歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 3


交流会の様子をヨルはただじっと見ていた。モニター越しに彼らの動きを観察し、できる限り分析する。―――夏油からの課題だった。ヨルはその術式の特質上、余程のことがない限り相性の悪い呪術師は存在しない。それはすなわち他の東京校の生徒に比べ、京都側の生徒と共闘任務にあたる可能性があることを示す。


「ヨル、どうだい」
「そうですね。しいて言うなら西宮さんと相性が悪そうです。あとメカ丸さん」
「うちの中でも連携取るならまともな術式の二人よ。どうして?」
「メカ丸さんは純粋に縛りが辛いですね。で、西宮さん。西宮さんはおそらく索敵能力に特化してると考えます、まあ、つまり」
【私が居るから、彼女の存在理由ないのよね。ヨルにとっては】


腕の中で茶菓子を食べながら清姫が言う。まあ、勿論索敵だけが彼女の強みではないだろうか、彼女と一緒に任務に就くことはないだろう。ヨルはそう考えながら椅子に背中を預け、呟く。


「京都校の動き、なんか変ですよね」


京都校の教員がいる中でソレを言える度胸。その肝の太さに冥冥は口の端を吊り上げ、「なにが?」と聞き返した。それにヨルはそっと目を細め、夏油の方を見る。おそらく発言していいのかを問いたいのだろう。にっこりと夏油が笑った。言ってもいいらしい。

清姫の頭に顎を乗せ、モニターを凝視したままヨルは口を開いた。


「この一日目の団体戦って、ある程度戦力を分散させつつ複数の人数に分かれた方が効率イイんですよ。本来の目的は二級の討伐。それが叶わないなら数の討伐。妨害をしたいというなら呪霊を祓いながら西宮さんを司令塔とした妨害班と索敵班に分かれたるのが普通。団体で行動する理由なんてどこにもない。」


まあ。


「全員が全員、三級も倒せないような雑魚の塊なら、話は別ですけど」


くすっと、ヨルはその顔に笑みを浮かべて、『煽った』。その様子に担任二人は思わずというように吹き出し、五条に至っては腹を抱えて笑う。


「ほぉ、お前さんの目にはそう見える、と」


唸るような声音。腐っても実力者の一人でもある楽巌寺に、ヨルは笑みを崩さずに言う。


「それ以外の答えがあるとでも?――それとも、他の目的があって固まって行動しているとか?…例えば、そうだなぁ。虎杖君の暗殺とか。」


性格が悪いな。と、歌姫は思わず身を引いた。流石は夏油を師事するだけある。嫌な予感は当たるものだ。ため息をつきながら歌姫はモニターに目を戻す。
丁度、ヨルが予想し先ほど言葉を紡いだものとほぼ同じ展開で、眉を顰める。予想していなかったわけじゃない。むしろ生徒たちの動きを見て、歌姫自身にも確信の近いものはあった。

自分ですらほんの少しだけ嫌悪感を持つ生徒の行動に、東京側の教員は何も言わない。むしろ楽しそうにヨルに意識を集中させているような気配すらある。

ココからヨル自身が妨害をすることは不可能だ。ゆっくりと、楽巌寺は口を開く。


「そうだ。不安の芽は摘み取っておく必要がある」
「早計ですよ。ソレ」


楽巌寺の肯定。ヨルはやはり笑いながら否定した。そして言葉を続ける。まるで知っているかのように。


「知らないから怖いんですよね」


どこか確信に近い声音だった。


「・・・」
「虎杖君を知らないから、彼が本当に宿儺を制御できるか分からないから、貴方達は怖い」


その顔はもう笑っていない。感情が読み辛い表情で彼らの様子を見ながらヨルは言う。淡々と、当たり前のように、正解なんて求めていない。彼女は彼女の答えを突き付けているにすぎないのだから。けれどその言葉は正解に近いようで、楽巌寺は口を閉ざした。

虎杖が東堂によって助けられる場面が映る。あの短時間で気難しい男に気に入られたらしい。京都の生徒が二手に分かれ、虎杖の援護に駆け付けていたらしい東京の生徒と戦闘に入った。

その様子を見ながら、少しの間黙っていたヨルは再び口を開く。


「京都側の学長先生は、大事なものがある?」


常に閉じている楽巌寺の片目が開きヨルを見た


「何でもいい。家族でも、持ち物でも、これだけは本当に大事ってモノ」


もしもそれがさ


「今は制御できているが、“もしも”、“万が一”にでも暴走したら怖いから、今、ここで、壊せ、殺せ、処分しろ。って言われたら、どう思う?
ああ、それなら壊(殺)そうって思う?納得する?―――壊さなくても、殺さなくても、もし、何かあったとしても、絶対その暴走を出来る手段があったとしても」


五条の目が布越しに見開かれた。少し驚いたように彼はヨルを見る。


「私は、したくないよ。納得なんて。足掻きたい。模索したい。抑えることが出来る人間がいるならなおさら、私は嫌だ」


焦げ茶色の瞳が強い決意を宿して輝く。


「一度、この手から取りこぼしてしまったからこそ、私は嫌だ。」


自分に関係ないなど言いたくないし、納得なんてしたくない。
彼女なりの本音だった。そんな、まだ少女とも呼べる年齢のヨルの言葉を聞きながら、楽巌寺は考える。彼にだって大事なものは勿論あった。音楽だ。魂を震わせるような音色、身体の奥からわき上がるリズム。そしてそれを刻む楽器。―――考える。彼は彼なりに考える。楽巌寺は呪術師だ。それも保守派という、少女に一度痛い目あわされた側の。けれど考える。呪術師とか、保守派とか、そんなものを抜きにして、彼は教師だった。そして教師という職業の前に一人の人間だった。

もしも、自分が術式を扱う上で使う楽器が呪物だと、災厄だと言われたなら、自分は己の魂でもあるソレを壊せるだろうか。まだ何も問題は起こしていない。対処法だってある。

―――足掻く、か…。

足掻くだろう。自分の権力を使ってでも。そこでようやく彼は彼女が言いたかったことに気付く。そしてなぜ自分がここまでその少女の言葉を聞き入ってしまったのか考える。分からなかった。


「私は、呪術師がどうとか、その中の規律がどうとかよくわかってないけれど、けど、少なくとも、女軽視の考えや頭ごなしに否定することを正しいとは思わない」


思いたくない。







―――今日は、随分と喋る。


弟子の様子を見つめながら夏油は笑った。勿論ヨル自身が無口だとは思わない。ただ彼女は引き際を弁えすぎている人間だ。必要なことは口に出し、余計なことは口にしない。そういう性分なのだと思っていたが…。


―――違うな。背伸びをしていたのか。


おそらく、彼女は彼女なりに迷走していたのだろう。探って探って探って。ようやく馴染んできた矢先に失った同級生。彼の存在は幼く脆い彼女の心を切り裂いた。だって彼女は今まで普通に生活していたのだから。誰かの死に触れる経験もないに等しい。彼女も虎杖という宿儺の器も、この業界内では赤子だ。なまじ力を持っているが故に、力で解決してしまう傾向のある子ども。そんな、本来なら泣きわめき、暴れたかったであろう女は我慢していたのだ。それが今になって爆発している、口調ではもっともらしいことを言いながらも、彼女は今泣きわめいている。理不尽を突き付けられ、なんで、どうしてと。

分からないからこそ問いかけた。その問いかけの答えが「怖いから」「危険だから」。その言葉の頭にはすべて「もしも○○してしまったら」という「もしも」が付く。そしてそんな「もしも」を可能な限り0にし、押さえつけることが出来る五条悟を知っている彼女は、どう思っただろうか。想像は難しくない。


―――まあ、結果的にその爆発はいい方向に転んだようだね


楽巌寺の反応を見ればわかる。楽巌寺は難しい顔をしながら少女を見つめていた。保守派筆頭とはいえ、彼にも思うところはあったのだろう。

不意にヨルの腕の中にいた”黒“が顔を上げた。


【嫌な気配だわ。嫌な気配。ヨル】
「清姫…?」
【七子かかごめを出しなさい。私じゃ相手できない気配よ。】
「――っ」


険しい顔を浮かべ、清姫がヨルの腕から飛び出すとヨルの手を引き、彼女の陰から小さな少女を引っ張り出した。完全な力技である。ヨルの方が驚いて目を見開く。それに何も答えずに、むしろ状況が分かる分、清姫だけが急ぎながらヨルの手とさっちゃんの手を合わせる


「さっちゃん…?」
【そう、この子の能力を使って飛ぶわ。とりあえず語群がおにぎりしか無い子の所よ】


時間がないわ。そんな”黒”の様子に五条が手を上げる。彼も彼で何か異常事態が起きていることを察したのだろう。


「それ、僕たちもできる?」
【どうかしら、さちこ】


考える事すら惜しいと言わんばかりに清姫が聞く。寝ぼけた様にこちらを見つめるさっちゃんと呼ばれる”黒”がグッと親指を立て


【おっけぇ〜】
【イケるわ】


さちこ、またはさっちゃんと呼ばれた”黒“がヨルの手を握った瞬間、監視役として残る冥冥以外がその部屋から消えた。




prev / next









夢置き場///トップページ
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -