歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 2

正午まで時間がある。そう思いながらヨルは自分が参加することのない交流戦のフィールドを散策した。勿論ただ散策するだけでなく、その腕に索敵の得意な”黒”を抱く。ただひたすらにフィールド内を歩き回りながらヨルは、五条たちに言われた通りに行動した。思い出すのは五条の一言から始まった会話の内容である。


『いやぁ、生徒に何かあったら困るからさ、ヨル、一回フィールドを散策してきてよ』
『コレも修行だと思って行っておいで。二級以上の呪霊がもしも、仮に、万が一にでも出現したら全力で叩き潰すんだよ』


最強と名高い二人の教員が、まだ生徒であるはずのヨルに対してそう言い放った。そんな二人に対し、「ちょっと」と、眉を顰めた歌姫と呼ばれる京都側の教員がヨルの近くに立ち、ヨルの肩を優しく包むと最強の二人に向かって言葉を吐き捨てる。


『仮にも生徒よ。もうすでに呪霊を放った森を散策させるだなんてーー…』
『あー、大丈夫大丈夫。ヨルってば本来一級くらいの実力あるもん。そ、れ、に。万が一、二級以上の呪霊が迷い込んでたりでもしたら東京校の恥だしね。』


その視線が京都側の学長に向いたのを見てヨルは小さく頷いた。つまり、そういうことだろう。変なのがいたら叩き潰せと五条は遠回しに言ったのだ。己の担当である夏油もにこやかに笑いながら手話で常に二級以上の”黒“を抱いているように指示する。



かさっ、と。乾いた落ち葉を踏み、ヨルは顔を上げた。ヨルの背丈よりも圧倒的に大きな木々が生えそろう場所。それを確認し、自分が抱き抱える”黒”に目を向ける。腕の中の”黒“は、ヨルの胸元に頭を預けながらスピスピと気持ちよさそうに眠っていた。幼い子供のようなその”黒“の頭を撫で、ヨルはその場所に足を踏み入れる。

木々の隙間から低級レベルの呪霊がヨルを見つめた。けれどその腕の中にいる”黒“を見て、怯えた様に散っていく。


【んぅ…?雑魚が見ているわね。】
「そうみたい。どう、“清姫”。変な気配する?」
【するわ。すっごくする。もっと奥よ。隠れてるようだけれど私にはわかるんだから】


うふふっ。そう言って彼女、わらべ歌:道成寺に付属する呪霊である清姫が笑った。

―――わらべ歌:道成寺

ソレはかの有名な清姫伝説を歌ったわらべ歌である。愛しい男に裏切られ、蛇となり、そして焼き殺した伝説の姫君の歌。その歌に付属する清姫はその戦闘力もさることながら敵を探す索敵能力において右に出るモノはない。普段は可愛らしい童の姿だが、本来の姿は男一人がすっぽり入る鐘に七回巻き付くほどの巨体を誇る大蛇だ。そこら辺の呪霊など目ではない。


「清姫、階級の提示を」
【軽く見積もっても二級以上。そうね、呪術師の言う、準一級ってところかしら。私の敵じゃないわ。食べていいの?】
「そうだね。いいよ。清姫。でも暴れなくていい?」
【うふふ、こわれちゃうからいらない。ヨル、歌って。本来の姿に戻って丸のみにしてあげる】


じゃあ、行っておいで、清姫。抱きしめていた腕を解いて、口上を述べる。


「これより紡がれる言の葉は暴れる大蛇の歌―――の、皮を被った『裏切られた姫君の歌』。愛しいものに裏切れた姫君の復讐劇。さあ、どうぞご清聴くださいませ」


口を開く。清姫が森の奥に消えた瞬間。周りにいた呪霊共がヨルに向かって襲いかかった。それを予想していたかのようにヨルは呪霊の攻撃を流しながら、歌う。


―――トントン お城の 道成寺


呪霊の攻撃が服を掠った、ボタンが飛ぶ。それでも余裕そうな笑みを浮かべたまま、彼女は歌うをの辞めない。


―――釣鐘(つりがね) 下ろして 身を隠し


ヨルの頭上からヨルめがけて大きな口を開けた呪霊の口に、ヨルは傍にいた別の呪霊を投げ入れた。


―――安珍 清姫 蛇(じゃ)に化けて


呪霊を投げ入れた後、その口を手で閉じさせ地面に叩きつける。


―――七重(ななよ)に巻かれて ひとまわり ひとまわり


ヨルは地面に叩きつけた呪霊を踏みつけて森の奥を見る。
あちらも終わったようだ。スッと細められるヨルの目が、彼女を見つめる周りの呪霊に向く。

ずるりと、ヨルの影が伸び、周りにいた呪霊たちの足やら身体を掴んだ。


【たべていい?】
【たべていい??】
【ア”っ、ア、ア】
【鬟溘∋縺ヲ險?縺?シ樣」溘∋縺ヲ險?縺?シ】


逃げる様な動作をする呪霊たちを横目に、ヨルはそっと首を振る。


「今日はダメ。後で夏油先生に頼んでどこか食べに行こうか」


スッと、ヨルの影が元に戻り、呪霊たちはどこかに逃げ去っていた。森の奥から口周りを真っ赤に汚した清姫が姿を見せる


「どうだった?」
【おいしかったわよ。】
「ならよかった。まだいる?」
【もういないわ。ねえヨル、帰りましょう。ココ熱いのよ】
「そうだね。帰ろうか」
【抱っこしてほしいわ。って、なによ、アンタらは引っ込んでなさいよ。悔しかったら索敵能力あげてきなさいな。ちょっと!!人の着物掴むんじゃないわよっ!!】


にっこりと甘えるようにヨルに向かって手を広げた清姫の足元から無数の手が這い出て、彼女を掴む。清姫が青筋を浮かべながら叫んだ。
そんな黒達を拍手で強制的にひっこめたヨルは清姫を抱き上げる。清姫が嬉しそうににっこりと微笑み、その胸元にすり寄って、うっとりと頬を染めた





――――そして、その様子をモニター室から見ていた担当である二人は満足そうに笑う


「彼女すごいね。ずいぶん呪霊に好かれてる」
「腹立つけど、体術もなかなかよ、アレ。それにしてもまさか本当に二級以上が紛れてるなんてね」


どういうことかしら。難しそうな顔をした歌姫を横目に、五条が京都側の学長を視界に入れ、ニンマリと笑った。表面上は取り繕っているが、内心ではどうだろう。きっと計画を潰され、腸煮え繰り返っているに違いない。


―――もうじき、正午だ。


prev / next









夢置き場///トップページ
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -