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「ひ、ひどい、ひどいよぉ…。アイツの子孫のくせに、子孫のくせにぃいいいい〜〜」
ひんひんと痛みが続くのであろう頭を押さえて涙をポロポロと流しながら、岩の上で人魚が尾を不服そうに何度も水面に叩きつけた。痛みの原因である五条はそんなこと気にも留めず、人魚の近くに腰を下ろす。こんなバカ面下げた顔だけみたいな呪霊が特級仮想呪霊とか世の中終わってんな。と、人魚が聞けば怒り狂いそうな感想を持つ。
けれど自分のせいで泣く姿を見るのは気分が良くて、その姿を観察した。そして気づく。人魚の頬から零れる涙が大粒の真珠に姿を変えることを。なるほど。毎月海岸に打ち上げられる大量の真珠は目の前の人魚が自前で生成したものらしい。
「お前さぁ。そんな空っぽな頭で良く今まで生きてたな。」
「しかも言葉でいじめてくるよぅ…」
「強いやつはイジメられないだろ」
「たしかに」
そうだね。うん。納得。そんなふうに頷いた人魚の頭は本当に弱そうで、五条は直感的に守ってやらないとコイツは死ぬと感じた。はぁ、とため息をつく。そんな五条をジィっと見つめ、人魚がふふっと笑った。
「んだよ」
「ううん。そっくりだなぁって」
「は?だれに」
「僕の恋人」
ピシャン。
五条の初恋が全力で崩れた瞬間だった。人間でいう体育座りのように尾を曲げ、その上に頭を預けると、人魚はふんわりと笑う。
「昔ね。この海岸で人間の男に一目惚れしたの。呪霊の僕が、だよ?そしたらその男も僕に一目惚れしたみたいでさ、ずっと会ってた。」
一応僕を殺しに来た呪術師だったのにね。だけど恋って燃え上がるモノじゃん?だからさ、僕と彼、ずっと、ずーっとこの浜辺で会ってたの。でも
「でもね、僕、その時自分が呪霊ってこと、ぼんやりとしかしらなくって、たまたま他の呪術師の話を別の海で聞いたんだ。」
そしたら人魚と一緒にいる人間はすぐ死んじゃうの。人魚に魅せられて。だから傍にはいられないって思ったの。
そう、懐かしそうに話す人魚の顔を五条は複雑な思いで見つめた。なぜ自分は失恋したうえで他人の恋愛話なんぞ聞かされているんだろうと。けれど待ったをかける気も、留める気にもなれず、その話に耳を貸す。
「だから離れようって思った。思ったのにさ。アイツ、僕をこの海に封印しやがった」
雲行きが少しだけ怪しくなった気配を感じる。なるほど、自分の祖先は呪霊相手に監禁をやらかしたらしい。
「離れるって話をしたら封印。次に殺してくれ。殺せるわけ、ないじゃんか。だからさ、僕、約束したんだ。君と同じ色合いを持つ子孫に僕を殺してもらおうって。そして輪廻を廻ったら、僕をお嫁さんにしてねって」
なんだか恥ずかしいや。頬を赤く染め上げ、誤魔化すようにへらりと笑い、人魚が五条に顔を近づけた。その行動に五条の胸は高鳴った。腐っても恋してる相手である。人魚本人は恋人に想い馳せているが。
「ずっと、ずぅっと、君を待ってたんだ。何十年も、何百年も。アイツと同じ色合いを持つ君を。」
にっこり。愛おしさと、懐かしさと、幸せを詰めた様な瞳で人魚が五条を見つめた
「僕を殺してくれる君を、ずっと待ってた。」
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