PTAが怖いんだっ…! | ナノ


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「あ、の、ルイス先生」
「んー?」




 後ろから声をかけられて俺は振り返る。そこにはいつぞやかのウツボが、目をそらしながら後ろに立っていた。今日は本人らしい。ひとまずにっこりとほほ笑みながら、「なぁに?」と聞けば、「ココではなんですから…」と、放課後、モストロラウンジの一室に来るように頼まれる。俺、あんまり放課後は拘束されたくないんだけど・・・ というか、もしかしなくても二人っきりになるつもりだろうか。あらぬ誤解を生む可能性があるから遠慮したいのだけれど…、このウツボには本性が知られているので、あまり下手には出れない。




「…うん、いいよ、おりこうさんに待っててね」
「はい」




 悟られぬよう、笑みを向けながら廊下を進む。監督生ちゃん巻き込もう。俺のために働いてくれとお願いすれば、「はい!よろこんで!」と答えてくれるはずだ。俺知ってる。俺の顔好きなんだもんね?




――教室――


「ってことで、監督生ちゃん一緒に来てほしいな?」
「ん“んっ、すきぃ…!顔がいい、顔がいいよぉ、この笑顔の裏で何考えてるんだろうとか考えると監督生ちゃん死んじゃうよぉ」




 尊い、好き…。そんな言葉しか聞こえてこないほどどろどろとに溶けて地面に這いつくばる彼女は控えめに言ってもホラーだった。ほら、床は汚いから立ちなさい。「こらこら」と監督生ちゃんの腕を引っ張り上げて、誇りを叩いてあげれば、今から死ぬエビみたいに震え「ママ…」と言われた。俺はままじゃない。監督生のママは何人いるんだと思い、困ったように笑えば「聖母」とつぶやく。俺は女じゃない。




「一緒に来てくれる?」
「どこにでも〜〜〜〜!!!」




 トドメと言わんばかりに首をかしげて見せれば、濁流のような涙を流して監督生ちゃんは返事をした。いや、そこまで泣かなくてもいいだろうに。
遠目で見ていた彼らに、じゃあ、この子借りていくね〜〜と手を振れば、胸を押さえて死んでいく屍たち。君ら元気だね。

 その勢いでモストロラウンジの呼び鈴を鳴らせば、「あ、クラゲ先生と小エビちゃんだ〜」と、ゆるゆるとした声で近づいてくるフロイド・リーチに笑みを向けた




「こんにちはフロイド君。ジェイド君はいるかな?個室の方を予約してたみたいなんだけど」
「ジェイドならもうそっちでまってるよ〜。ねえせんせい、俺もいっていい?」
「ふふ、だーめ」
「けちー」




 ケチで結構。お前が見たらしばらく使い物にならないと思う。また時間があるときね〜と、手を振って案内された部屋の扉を開ける。ノックはしなかった。ただ




「あれは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは幻覚アレは………」


「「………」」
「………」




うわ、目があった。


 俺も監督生もそんな気持ちだったと思う。お前……、あのショックからいまだ立ち直れてなかったんかい。何なら自己暗示中だったのか。取りあえず、というか、条件反射でにっこりと笑みを向ければ、彼は一瞬スンッと表情を落とすと、すぐさま立ち上がり




「お待ちしておりました。どうぞこちらに」
「何事もなかったかのように進めようとしてるっ!!」
「おや、監督生さんもいらっしゃってたんですね」
「白々しいっ!!!」




 何を飲まれますか?と問いかけるそいつの腕は震えていた。おい動揺隠しきれてないぞ。大丈夫かジェイド・リーチ。何とも言えない雰囲気が俺らの間に漂った。そんな雰囲気を感じ取ってしまったのか、彼は顔を覆ってか細く「すみません…」と言った。監督生ちゃんが驚いたように二度見する。俺も思わず引いた。あのリーチの片割れが、謝罪しただと…。しかもいつもの余裕綽々と言った笑みじゃなく年相応な…。天変地異の前触れかもしれない。
 一先ずジェイド・リーチとテーブルをはさんだ反対側に座り、運ばれてきた紅茶に口をつける。もう少し砂糖を入れた方が好みかもしれない。




「それで、ジェイド先輩は先生にどういったご用件で?」
「なんで監督生さんがいるんでしょうか…」
「俺が呼んだ。というか、どうせこの口調だろう。お前が聞きたいの」
「幻聴でも幻覚でもなかった」
「泣くほど衝撃的だったみたいですよ」




 顔を覆い始めて軽く鼻をすする音、それに何も言わずに観察する。多分もう少ししたら落ち着くはずだから。所々で「僕らの幻想が」「僕らの夢が」と耳に入るが勝手に想像して勝手に幻想を抱いたのはお前らである。世の中あんな教師がいるわけないだろう。夢見すぎだ。

 監督生ちゃんが用意されたお菓子に手を付けて「これおいしー」と呟くのを聞き流し、俺は徐々に正気を取り戻し始めた彼に向って首をかしげて見せた。金属の擦れる音が響き、左のイヤリングが頬にかかった。




「こんな俺は嫌い?」
「グッ…!!」
「んぶっ!げっほっ、おぇっ、あ、あざとい」




 ジェイド・リーチの方は胸を押さえて前かがみに倒れ、監督生ちゃんが口にしたクッキーを噴出して口に手を当てた。何度もせき込みながら紅茶を流し込み、お冷に手を伸ばす。




「俺さぁ、この容姿と口調でも十分やっていけるんだよ。でもさ、やるなら、楽な方がいいと思わねぇか?リーチ」
「す、素敵なご趣味で…っ」
「人畜無害なルイス先生だって疲れんだよ。クソガキ」




俺の笑顔もただじゃねぇの。お分かり?

 優しくてかわいいルイス先生のほうが女のいないこの閉鎖的な学園においてひどく楽だ。自分で言うのもなんだが俺は庇護欲をそそる容姿をしていることだろう。そういう顔だ。だからこそソレを利用して楽に生きる。人畜無害なキャラである方がPTAからも目を付けられにくいし、何なら「ルイス先生になら安心して生徒を任せられますね」というお言葉までもらうほどには信用されている。まんざらでもない。


揃えていた脚を行儀悪く組みなおして笑う




「覚えとけ、リーチ。後学のためにな。」
「?」
「大人ってのはきたねぇんだ。綺麗なだけじゃない、そして…、それを綺麗に見せるのも、大人の役割なんだよ。…俺の顔、好きだろ?」
「――っ、それは…」
「好きです―――――――!!!」


「「……」」




 思わず叫ぶように言った監督生ちゃんを見てしまった、いつの間にか鉢巻を撒いて何やら文字のかかれた団扇をこちらに向けて振っている。俺にはあの文字が読めないが、文字の形だけはわかった


【先生猫脱いで】【可愛い?カッコいい?どっちもしゅき


 ……アレは、古代魔方陣的何かだろうか。とんでもなく寒気がする。とりあえず「投げキッスしてくださいーー!!」と要求した彼女に目配せしたまま投げキッスをしておく。監督生は死んだ。




「とりあえずなリーチ」
「このまま続けるんですか!?」
「いつものことだ気にするな。」




 構っていると日が暮れる。あの一週間で監督生の性格は一通り理解した、過激なふぁんさとやらを行っとけばしばらく静かになる。何度もちらちらと監督生を見るリーチだが、見てみろ、あの満足そうで幸せな顔を。気にしなくていい。




「俺の顔が好きなら黙ってろ。…お前だけだよ。生徒で俺の本性、ここまで知ってるの」
「えっ」




 驚いたような声と、嬉しそうに輝く瞳。けれどそれは一瞬にして冷静さを取り戻し、監督生さんはどうなんですかと聞き募った。そんな彼に、にっこりとほほ笑んで見せる。そして甘く囁くよう、誘惑するように口を開いた。




「俺が、信じられないの?」
「そんなわけではっ!」
「信じてくれよ。ジェイド」




 立ち上がりかけた彼の掌を包み、机に抑え込んで、中腰のまま維持させる。少しでも動かせばキスでもしてしまいそうな距離。それを臆さず、ただジッと見つめた。


そのまま、少しだけ弱めの暗示をかける。




「お前だけが、特別なんだよ」




 とろりと、色の違う双眸が揺らぎ、どこか熱に浮かされた様な色を帯びる。成功したようだ。まるで囁きかけるように、吹き込む様に流れる言葉は心地よいだろう、リーチ。でも、俺は言ったよな




「俺の性格、黙っててくれるな?」
「はい、もちろんです。先生」




 大人は汚くて、綺麗に見せるのが大人だと。後学のために学んでくれ。可愛い可愛い俺たちの生徒。騙されてくれるお前が、哀れで酷く愛おしいよ



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