PTAが怖いんだっ…! | ナノ


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ーーーレオナに猫バレした後の話(時系列としてはゴスマリ前ーーー




その日は珍しく大雨だった。ナイトレイブンカレッジは基本的に、天気や気温の調節は魔法石を媒体として妖精たちが行っている。行っているのだが、月に数回、彼らにも休みが与えられるため、その間の天気は外の世界と同じになるという。今回はナイトレイブンカレッジの外は雨だったらしく、ザアザアと音を立てて遠慮なく校庭を濡らし、校舎に雨粒が叩きつけられる。



そんな大雨の中、人気の通らない廊下の端で、俺ことルイス・エルヴァは社会的危機に陥っていた。意地の悪い笑みを浮かべた男の指が、そっと身体のラインをなぞり、腰に回るライオンの尾がいたずらに腹をなでる。楽し気に問い掛けれる言葉はここ最近の忙しさで忘れていた厄介事を思い出させるのに十分で、そっと舌打ちをする。




「いやぁ、随分とエゲつない猫を被ってたんだなぁ、センセイ?」
「近いんだが?」




キングスカラーに覆い被されるようにして壁際に押し付けられると、のぞき込む様にこちらに顔を近づけてくるため、男と自分の間に教科書を置いてこれ以上近づかせないようにした。口づけでもされそうな距離感。本がなければモロに息遣いを感じたことだろう




「それで?猫を被ってない俺に何か用か?キングスカラー」
「呼称まで被ってやがったか。…前回随分とコケにされたからな。御礼を言いにな」
「へぇ。どんな御礼をしてくれるか随分と楽しみだ。」




ニコニコと微笑みつつ、目を細める。キングスカラー自身に剣呑な気配はない、ただ何処か悪戯気に揺れる翡翠の瞳がこちらをまっすぐと見つめるのが気に食わない。何が来てもいい様にしないとなぁと考え、次の授業までの残り時間をキングスカラー越しに見える時計から計算する。

あと十分もなかった。どうやってこの場を収めるのか少し考えた時、キングスカラーが口を開いた。その言葉を聞きながら、早く切り上げたいがために、俺はキングスカラーのいる方向を見ずに早口で返す。




「なあ、センセイ」
「俺、早く授業に行きたいんだけど」
「すぐ終わる。先生。俺はな、やられっぱなしは好きじゃねえ」
「俺も好きではないな」
「話が早くて助かる」




なんのだ?顔を顰めて、思わずキングスカラーの方を向いた。少しだけ気を抜くと同時に教科書を持ち上げていた腕が、いきなり下に下げられる。それに俺は思わず驚いて本を手放した。背表紙が床に叩きつけられる。乾いたような音がして、すべてが一瞬だった。一瞬のことで頭が回らない。それほどにキングスカラーの行動は少々乱暴だった

そんな中、ただ回らない頭で愚直に教科書を拾わないといけないと思う。拾わないといけないのに、俺は動けないでいた。

何が起きたのか、理解するのに、回らない頭では時間が要したと思う。いつの間に添えられたのか分からないキングスカラーの手によって上に持ち上げられた顎はしっかりと固定され、唇に感じるしっとりとした感触。鼻腔を擽るのは品の良い香水の香りで、頬を掠めた茶色い髪を編み込んだ三つ編み…。




「―――ッ!!!」




身体を震わせた。なんで、唇同士が、重なり合って…その行為を理解した瞬間思わず脚を下げるが、それは壁に当たると音を立て、踵に痛みが走るだけで何の解決策にもならなかった。。

自分から離すべく、キングスカラーの胸板を押したがビクともしない。俺がそうやって手をこまねいている間に口づけは深く、深く、貪られるようなモノへと変わっていく。息が苦しくて、生理的な涙が浮かんだ。ああくそ。ほんと、無防備な腹に一発入れることすら、ここまで密着してれば難しい。足技をかけようにもさっき下げすぎたせいで、今踏みつけようものならこちらがバランスを崩すだろう。




「ん、ふぁ」
「はぁ、グルルルッ」




満足そうにキングスカラーの喉が鳴って、翡翠の瞳が嬉しそうに細められた。


……ああ、怒りが湧く。


プッツンと俺の中で何かが切れた。別に口づけ自体は初めてでも何でもないからイイ。くれてやる。でもな。この俺が、こんな躾のなってない、クソライオンに好きにされるのは、気に食わない。プライドが許さない。大人舐めんな。一瞬だけ口内を我が物顔で暴れていた舌が止まったのを感じて、思いっきり唇に噛みつく。ガリッとした嫌な音と鉄の味。離れた唇から伝う唾液が途中で小さく音を立てて切れた。不快な鉄の味を口内に留める気はなく、そっとハンカチに吐き出すと、怒りの収まらぬまま、キングスカラーの方を見て舌打ちと共に毒を吐いた。




「躾のなってない、クソガキがイイ気になるなよ。お粗末なくちづけで堕ちるほど、俺も安くない」
「落とす気もねぇよ。言ったろ?礼だよ。散々コケにされたな」
「強がるなよクソ童貞」
「なんだと…?」




相手に合わせず、自分のペースに持って行けもしないお前は下手くそで十分だ。クソ童貞。それにしても今の、誰にも見られてないよな?何度もハンカチで唇を拭いつつ、あたりを見渡した。人の気配はない。それなら都合がいいと目線を下に下げ、床に転がる教科書を拾い、キングスカラーから距離を取る。噛まれた部分を自分の舌で濡らし、先ほどまで怒りに揺れていた目を細めるとそいつは笑った




「随分、慣れた反応だな先生?爛れてんのか?」
「童貞には想像つかない程度には華やかな経歴なもんで」
「さっきからチェリーチェリーうっせぇな。捨ててるっつぅの」
「捨てててその程度ならお前ん所、保健体育の教育間違えてるぞ」




クスクスと“ルイス先生”がしないような顔で笑いながら、自分の唇に手を当てた




「キスをするなんて、可愛らしいじゃないか。キングスカラー?…でもな、やる相手、間違えんなよ。二度はない」





―――次は唇だけじゃ済まさねぇぞ。




声のトーンを落とし、笑みを浮かべて俺は廊下を歩きだした。授業に遅れるな。これは。まあ、猫にでも噛まれたってことにしようか。



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