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「ハロウィーン…?」
「え、なんで先生そんなに嫌そうな顔されるんですか」
珍しく生徒のもめごともなく、仕事は監督生が住むオンボロ寮(と言っても元だ…)を除くだけになった俺に、監督生が話しかけた。それも忌々しい季節のイベント名を投げかける形で。不思議そうに俺をのぞき込み、首を傾げて見せた監督生には申し訳ないと思いつつも険しい顔で俺は寮の点検をした。異常はない。
粗茶ですがと目の前に置かれた紅茶に手を伸ばして、数か月前までたたけば誇りを舞わせていたソファーへと沈んだ。
「それで、先生はものすごく顔を顰めるってことは、やばいんですか、ハロウィーン」
「やばい、やばいってわけじゃないんだが、ゴーストは騒ぎ出すし生徒はうるさい。学園内で盛り上がるだけで。でもな」
「はい」
「俺は好きじゃない」
きっぱりと言いきた俺はそのまま紅茶に口を付けて喉に流し込んだ。そう。俺にとってはまさに地獄のような季節だ。無邪気なのか下心たっぷりなのか(おそらく後者だが)わからない顔で生徒たちは俺に言うのだ「trick or treat」と。悪戯かお菓子だなんてカツアゲも良い所だろう。
新人時代は何も知らなかったため人気のない場所に引きずり込まれるなんてざらだった。勿論殴り倒したが。
「監督生」
「はい」
「当日は飴の袋を最低二袋は持っていると良い。いいか、ただの飴の袋なんていう面白くない真似はするな。味はすべてハバネロかブラックペッパーだぞ」
「なんでそんなに殺意高いんですか」
何があったんですか先生のハロウィンに。少しだけ身を引いたようにこちらを見て監督生が眉を顰めるが、暫くして俺の言いたいことを理解したのはしぶしぶというように小さく「わかりました」と返した。それでいい。思春期の男子なんて大抵碌なことを考えないんだからそれくらいが丁度いいのだ。
受け取ったカップの中身が空になる。常々思うのだが、監督生、もしかして徐々に紅茶の入れ方上手くなってきているのでは?まあ、良くつるむのがハーツラビュル寮の二人だし、うまい入れ方を知っているのはなんとなく理解できる。上手く淹れれるという事と知っているとでは少し勝手が違うが。
「先生、お茶のお代わりは…」
「いいや。今日はゆっくりしたいから俺は帰る」
「えっと、ここではゆっくりできませんか?」
「そう言うわけじゃないが…、あまり女子生徒と二人きりというのはな…」
「さり気無い言葉の中に見えるPTAの影響力が憎いっ…!」
胸を押さえながらそう呟いた彼女に少し笑いながら俺は立ち上がるとその頭を撫でて「じゃあな」と言い、玄関から出て行った。その際に
「今日も!!推しがっ!!尊いっ!!!」
…監督生の歓喜に震えた声が聞こえたが、それを聞き流す。いつものことだ。今日も元気でいいと思う
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