▼ 7
「悟?」
不意に、人魚の頬に、何かが落ちる。それは雫だった。人魚が生きる、海と同じ味をした雫。人魚は顔を上げる。−−−泣いていた。五条悟という男が、その両目から涙を流して、悔しそうに泣いていた。
苦しそうに、何度も何度も大粒の涙を人魚の頬に落としながら涙を流す。その姿に、人魚は不謹慎ながらうれしくなる。泣いてくれるという事実に、自分という、彼とは決して相容れぬ存在に泣いてくれるその心に歓喜した。
「なに泣いてるのさ。悟」
「泣いてねぇよっ…!」
「泣いてるよ、僕とお揃いの目から、涙があふれてるよ」
もう、馬鹿だなぁ。僕のためになんて泣かなくていいのに。そっと、冷たい両手が五条の頬を包み込んだ。そして囁くように言葉を紡ぐ。
「ねえ、悟。僕たちさ、もしかして両想いだった?」
「もしかしても何もっ、見りゃ、わかんだろっ…!」
「言葉が欲しいなぁ。悟。ね、ダメ?」
「ッ…!」
甘えるように、かすれた声で人魚がそう言った。
「好き、だよっ、お前がっ、馬鹿みたいに頭空っぽで、どうしようもないお前が、好きだよっ…!」
「へへへっ、うれしいや。うれしい。うれしいなぁ。悟、僕も、僕も大好き。愛してる。悟」
「俺の方が何倍も、俺の方がっ…!」
溶ける。指先から、人魚が水の中で。それを視界に入れ、五条は強く、強く人魚を、海空を抱きしめた。それに返すように海空も五条に縋り付く。どちらが言うでもなく、視線が絡まり、お互いの唇を合わせた。
「みそら、みそらっ」
「んっ、…はは、初めてのキスが、海の味だ」
「好きだよ、愛してる。好きだ」
「ぼくも、は、ぁっ、僕も、好きだよ。悟。」
口付けをし、愛を囁く。何度も何度も。お互いを確かめるように。初めて触れ合わせるキスはしょっぱくて、涙なのか海水なのかすら判別できない。
「悟、悟、さとる。次は、お嫁さんにしてね」
「いいのかよ、ご先祖様だろ、その役目」
「ふふ、んっ…。実はね、アイツと同じ色を持つ子供はアイツと同じ魂を持つように細工したんだ。だから今も昔も、覚えていなくても、僕が恋をする魂はずっと君だよ。」
「なん、だよ、それ。覚えてなきゃ俺じゃねぇだろ」
「そう、別人だよ。でも好きなんだ、大好き。君もアイツも魂も。僕は好きなんだ。勘違いしないでね。僕が恋したのは君だよ。今の僕が恋したのは君なんだ。だからっ」
ーー次は、お嫁さんにしてね。
その言葉と愛おしそうに細められた瞳を最後に五条の腕の中にいた蒼珠の人魚は泡となりはじけ、海に溶けた。腕の中にあった感覚は消え、主人を失ったアクセサリーが海に沈む。
「−−探すよ、海空。生まれ変わっても、お前を探して、次は絶対幸せにするから」
待ってて。美空
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