PTAが怖いんだっ…! | ナノ


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小さく開かれる口、そっと中の具材が零れぬように包み込む男にしては少々細い白魚のような指、少し伏し目がちに落とされた瞼が震え、そこから覗く海色の瞳が不思議そうに瞬けば周りにいた野次馬たちが固唾を飲んで美しい青年の行動に注目した。

はむっ。

見た目に違わず控えめに手に持ったジャンクフードに青年がかじりつく。遠目からでも見える小さな食べ跡。それに野次馬たちは胸を高鳴らせ、あまり見つめるのもなと感じ、そっと目をそらした。今だチラチラと見つめる視線はあれど最初の一口ほど多くもない。それでも青年はちまちまとどこか可愛らしく少しずつ食べる。ゆっくりと時間をかけて咀嚼し、飲み込んで、発泡スチロールの容器から伸びるストローに口をつけると、流し込むように喉を上下させる。行動の一つ一つがまるで絵画のようであり、なぜこんなファーストフード店にいるのだろうと野次馬たちは首を傾げた。


不意に青年が青い炎を連れた少女に話しかけられる。どうやら知人らしい。少女と楽しそうに少しの談笑をして青年が立ち上がる。自然と露になる青年のスラリと伸びた背丈に優し気に浮かべる笑み。それはまるでおとぎ話に出てくる王子のような風貌で、育ちのよさそうな品の良い服に身を包み、少女をエスコートする姿は女性を魅了する。そんな青年と少女が店から出ていく姿を彼らは物語のワンシーンを見ているような気持ちで見送った




「・・・で、良かったんですか先生。お食事中だったのに…」




さて、外に出た少女こと監督生はそう問いかけながらたまたま見かけ、一緒に行動することとなった青年、ルイス・エルヴァを伺いみた。太陽の光を受けて輝く稲穂の髪も、耳に下がったイヤリングも、陶器のような白い肌にパーツの整った甘い顔立ちはいつ見ても美しい。

そんな天が一物も二物も与えた外見とは裏腹にスッと不機嫌そうに細められた空色の瞳に監督生は察した。おそらくあの場所はルイスにとって地雷だったのだろう。居心地が悪かったとも言える。



「あんなに見られていれば禄に食えないだろ。最初は普通に食事しようと思ったんだが、どうも勝手な想像をされているようでな…炭酸でも頼もうものならこの世の終わりみたいな顔をされる。」
「え、あの食べ方素じゃなかったんですか」
「どこのご時世にジャンクフードちまちま食べる成人男性がいるんだ…。」




俺は行きつけの店で昼食をやり直すが、監督生はどうする?そういったルイスに監督生は一も二もなく「ついていきます!!」と叫んだ。偶然町で出会った推しと行動しないオタクがいるのだろうか。言い換えるなら推しのガチャポンがあって資金があるのに回さないオタクがいるのだろうか。いないと思う。しかも推し自身からついて来てもいいような言い方。それはもうホイホイついていく。正直このルイス・エルヴァという推しになら結婚詐欺をされたとしても監督生に悔いはない。むしろ一時期の夢を見せてくれてありがとうと拝むかもしれない。あ、先生に結婚詐欺されて別れるときに「お前みたいなやつと誰が付き合うんだよ。鏡見直してこい」って言われたい。

あの尊顔から飛び出す罵倒を聞きながら死にたい。切実に。

いつものメンツが近くにいればドン引きモノだっただろうが、幸いなことに彼女の近くにはルイス・エルヴァしかいなかった




「ついてくるなら昼食を奢ってあげような。」
「えっ、そんな悪いです!!」




推しに出させるわけには!そう叫びかけた監督生の唇にそっと人差し指を当ててルイスが微笑んだ。う“っ、顔がいい…。




「生徒に出させるわけないだろ?俺は大人で男だ。甘えとけ」
「ふ、ふぇぇええ…」




先生の夢女にされちゃう…。推しの夢女子にされちゃう…。先生が可愛くってかっこよくって意味わかんない。顔面の暴力を諸に受けた監督生が呻きながら沈んだ。そんな状況でもしっかりとした足取りでルイスの後ろに続くのだからその根性は感心するモノがあるだろう。



学園近くの商店街を抜け、裏通りを数分かけて歩いた場所にその店は存在した。こじんまりとする品のいいカフェである。意外にも駐車場すら完備されていて、目を引く車が一つ止まっていた。

ルイスはそれに目を向けて遠慮なくカフェの扉を開け、監督生はあれ?っと首を傾げ、中を覗き見ればよく知った色合いの男性が独りカウンターで本を片手に寛いでいた。その男性に近づき、今日は良く学校関係者と出会うなと思いながら声をかける




「クルーウェル先生?」
「…仔犬?どうしてここに…、ああ、ルイスか」




学園ではまず見ないであろうコートを脱いでラフな格好をしたクルーウェルが、眼鏡を上に押しあげながら監督生の後ろに立っていたルイスに目を向ける。当のルイスはメニュー表に目をくれずにカウンター越しにいたこの店のマスターに「いつもの量で」と一言言づけ、クルーウェルとは椅子二つ分開けたカウンター席に腰を下ろした




「お前、今日はジャンクフードを食べに行くと言っていなかったか?」
「成人男性がちまちまお行儀よく食べれるとでも?」
「ああ…」




錬金術関連であることしかわからない小難しそうな本を畳み、クルーウェルがルイスとの間を椅子一個分に縮める。監督生はクルーウェルから見てルイスを挟んだ反対側に腰を落ち着かせ、渡されたお品書き、まあつまりはメニュー表を開く。カフェとは名ばかりに中々ボリュームのありそうなメニューが並んでいて値段もそこそこ良心的である。




「はんばーぐ…。」
「俺様ツナのパスタがいいんだゾ!」
「好きなものを頼むといい」




写真が飾られるチーズINハンバーグの文字に思わず言葉が零れ、唾液が口に溜まる。女の子とはいえまだまだ成長期、がっつり食べたいし、お腹いっぱいにお肉を頬張りたい時だってある。でも、でもだ。顔のいい男二人が横にいる状況下で年頃の女子が目を輝かせて肉を頬張るのはどうなのだろうか。しかもそのうちの一人は推し。監督生の女の子な部分が全力で否定していた。

不意に、濃ゆいソースの匂いと焼きあがったパンの香り、控えめなシーザードレッシングが混ざった様な香りがした。グリムもそれに反応したのかメニュー表から顔を上げ、あたりを見渡せばカフェの定員が二人、両手に余る皿を手にこちらへと歩いてくる。




「お待たせしました!鉄板ハンバーグ特盛りサイズと生ハムのシーザーサラダに今月のチャレンジメニューです!」
「ありがとう」




監督生とグリムは思わず無言になった。え、多くね…??成人男性の掌ほどはあるハンバーグが三枚鉄板に並び、コーンやポテトが申し訳なさ程度に添えられる。ガラスの器に入った生ハムのサラダは平均サイズの大きさで、その横に置かれた人一人が持てるか持てないかわからない大きさの大皿に乗った、見るだけで胸焼けしそうになるほど大きなハンバーガー。ちょこんと頂上に刺さった旗が誇らしげに立っているのが何とも言えずに憎たらしい。

ルイスがニコニコとその神から愛されたであろう顔面に笑みを浮かべつつ、ナイフとフォークを手に取った。そこからは圧巻である。大きめに切込みを入れたハンバーグを大口開けて放り込み、咀嚼し、飲み込む。その姿が何とも幸せそうで、監督生は「あれ、ジャンクフード店で見た妖精さんは見間違えかな??」と自問自答した。頬を膨らませながらあまりにおいしそうに食べるものだから、監督生とグリムはハンバーグを注文する。

もしもルイスに耳や尻尾が生えていたのならそれはそれはご機嫌に動いたことだろう。細い身体のどこに入って行くのかわからないが。




「よく、入りますね…」
「腹壊さないんだゾ?」
「仔犬共、食事をしているときのルイスは何も聞いていない。学園ではイメージを崩さないようにとサンドイッチに魚料理しか食べないやつだからな。休日はソレを取り戻すように食べる。元々アメフトをやっていたからか代謝はいいが燃費の悪い身体だ」




何も言ってやるなと言わんばかりにクルーウェルはティーカップを手元に寄せるとそっと口を付け、そのまま喉に流し込んだ。そうしている間にルイスは鉄板に盛られていた料理を平らげ、大口開けてハンバーガーにかぶり付き「うっま♪」と声を出す。

気の抜けた人間しかいないということもあってか、ルイスは人目を気にせず楽し気に食事を続け、齧り付く際頬に付着したらしいミートソースを親指で乱雑に拭ってぺろりと自身の舌で舐めとった。その姿は年相応に食べ盛りの青年にしか見えず、監督生は運ばれてきた食事を口に含めつつ思わず零す




「男の人、ですね」
「男だからな。だが…。ああやって楽しそうに食べる姿を見るのも、俺は好ましく思うぞ」




とろりと確かにクルーウェルの瞳が優しく蕩ける。

―――ああ、クルーウェル先生、ルイス先生が好きなんだ。

漠然とそう思った。いっぱい食べる君が好き。そんなフレーズが頭の中に浮ぶ。でも確かに、あんなにおいしそうに食べてくれるなら作った側も、見ている方も幸せになる。

自分の視線に気づいてしまったのか、ハッとしたルイスが監督生に目をやると。何処か照れたように「しーっ」と人差し指を唇に添えて笑う。その仕草に監督生は死んだ。




いっぱい食べる君が好きッ!!!


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