会人としてどうかとは思うが私の力に対する信頼のようなモノだし、私から注意をするのもなんだか違う気がして口を出さなかった。
数十分ほど経っただろうか。ゆっくりと、車が止まる。
完全に車が止まったのを確認して、私は窓を開けると車の外へ出た。鬱蒼とした雑木林の中に立つのは古びた病院が目の前に立ち、その雰囲気で討伐対象である呪霊がその中にいる事を知らせる。当たりを見回しながら私は夏油先生と職員の方を振り返り、思ったことを言葉にした。
「なんというか、如何にもってところですね。周りに民家はない、か」
「山奥の廃病院っていうベタな所にいる呪霊はソレだけ力が強かったりもするから。まあ今回は三級程度だし、ラッキーだったね。ヨル。じゃあいってらっしゃい」
にこやかに送り出す夏油先生に向かって頭を下げながら、病院の中へと足を踏み入れる。後ろからは監察官である職員が静かについて来ていて、誰かに電話をしていた。
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