呪術師×特級仮想呪霊 | ナノ


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ーーー数年後ーーー


「海空」


 輝く太陽に煌めく海の中を泳ぐ人魚にすっかり成人した男は声をかける。その声に水面から顔を浮かべた人魚は顔を顰めた。


「なにさ、悟。」
「いや?呼んだだけだよ」
「うへぇ…」


 人魚はその美しい顔(かんばせ)を崩し、もはや定位置と化した岩の上に頬杖をつき、五条に目をやった。数年の間で人魚と人間は随分多くの言葉を交わしたように思う。いいや、実際交わしたし、五条は人魚の封印を解いた。今や人魚はこの海岸だけでなく、どこにでも行ける。どこにでも行けるけれど人魚はどこにも行こうとはしなかった。それは純粋に人魚の気が向かなかったからでもある。


「海空」
「…なぁに、悟」
「何でもないよ」


 カップルでもしないような言葉の押収だ。そんなこと五条もわかってる。けれど自分が名付けた名を、呼ばずにはいられなかった。海と空。そんな綺麗な尾をもつ人魚の名。昔行っていたような何気ない触れ合いがない代わりに、五条はその大切で、綺麗な名を何度も何度も呼ぶようになった。
 触れなくなった、いいや、違う、触れることが出来なくなった。恋をしているくせに、恋焦がれているくせに。大人になって、いろんなころを経験して、色々なことを身に着けた代わりに、五条は酷く臆病になった。


「ねぇ、悟さあ」
「ん〜?」
「水の中に入って、冷たくないの?僕は平気だけど、人間ってそうじゃないじゃん。」
「そうだね。でも僕は、海空と同じ温度を感じてたいんだよ」
「ふうん。なんか、アイツもそう言って、真冬の海に身を投げたことあったっけ」



 昔のようにその話を馬鹿にできなくなってきた。きっと冬になったら自分はそうするだろう。そんな予言めいた予感が脳裏をよぎりに、曖昧に笑う。
 随分と前から、なぜだろう。人魚が話す元恋人の話を聞くのは苦ではなくなった。むしろもっと話してほしいと思う。その度に胸の奥からくすぐったい様な、よくわからない疼きが生まれるのだ。でも不思議と嫌じゃない。不快じゃない。

 不意に、ぴちゃんと水が跳ねた。

 目の前に、澄んだ水色の瞳が見える。嫋やかで、白く滑らかな手が、五条の首に回った。何が起きたかわからない。まるで身体を拘束するように、海の中に沈む自分の身体に肉厚の何かが巻き付いた。


「み、そら?」
「僕は、呪霊だからそうじゃないけれど、風邪、ひいちゃうよ。君は。それはなんだか、やだなぁ」


 僕じゃ、君を温められない。だから形だけだけどさ。人間は、寒いとくっつくんでしょ?

 細められた人魚の瞳が、自分と近い色を持つその瞳が、まるで焦がれるような揺らめきを見せて、五条の肩に頭を置いた。久しぶりに触れるその感覚に、五条は人魚をかき抱く。離れがたい。離れたくない。無邪気なその想いに返せるほど綺麗な想いを、五条はこの人魚に抱けない。


「冷たいよ」
「あたりまえじゃん」
「もう、凍えちゃう」
「人間が無理しちゃダメなんだよ」
「海空」
「うん」
「ずっと、一緒にいたい」
「…その言葉に返せる言葉を、僕は持ちえないよ」


 胸が痛かった。胸が痛くて苦しい。人魚と一緒に、このまま、御伽噺みたいに泡になる事が出来ればどれだけ幸せなことだろう。そうなりたいと叫ぶ心と、乙骨や一年生をどうするんだと吐き捨てる理性が鬩ぎ合う。
 すべて捨てられる程、五条は子供じゃなかった。我儘だって、通せるものと通せないものの線引きくらい、できるほどには。だってこの感情に打算が無い。乙骨のように、虎杖のように、上を無理やりにでも納得させるような打算や利益は、この人魚に存在しない。ただ美しくて、ただ純粋無垢で、ただ一人の男の我儘に縛られるだけの呪霊だ。


その事実が酷く苦しい。ただ苦しくて、五条はその日、日が暮れるまで柔かな人魚の身体を抱きしめ続けた、

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