歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


▼ 5

―――京都 呪術高専内にて―――


―――見えなかったわ。

呪術高専京都校所属、禪院真依はそう語る。見えなかった。何が見えなかったのか、情報を共有すべきだと判断した彼女は語る。
つい、先日のことだ。彼女と東堂葵は学長の付き添いで東京の方にある呪術高専に足を踏み入れた。半分故意ではあったのだが、たまたま見つけた一年生を煽りに煽ったという。もうその時点で三輪が呆れる様な声を出したが、真衣は少しだけ目をそらしつつ話を続けた。




「ねえ、それさ。“黒達”どうなるの?というか今、虎杖のこと馬鹿にした?」




死んだという宿儺の器のことを、真依は自分でも少し意地が悪いなと感じながらも『化け物』だの『人外』だの呼んで見せた。その瞬間、目の前にはいなかったはずの女が腰をかがめた状態で真依の前に躍り出て、何も感じさせないような冷たい眼差しを向ける。そう、見えなかったというのはこういう事だ。気配すら感じることが出来なかった。そもそも視線すら、近くにいたかさえ、真依にはわからない。ただ、彼女の生存本能はとんでもない勢いで警報を鳴らした。殺気なんて感じない。敵意なんて感じない。ただ冷たい目がこちらを向いているだけだ。

その少女が口を開いた。それを見た瞬間、明確な”死”を、彼女は感じる。


グッ


襟首を掴まれ、宙に投げられた。そう理解した時、真依は真依を投げ捨てたであろう東堂に抗議しようと口を開き、やめる。先ほどまで自分がいた場所に禍々しい何かがいた。いや、わかるアレは呪霊だ。なぜあんなモノがこんなところにいるのだと問いかけなければいけないほどにヤバイ何かだ。理解した時、真依は地面に叩きつけられた。真依が地面に叩きつけられたのと同時に東堂がその少女に向けて拳を振り上げる。

少女の口が動いている。しっかりと、明確な意思をもって動いている。それは歌だった。そして気づく、その歌声が徐々に大きくなっている事実に。


―――夜の風をきり馬で駆け行くのは誰だ?
―――それは父親と子供
―――父親は子供を腕にかかえしっかりと抱いて温めている




心の底から不安になりそうなメロディ。少女に向けて東堂の拳が振るわれる。それと同時に少女が拍手を二つ鳴らした。それらはグルリと東堂の拳を押さえ、動きを鈍くさせる。まだ少女は歌っていた。歌って歌って歌って歌って。そしてしっかりと真依を『見ていた』。


―――殺される


確定している未来。そう率直に思えるほど、真依は自分の現状を正しく理解していた。少女の歌が、真依にはどんどん音量を上げているように感じる。最後まで歌わせてはいけない。そう思うのに、恐怖で身体が動かない。



―――お父さん、お父さん!
―――魔王が僕をつかんでくるよ!
―――魔王が僕を苦しめる!



この曲の名前を、不意に思い出した。そうだ、この曲は『魔王』。オーストリアの作曲家、シューベルトによって作曲された、病気の子供が魔王に攫われ父の腕の中で息絶える歌。
理解した、でも遅い、理解するのが遅すぎる。なぜならこの曲はもう終わりかけでーーー…!




【歌うな】
「―――っ…!」




ピタリと、曲が止む。歌が止むのと同時に、真衣の方に歩みを進めていた”黒い何か“も歩みを止めた。彼女の前に、見知った背中が立ちふさがる。その手に得物を構え、真依の双子の姉である真希が、自分の後輩であろう少女と対峙していた。その姿に、自分を庇うように構える姉に対し、胸が痛くなる。
彼女は姉越しに少女を見た。おそらく歌を止めたのは狗巻の呪言。口を開かなければ無害なのかと、今だ状況の理解できていない中、思考を巡らせる。地面から起き上がり、こちらをまっすぐ見つめる少女に眉を顰め、何が来てもいい様に一歩下がる。

ゆっくりと、少女は両手を持ち上げた。その行動の意味が分からなくて、真依は視線をそらさず、何が来ても対処できるように、自分の得物に手を伸ばす。



―――何を、する気…?



まるで拍手をする前のような動作。叩く。―――いや、叩こうとした瞬間に伏黒恵ともう一人の一年が少女の動きを止めるように覆いかぶさった。




「ちょっと!やめなさいよ!殺す気!?」
「おい…!少しは冷静になれ…!」
「あの人ッ、人の同級生やら私の”黒達“散々馬鹿にしてっ…!!」
「おい東堂!真衣をヨルからできる限り遠くに避難させろ!!」
「棘、お前はいつでも呪言撃てるよう構えとけよ!」
「しゃけ」




珍しく焦ったような表情を浮かべた東堂によって、真依は学長がいる部屋に運び込まれた。話を聞いた夏油は顔を顰めると真っ先に部屋から飛び出し、五条が一瞬姿を消すと、呪具の一つである“縁切り鋏”を手に戻ってくる。
ただならぬ雰囲気の中で五条監修の元、真依が結んだ少女こと外村ヨルに関する”縁”は全て断ち切られた。そして交流会が始まるまで断ち切った”縁”が結ばれないよう細心の注意を払い、自分たちは京都に帰還。そう言って、禪院真依は話を締めくくった。




「自、自業自得では…?」
「煽っただけで殺されるなんて割に合わないでしょ!」




一般枠の三輪が思わずというように口を開く。それに眦を吊り上げるようにして真依は反論した。けれど。




「私、あの女が出てくるなら、今年も京都は勝てないと思うわ」




最大戦力である東堂を拍手二つで完封してしまうレベルの呪術師など聞いたことがない。重すぎる空気が全員の間に生まれる。そもそもなぜ、一年相手に“縁切り鋏”という呪具まで持ち込まなければいけなかったのか。答えは明白だ。あの外村ヨルという一年はヤバイのだ。自分たちの学長がその顔から血の気を引かせる程度にはヤバイ。

そんな相手に喧嘩を売った。しかもこちら側から。その事実に京都組はもう一度ため息を零し、交流会の作戦をもう一度練り直し始めたのだった。


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