歌を歌っていただけですけど!? | ナノ


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「ふぅん。」



五条はソレだけを返事して電話を切った。モニターを通じてこちらを見ている上層部が忌々しそうに顔を歪ませ薄汚い言葉を吐き捨てる。それを同じ言語とは思わずに、五条は片耳に指を突っ込んで舌を出しながら煽って見せ、軽薄に笑う。彼の優秀な脳と六眼がこの場の異常を捕らえたからだ。




「はいはい、会議中に電話して悪いね~?お爺ちゃんたち。…でもさ、来るよ」




だから教えてやる。こちらを見下ろすようにふんぞり返る上層部(腐ったミカン)に。今から姿を見せるソレは『子を成すだけの器』では到底収まる事なんてできない何かだ。五条の近くに黒い靄が生まれた。禍々しいそれが徐々に広がりを見せ、人一人が通れるほどの大きさまで膨れ上がり、女一人が吐き出された。いや、吐き出されたというよりは産み落とされたような印象を受ける。




「げほっ、うえっ…。何ここぉ…」
「やっ、外村ヨルちゃん。」
「ひえっ…!」
「君、僕のこと嫌いなの?」



気軽に挨拶をしただけで肩を震わせた彼女が自分から距離を取った。なんだか悲しい気持ちになる。仮にも自分の生徒になる予定なのだが、上手くやっていけるだろうか。けれど彼女に非はない。自分でも分かる。出会いがちょっとまずかったことくらい。だから深追いはせずに手を貸してやるが、彼女はその手を取ることなく、自分で立ち上がり、あたりを見回した。




「モニターに、お札が吊るされてる、部屋…?」
『”胎”がなぜここに居る』
「たい…?」



普通に過ごしていればきっと聞くことのない単語。それに首を傾げた彼女は唯一この場で頼れる五条に視線を投げたが、五条はその視線を緩く笑みを浮かべることで黙殺する。
きっと、上層部の目に彼女の力は魅力的に見えるに違いない。特級呪霊すら使役する術式。空間を移動するという、応用の幅の広い力まで見せたのだ。上の考えを端的に、わかりやす表現するならばすぐにでも『仕込み』たいといったところだろう。まだ、自分の能力を正確に把握していないうちに。まだ彼女が弱いうちに。
ソレは五条にとって唾棄すべきほど腐った考えで、到底受け入れることなどできない提案だ。緩く、なるべく余裕がある様に、そして相手を馬鹿にするように口元に笑みを浮かべながら、五条は思案する。

さて、なるべく大人の汚いところを見せたくはない。どうやって話を逸らしつつ、上層部に痛い目を見てもらうか、五条は黒布の下で目を細めて考えるが、目の前の少女は不意に顔を上げた。




「なるほど、何のことかって思ったけど、子供を産む道具って言いたいわけだ」
『理解が早いな。非呪術師の生まれにしては、だが。』
「時代錯誤も甚だしいね。老害じゃん」




思わず吹きかけた。真っ直ぐと機械に目を向けたヨルがゆったりとした動作で自分の胸の前で掌と掌をゆっくりと合わせた。




「たぶん、夏油さんが言ってた『上』ってこの人たちのことだよね。五条さん」
「ん?傑?そうだね」
「そう…」




よくわからなかったし、多分自分が悠仁の保護をこの場で宣言している間に彼女と親友の間に何かしらの会話があったのだろうと推測し、肯定した。
五条の様子にヨルは笑って口を開く。


じゃあ、ちょうどいいや。

ぱぁんっ!!!

拍手が、一つ。それが一瞬。何を意味するのか分からなかった。ゆったりとした微笑みを浮かべ、目の前の女の口が動く。良く、通る声だった。




「これより歌うは、太陽を乞う、無邪気な子供の歌――の皮を被った『祈祷師殺し』の歌でございます」



さあ、どうぞご清聴。













何が起こったのか、五条は理解が出来なかったと思う。歌を歌っただけだ。五条の目にはそう見えた。けれどこの場ではない、上層部の人間を映していた機械は砂嵐を引き起こし、札は燃え尽きることなく炎に包まれていた。札越しから、機械越しから何かを縄で縛る様な音とくぐもった声が五条の耳に届く。

歌い終わった少女が冷めた表情で誰かに、いや、”何か”に声をかける




「いい子、いい子、愛しい子。殺してはダメだよ」



砂嵐がやんだ。炎に包まれていた札が黒こげの状態でその姿を晒した。機械の画面越しに、あちらの様子が垣間見え、息を飲む。見覚えのある老人が『吊るされている』。首に縄をかけられ、手足は縛られ、ぴくぴくと痙攣し。天井から水平に身体を吊るされていた。首と、胸と、胴体と、股関節に足首を縄で横に吊るされている。顔は青白く、はくはくと口を動かし、助けを乞うていた。



『てるてる坊主 てるぼうず あーした天気にしておくれ』



彼女の両足に抱き着き歌う童がいる。水色のレインコートを羽織った、男とも女とも見分けのつかぬ子どもが、褒めてほしそうに彼女に抱き着いていた。呪霊だ。一級の、呪霊。特級に至らぬでも、十分に強い分類の。そんな呪霊の頭を撫でて。彼女が笑う。



「偉いね。殺さなかったんだ。いい子良い子賢い子」
【殺さなかった、殺さなかった。でもぜーんぶ縛ったよ。放っておいたら足の先から腐っちゃうかも】
「そう、でも人間意外と丈夫だから大丈夫」
【えへ、えへへ。また僕たちを呼んでね。】
「わかった。ありがとうテル坊主」



とぷんと、音をたてて呪霊が消えた。あの一瞬で、この少女は多くの呪霊を呼び出したのだ。それぞれを指定した場所に。そしてその指定方法は”縁”。彼女を視認した。認知した、声を聴いた、声を聴かせた。どれか一つにでも当てはまれば彼女はそのわずかな”縁”を辿って指定の場所に、指定の人物に対して呪霊を送り出すことが出来る。それも複数体。たぶん、それができる呪霊を使役している。
優秀な自分の眼はソレを自分に訴えかけてくる。知らずに、嫌な汗が五条の頬を伝って、落ちる。

まだ、荒削り。けれどもうすでに恐ろしいほどの才能。想像以上だった。

彼女がもしもその才能を研ぎ澄まして自分と敵対したとしたら。自分は彼女に勝つことはできるだろう。周りの被害に目を閉じさえすれば、絶対に勝利をもぎ取ることが出来る。




「さてと、ようやくまともに話ができるね。初めまして上層部?の皆様。外村ヨルです。まあ、話ができるのは私だけだけどさ。黙って聞いてほしいかな。…私が言いたいのは三つ。一つ、私の意志関係なくアンタらの監視下にある学校とやらに通わされるのは酷く不快。でも私にとってこの件はプラスだからあんま怒ってない。二つ。虎杖悠仁のこと、あんまり接点ないけど、同級生だし情もある。あんまり、人の人生弄ばない方がいいっていう警告。」




え、接点無いの?うそでしょ。思わずそう聞きかけた五条は少女を凝視した。彼女に関して言えば少し術式を使って二日ばかり眠ってもらっていのだが、その間、外村ヨルという少女について語る虎杖悠仁は紛れもなく彼女に恋情を寄せていた。照れ臭そうに想いを吐露するその姿に、五条をはじめとする幾人かの教員や伏黒はむず痒さと甘酸っぱさに戸惑いを隠せなかった。五条はこの二日で立派な虎杖悠仁×外村ヨルのCP過激派と化したわけだがまさかこれほどまでに温度差があるとは…。

そんな五条の戸惑いをよそにヨルは腐った上層部に向けて三本目の指を立てた。その瞬間、夜の足元から一目見て【ヤバイ】と感じる女が姿を見せる。片方の目は赤に染まった眼帯、首には縄をぶら下げ、ヨルの肩に回す腕はボロボロだった。黒いワンピースは煤け、煙の香りが鼻腔を擽る。



「最後。私の相手は私が決める。文句があるなら言いな。その腐った考えを、徹底的に叩き潰してあげる。私と、私の”黒達”がね。」



ーーーあんまり、女舐めんなよ。くそ老害共。







五条は後に語る。怖気づかず、親指を下に下げ、腐ったミカン相手に啖呵を切るその姿に、年齢がもう少し近ければ惚れていたと。


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