歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


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さて、無事に師弟関係となった夏油傑と外村ヨルだが。彼、彼女の相性(師弟関係的意味)は最高だった。大人の余裕があるように見えて比較的短気な夏油と転生している故か、はたまた“黒達”の面倒を見続けていたためか、気は長いヨル。非呪術師が嫌いで、度々問題を起こしていた夏油と一緒に任務に就くようになった彼女はそんな師の人間的屑…、失礼。欠点を見事に補って見せた。これには彼女に痛い目を見せられた上層部も拍手喝采。

そして、そんな弟子が今まで手持ちカード(通称“黒達”)でゴリ押していた呪霊方法に別の道を示す夏油。すなわち、ただでさえ強い手札を持っていた彼女に対して体術を学ばせた。勿論、一般的な生活しか送ってなかったヨルがガッチガチに体術を習得するのは無理だ。だから彼女の術式を応用した。彼女が今まで無意識に行っていた“黒達”の能力を一時的にその身に宿す。という特性を応用させた。

前回、”縁“を頼りに外村ヨルという少女は安全であろう場所でふんぞり返っていた老害共の元に自分の”黒達“を送り出し、腐ったミカン全員を縄で天井に吊るし上げ、啖呵を切った。

あの事件の最大の問題点及び疑問点、”縁“を辿るという行為。それを聞いた夏油は外村ヨルという少女の術式がただ呪霊を召喚し、使役するだけの可愛いものだとは思っていなかった。別の可能性を密かに感じていたのだ。そしてそれは彼女が夏油を師事することで発覚する。

ーー彼女は自分に手を貸す呪霊から一時的にその能力を借りることが出来る。その時の衝撃と言ったらすさまじい。五条が絶句して「マジかよ」と昔の口調に戻り、頭を抱えるレベルだった。



…ちなみに彼女が“縁”を辿るにあたって借りた呪霊の付属する歌は“さっちゃん”。都市伝説を外村ヨル自身が解釈し、まことしやかに囁かれていた噂を取り入れて歌い、召喚したことがあるため、その“縁”を辿るという能力が付属した。

―――さて、皆様、さっちゃんの歌詞を知っているだろうか。一般的に知られているの1〜3番。この歌の意味が本当は恐ろしいというのは周知の事実で、本当の歌詞は10番まであるだとかなんとか言われていたりする。
―――では、このさっちゃんの歌詞を1〜4番まで歌った場合、必ず五人に四番目の歌詞を伝えなれければいけない。という内容を、聞いたことはあるだろうか。


“さっちゃん”は認知する。彼女の”歌“を認知し、口遊み、目に入れただけでも、その人間を認知する。そしてそのわずかな縁を辿って彼女はその人間の元に現れる。それこそ、外村ヨルが使役する一級呪霊の一体、”さっちゃん“である。











不意に、ヨルに対しついてくるよう指示を出し、前を歩いていた夏油が、彼女の方に顔を向けた。現在、彼ら呪躁組がいるのは数日後取り壊される予定のビル。
最近ここでは自殺者が後を絶たないらしい。夜蛾学長より任務を受けた二人は”帳”を下ろし、ビルの中に侵入した。二人は足を踏み入れてすぐに、そこそこの大きさを誇る呪霊を見つける。アレなら丁度いいかと夏油は呟いた。




「じゃあ、次は“指きりげんまん”の能力を使ってアレ、祓ってみようか。」
「はい」




何気なく指差した”アレ“は紛れもなく二級相当の呪霊である。ふぅっと心を落ち着かせ、前に出ると、ヨルは一秒も置かずして駆け出した。

足に力を込め、跳躍する。そこそこの大きさを誇る呪霊よりも高く飛んだヨルは、その呪霊に向けて拳を叩き込んだ。ぐらりと揺れる巨体。それでも倒れることなく、ニヤニヤとした笑みのような物を浮かべ、呪霊がヨルを眺めた。硬い…?いや、違う。殴った感触からヨルは答えを探し出す。

ーーー硬いんじゃない。柔いんだ、この呪霊。

ならばと一歩後ろに下がり、飛んできた瓦礫と呪霊の攻撃を交わす。
口を開いた。拍手を二つ。歌うことで力を借りたい呪霊とその能力を確実に固定し、増幅させた後で、指定する。


―――指きり げんまん
―――嘘ついたら 針千本。
―――のーます


彼女の周りに、細く鋭利な黒い”何か”浮かび上がる。それは一つではない。それは千本もの細く鋭い針だ。


―――指 きった。


呪霊に向かって針が飛ぶ。その巨体に千もの針が突き刺さる。

ーー次の瞬間。

針の一つ一つが膨れ上がり、爆ぜる。飛び散る血飛沫すらも簡単に避けて見せてヨルは夏油の横に並んだ。




「おいで“指切り”」
【約束、約束、約束した】
「食べていいよ」




千の針が再び彼女の周りに浮かび上がり、二つ別れ、溶けあうと人型の姿へ変貌した。
一塊は遊女のような格好をした艶やかで美しい女に。もう一塊は役人のような格好をした男に。

“指きりげんまん”

げんまんというのは本来、拳という意味を持つ。それ故”指きりげんまん”という歌詞には、役人が罪人に対し一万回拳を振るうという解釈と、遊女が心より慕う男に愛を示すため小指を切り落とし送りつける風習を歌ったという解釈が存在する。彼女の持ちえる”歌“でも特例に近い、二体の呪霊を付属させる”歌“。


だからこそ彼女は一つの歌で、“拳で殴る”“針で呪霊を攻撃する”という二つの能力の使用が可能だった。針の方は強力過ぎて歌を口遊まないといけないのだが、使い勝手はいい。


ヨルに呼ばれたい遊女の呪霊が品のある動作で頭を下げ、すぐさま食事に向かうと、役人の方は楽し気に笑って「使ってくれてあんがとよ」と言い、遊女の後を追った。




「うん。いいね。」
「そう、ですね」
「明日、筋肉痛になってると思うけど」
「ですよねー」




ぐぃ〜っと背を伸ばす彼女に合わせて服も上に上がる。丈の短いスカートが持ち上がって、スパッツがちらりと除いた。攻撃、回避、その他行動を使役する呪霊になるべく頼らずに祓うという方針なので、どうしても動き回るのだ。特に回避動作に関しては動き回る。ヨルは基本、呪霊を呼び出すまでの時間が稼げれば後は問題がない為、回避に重点を置いているというのもあるが…。

スカートではなく短めのズボンが良かっただろか。けれどスカートを身に着けるというのは女子高校生の特典なのだと彼の娘である双子は力説していた。どれが正解かはいまだわからない。




「さて、修行を始めて一か月。あまり高専に戻らなかったからね。そろそろ戻ろうか」
「そうですね。戻った方がいいでしょうね」




戻ったら何をしようか。年頃の少女のような顔でそう笑った弟子の頭を撫でて、夏油はスマホを取り出し、息を飲む。
前を歩いていたヨルが不思議そうにこちらを振り向いた。

どこかあどけない表情。その表情を視界に収め、夏油は険しい顔で口を開く。




「悠仁が、任務で死亡した」



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