PTAが怖いんだっ…! | ナノ


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事の発端はまたというか、いつものことというべきか、案の定オンボロ寮の生徒であるグリムの仕業だった。錬金術で出来上がったという退行薬(便宜上はそう明記する)を意気揚々と手に掲げたグリムが机の上でふらりとよろけ、近くを歩いていたルイスに蓋をしていなかった薬が降り注いだのだ。

液状とはいえ魔法薬は魔法薬。退行薬は退行薬。彼が瞬きをする暇もなくポフンとした軽やかな音が鳴り響き、ルイスがいたはずの場所にはこの世の人とは思えぬほど整った造形を持つ絶世の美少年が困惑したように立ち尽くしていた。

パチパチと瞬きを数度繰り返し、NRCの廊下に立った少年がこてりと首を傾げて見せれば、小ぶりな口から聞き惚れてしまいそうほどに美しいボーイソプラノが紡ぎだされる




「誘拐…?」




とんでもない誤解であった。とんでもない誤解であったのだが当の本人は慣れた様子ではてさて困ってしまいますと可愛さ満点。儚さ一億点。庇護欲天上突破の言葉を欲しいがままに、ちょっと憂げに瞼を伏せ、頬に手を当てながら少しうつ向くルイス・エルヴァ(と書いて絶世の美少年と読む)に生徒たちはざわついた。勿論、監督生は供給の多さにひれ伏し、吐血する。今日も先生が尊いとは彼女の遺言であるのだが、ここで彼女に倒れてもらっては困るとグリムが叩き起こした。

誘拐かと問いかけるルイス(過去)に対して数人が違うと大げさなほどに激しく首を横に振る彼らを目に入れ、ルイスが口を開く。彼も彼で生徒たちの年齢と服装から誘拐の線は低いと思ったのか、さらに深く首を傾げた。




「冷静になれば、誘拐犯が全員ナイトレイブンカレッジ生の格好をしているなんておかしなことか。無難に考えるなら未来か過去に飛ばされた可能性が高い…」




傾げていた首を元に戻してブツブツと推理するように考察する彼の口調は正しくルイス・エルヴァのモノである。学生時代、猫を被っていなかったという話は事実だったのだろう。冷静に監督生が考える中、ハッと我に返ったらしいクルーウェル先生が生徒の波を掻き分けるとルイスに近づく




「ルイス・エルヴァ、とりあえずお前と話をする必要がある。学園長室に来てもらっていいか」
「おや?クルーウェル先生…?つまりここは未来か。…なるほど。わかりました。貴方の指示に従いましょう」
「good boy。仔犬。お前もだ」
「あっ、はい!」




監督生に声がかけられると同時にルイスの瞳が監督生へと向く。まだまだ幼さを残した表情で、どうしてこの生徒が?と言わんばかりに少し歪められているモノだから、監督生の胸は高鳴った。彼女の知るルイスは決して監督生にそんな顔はしない。いつも微笑みたまに素が出るギャップが素敵な先生である。自分の感情を隠すことに対してココまで不器用な彼を彼女は知らなかった。先生、学生の時はキチンと学生だったんですね…。




「あとは、レオナ・キングスカラーか、サバナクロー生。キングスカラーを呼んで来い」
「はっ、はい!!」
「学園長室にだ。行くぞ仔犬共」
「はい」
「はーい」




後ろの方で聞こえる「あれ、ルイス先生ってあんな口調だったっけ?」という疑問の声に監督生は返事をしながらも冷や汗を零した。コレ、大丈夫かな。先生が戻ってきたときに不都合とか起きないといいけど…。


―――学園長室―――



「えええ…。なんでこんなことになったんですか…?」
「グリムです」
「ああ…」




困惑に困惑を重ねたような声でクロウリーが彼らに説明を求め、簡素に、しかし正確に言葉を返した監督生は目の前でしおしおと草臥れていく学園長を目にとめて頷いた。その横では我が物顔で出された紅茶を喉に流し込むルイスがいる。それにしても本当に顔がいいな。天使様が存在するならばこんな感じの顔立ちなのだろう。あまり不躾に見すぎたせいかルイスがチラリと彼女に目をやる




「随分躾のなっていないやつだな。そもそもお前がなんでここに呼ばれたんだ?」
「ヒェッ、推しが私に声を…」
「は?」




苛立ちを乗せていた瞳が一瞬にして不審者を見る様な目に変わる。




「おい、学園長。人の言葉話せねぇネズミみたいな奴が俺の隣にいるんだが?」
「あああっ!!夢にまで見たルイス先生からの罵倒!!ご褒美ですありがとうございますっ!!!」
「黙れドブネズミ。」
「ひぇんっ」




率直に言えば興奮した。天使のように麗しい尊顔から放たれる滑らかな罵倒に胸がキュンキュンする。百人中百人が二度見するレベルで過激な言葉をポンポン放つその姿は控えめに言っても毒華のようで、触れずにはいられない魅力があった。黙っていれば職人が丹精込めて、いや、人生のすべてをかけて作り上げた人形のような見目なのに口を開けばこれである。

正直このギャップこそがルイス最大の魅力とまで思ってる監督生からすれば投げかけられる暴言、罵倒、罵りすべてがご褒美以外の何物でもなく、それが自分に向けられているとわかるだけで身体が歓喜に打ち震えるのだ。先生素敵、いっぱいちゅきってする。そんな幻覚すら聞こえてきそうだった




「…ルイス・エルヴァ。お前、今の学年はなんだ?」
「一年生ですよ。一年」
「えっ、先生今私と同い年なんですか!!!??」
「誰が口を開いていいって言った小動物。黙って座ってろ」
「あっ、素敵…」
「・・・疑問なんだが、どうしてドブネズミが人様と同じ場所に座ってるんだ?」
「すみません。ネズミ如きが烏滸がましくて。床に座らせていただきます」
「ネズミと言えども女性だろ。向かい側の椅子に行け。」
「やさし…」




罵倒もさることながらたまに見せる優しさがときめきポイントだと思う。なんでそうやって飴を与えてくるんですか先生。いそいそとルイスの顔がより見える位置に座った監督生がうっとりとしたようにその顔を見つめる。大人のルイスもさることながら生徒時代のルイスもある意味完成された美を持っていた。それに加えて子供特有の幼さと未発達な手足、完成されているようで完成されていない美。正反対の印象を与えるその複雑な美は紛れもなく一級品で、その手の好色家たちが手折ろうと手を伸ばすだろう。まあ、それを跳ねのけて生きてきた猛者がルイス・エルヴァなのだが…。

シャンデリアの光で輝く彼は気高く、それでいて身近で、どこか触れることが出来てしまいそうだった。

たぶん、いや、絶対の自信を持っていうのだが、彼は見飽きない。美人は三日で飽きると元の世界の誰かが唱えていたが、彼の姿を見飽きるということは絶対にないだろう。見飽きさせないという表現が正しいかもしれない。


監督生がそう胸の内で呟いたとき、少々乱雑に開けられた学園長室の扉からレオナ・キングスカラーが入ってくる。その後ろにはペイン・シェパードが控え、開門時とは違い、静かに扉を閉めた。




「で?このちっこいのがルイス先生ってことか?」
「キングスカラー。寮長になって言う言葉を…」




学園長室に入ってきてそうそう見下ろすようにそう言ったレオナを諫めるようにペインが眉を寄せて口を開くが、当のルイスはその麗しい尊顔ににっこりとした笑みを浮かべた




「にゃーにゃ―にゃーにゃうるさいネコ科だな?」
「「・・・・」」




いっそのこと清々しい。端的で、ものすごく、わかりやすい、侮辱である。




「キングスカラーってことはわんにゃん王国の王子様で?それにしては初対面の相手に自己紹介もないとは、随分、躾のなってないネコチャンだ」




――王族ってのもたかが知れる。




見る人が見れば卒倒するレベルの煽りである。そして初対面の相手云々に関しては自分も自己紹介どころか一言も発してない辺り彼の性格の悪さが物語られる。お前も人のこと言えないじゃないかと咄嗟に言える人間はこの場にいなかった。口が回らなかったともいう。

今だ天使だ、神秘的だ、この世の宝だとまで言われ続けた笑みを浮かべトンデモナイ爆弾をブッ込んだ本人は優雅に紅茶のお代わりをカップに注ぎ始めた。




「…砂にされてぇらしいな…!」




低く、低く、怒りを滲ませた声音に楽しそうに口の端を持ち上げたルイスが立ち上がる。学生服にある胸ポケットから顔を出したマジカルペンが輝きだした。レオナもレオナで自身のマジカルペンを持ち出した。

その一瞬だ。ほんの一瞬。レオナがマジカルペンを取り出す一瞬のうちにルイスはすでに彼の懐に入っていた。

小柄な分、その素早さは言葉にするまでもない。そもそも彼が寮長になったのは身のこなしも勿論だが、ユニーク魔法の発動がほぼ【ノータイム】であるからだ。




「俺を懐に入れた時点でお前の負けだよ。いいや、一瞬でも俺の目を視界に入れた時点で、お前の負けだ。」




さあ、俺の目をーーーー。そう言いかけたところでその小さな体躯を抱き込む様にしてクロウリーがルイスの目を覆い、レオナから引きはがした。




「いけません!エルヴァ君!あなたの魔法は生徒にとって身体的ダメージが大きすぎる!」
「ちっ」
「舌打ちするとは何ごとですか!!まったく、元の姿に戻って後悔するのは貴方ですよ。PTAの皆様にご報告されたくないでしょう」
「PTA…?」




不意に、先ほどまで好戦的だった雰囲気がぴったりと止んだ。クロウリーがその拘束を解いて服の中から出てきたルイスが少々青い顔でブツブツと何かをつぶやく。そして




「ルイス先生って、もしかして俺は教師…?」
「あ、気付いてなかったんですね」
「当たり前だろ!誰があんな日々PTAの目に晒される職やるんだよ!!」
「お前だろ」
「うるっせぇなネコ科は黙ってろ!!くそ、まじか、正気か俺」
「今だからこそ言えるが、ルイスが教員の道に進んだのは就職しようとする企業の面接官が悉く此奴に入社させることを条件に関係を迫ったからだぞ」
「屑ばっかですね」




あんな先生にも苦労した時期があったんだな。変な関心を覚えた監督生が思わず口を開く。そんな監督生とルイスの様子を見て冷静になったのか、レオナは頭を抱えるルイスを目に入れた。冷静になってしまえば自分はなんて安い挑発に乗ってしまったのかという後悔が押し寄せ、彼はそっとため息をつくと監督生の横に腰を下ろす。

その様子を目に入れたクロウリーがルイスを視界に入れながら説明するように口を開く。




「とりあえずキングスカラー君を呼んだのは彼がサバナクロー生だからです」
「そうだった、先生サバナクローだった」
「ポムフィオーレなんだけどな。顔だけなら」
「よく言われていましたね。顔だけポムフィオーレと。あっ、もちろん俺は寮長が寮長でよかったと…」
「おいシェパード紛らわしいから黙れ」
「ところでその犬教師誰だ」
「・・・・」
「そういえばシェパード君は一つ下でしたし、今のエルヴァ君にはわからないんでしたね」




いつもは凛々しくピンと立つ立派な黒い耳をぺっしょりと下げ、ぱたぱたとせわしなく動いていた尻尾が垂れ下がる。余程ショックだったらしい。流石にかわいそうだった。久しぶりに見たルイス(寮長時代とほぼそのまま)にテンションアゲアゲ(死後)だったろうに。合掌。

当のルイスと言えばブツブツと再び何かを呟き、そのままスッと立ち上がった。そしてふんわりと笑って見せる




「教師だったというならそれなりの態度が必要というもの。面倒ごとはごめんですし、僕もしばらく教師というより生徒としてこの学園に在学しようと思います」
「猫被るんですか」
「今は生徒と言え、本来教師の俺が問題起こしてみろ。巡り巡って俺に来るだろ。ならここに居る間、お行儀良くしておけばいい。覚えとけ子ネズミ。外見に沿った言動をすることによって避けられる問題が俺にはあるんだよ」
「ルイス先生だなぁ…」




今更ながら思考回路が本当にルイス・エルヴァその人である。

そんな監督生の感想をよそにルイスは輝かしい笑顔を浮かべ、流れるように振り向くと「そういうことですのでよろしくお願いしますね?」と笑いながら先ほどとは打って変わって友好的な態度でレオナに手を差し伸べる。その様子に面食らった後、少々渋い顔をしてからレオナは「…おう」と返した。いくら喧嘩を売られようと腐っても惚れた相手(今現在自分よりも年下)にはかなわなかったらしい。

正直あの顔じゃなければ殴られていたと思うのは監督生だけではないだろう。掌返しが鮮やかすぎるのだ。









―――この後、全力猫かぶり(絶世の美少年)によって逆ハーレムを作り上げるルイス先生
―――この状態は一週間続いた。元に戻ったルイス先生は何も覚えていません。


結論:ルイス先生は昔からルイス先生だった









ルイス・エルヴァ(生徒時代)
 「サバナクローの悪魔」「顔だけポムフィオーレ」「わんにゃん王国」などなど、別名に事欠かない生徒時代を送ってきた。顔よし、成績よし、運動神経よしだがさすがに性格までは良くなかった。まだ生徒なので相手を手玉に取って情報抜き出すとかはできない。流石に無理。でも相手を煽って煽って煽りまくってユニーク魔法を使った後に情報吐き出させることは得意。碌でもない。やっぱりヴィラン。このころからPTAは苦手。自分の容姿を自覚しているため、色仕掛とまでは行かないが、有効な使い方は知ってる。ちなみに意地でも他人に謝らないのはこのころから。





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