PTAが怖いんだっ…! | ナノ


▼ 1

 あの空間だけなんか違う、誰かがそうつぶやいた、その言葉に周りにいた生徒も店員も思わず頷く。



ここは海の魔女の慈悲の精神に基づくオクタヴィネル寮の中にある、モストロラウンジというカフェであり、学内および、学外(週に二日のみだが)の者たちが利用できる飲食店である。美しい海の景色を楽しみながら食事ができるこの場所は生徒にも好評で、テスト期間終了時などには常に満席になるほどの活気に満ち溢れていた
 
…しかし、いつもならば客が見惚れる海の景色は今やただの背景。この場にいる者たちの目はモストロラウンジの一角に位置する客席に向いている。




 その場所は、一言でいえば煌めいていた。学園屈指の人気を誇るルイス・エルヴァが目線の合った生徒ににっこりとほほ笑んで手を振るからということも理由の一つだが、全体的に煌めいていた。なぜなら、ルイス・エルヴァをはじめとして、この学園でも軒並み顔のいいメンツがその席に腰を落ち着かせ、向かい側に座るのはこれまた顔のいい三人の見慣れぬ顔。内の一人は我らがアイドル、ルイス先生に親し気に話しかけ、話しかけられた本人も楽し気に微笑んでいる最高に顔がいい。会話が聞かれぬようにとご丁寧に防音魔法までかけてあるところが腹正しいどうせクロウリー

そんな生徒たちの想いを受け止めつつもクロウリーは目を伏せた。

―――君たちのためなんですよ

 嫉妬と殺意の混じる視線が痛くて泣きそうだった。そんなことを露にも気にせず、学園きっての猫かぶりルイス・エルヴァはロイヤルソードアカデミーの教員と楽しく談笑しているのだから笑えない。ちなみに猫をかぶっていない状態である。




「だーかーらー!ルイスが返ってこないからお母さん不機嫌なの!分かってる?」
「ふ、ふふっ、はははっ、悪いなキャロル。俺の代わりに母さんの御機嫌取りしといてくれ」
「うそでしょーー!?ヤダヤダヤダ!ぜっっったいにやだからね!お母さんに僕、次のホリデーこそは帰らせるように言われたのにっ!」




 ルイス酷いよっ!ぷくぅと頬を膨らませる男に、クロウリーとクルーウェルはほぅっ、とため息を零した。造形の整った容姿に闇夜を思わせる黒髪、ルイスと似た空色の瞳。一見すればどこか冷たい印象を思わせる容姿は美しく、コロコロと変わる表情は見ていて飽きなかった。

 ルイスが春を感じさせるように暖かな風ならこちらは全てを凍らせる冬の風だろうか。それくらいに二人の容姿は正反対であり、そんな彼こそは前回、ロイヤルソードアカデミー元教員が起こしかけた出来事について謝罪の書簡を持ってきた教員である。

 ちなみにそんな彼は我らがルイス・エルヴァ先生の双子の弟、キャロル・エルヴァである。数年前は小悪魔のような雰囲気を漂わせる怪しげな美少年であった彼が見事なメタモルフォーゼを決め、闇夜の帝王じみているのがまた何とも言えない。時というものは残酷であるが、時には仕事もするらしい。
 
 最初こそはこのキャロル・エルヴァもルイス・エルヴァも猫をかぶっていた。ルイスに至っては勿論いつものホワホワした笑みを浮かべて対峙していたのだ。対してキャロルの方も顔に似合った立ち振る舞い、つまりスンッと無表情にこちらを見つめ一言も話さなかった。美形である、それも我らナイトレイブンカレッジが誇る顔のいい教員代表ルイス・エルヴァに負けず劣らずの顔。そんな顔が無表情でこちらを見つめるのは正直怖い物しかなかった。整いすぎた顔というのは時に人を威圧するのだとクロウリーは理解する。そもそもロイヤルソードアカデミーの狙いがそれだったのだからしょうがない。意訳としては


【確かにこちらの不手際だが、何事もなく終わったのだからこの話はこれで終わりにしないか】


 というものである。いくら光属性の集まる学園とはいえ、教えている教員がそれだと示しがつかない。大人というものは時に汚い手を使って物事を解決する生き物だ。だからこそファーストインパクトの強いキャロル・エルヴァと学園長、そして公平性を占める教員が付いてきた。そしてナイトレイブンカレッジのソレへの対抗策がルイス・エルヴァである。理由としては顔がいい。そして腹ゲーも得意。何ならこの教員、この顔と性格の悪…。今までの経験を活かして他国との交渉役も担っている。ただニコニコニッコリと微笑むだけで彼は自分は敵じゃないですよ、お互い有益なお話ししましょうね?(天使顔)という雰囲気に持っていくことができる。勿論、その顔に騙されて緩く出れば痛いしっぺ返しが来るのだが、そんなもの初めて見る者にわかるわけもなく、他国でも初見殺しと有名である。 

 それならば対策を講じればいいのではないかと人は言うが、まさか国の交渉役が学園側の交渉役(ルイス・エルヴァ)の顔の良さに茹で上がって交渉で大敗しましたなど言えるだろうか。もちろん言えない。結果、どんな交渉の仕方であったか、どんな癖があるのか、などの情報が出回ることはなく、なんなら俺らは引っかかったのだからお前らも引っかかれと言わんばかりに情報は規制された、ものの見事な足の引っ張り合いが起こってしまったことをここに記す。二回目こそはと意気込んだ国々もあったのだが、そこはルイス・エルヴァ、交渉中もしっかりと猫をかぶっていた。

 二回目の交渉は一回目の交渉の時とは違い、笑顔だけでなく、「実は、この交渉を成功させないと僕、学園長に怒られてしまうんです…(シュン)」という健気な人格を演じて自分の株を上げつつ、クロウリーの株を下げるという交渉を行った。国々は引っかかった。引っかからなかったのは学生時代の彼を知り尽くしていた元サバナクロー寮の人間だが、そんな人間には一変して「へぇ、俺の言うことがきけねぇの?わ・ん・ちゃ・ん?」「また、可愛がってあげようか?ほら、さっさと頭差し出してみろよ」という見事のとしか言えぬ過去の調きょ…。栄光により、すべての交渉を成功してきた実績がある。犠牲者は夕焼けの草原の獣人たち。

 さて、本当に途中までは双方猫をかぶっていた。ロイヤルソードアカデミーはルイス・エルヴァの雰囲気にのまれていたし、ナイトレイブンカレッジはキャロル・エルヴァの雰囲気に少したじたじだった、主に双方の学園長が。両者一歩も譲らない交渉。そんな自分の陣営に先ほどまで穏やかに笑っていたルイス・エルヴァは笑顔で言い切った




「お前らが悪いんだからお前らの不始末はお前らでつけろ」
「「……」」




 その場は凍った。ちなみにルイスからすればPTAの皆様が頑張って捕まえた犯人を逃がした挙句の果て、こちらに流れ込まれ、危うく自分達も被害をかぶりそうだったことに怒っていた。俺らがPTAに殴りこまれた誰が責任を取るのか。そんな言葉をクルーウェもクロウリーも感じ、天井を見上げる、さすがモストロラウンジ、天井にぶら下がるシャンデリアも素晴らしい作りだ。現実逃避である。
 ルイス・エルヴァがそう言い放った時、今まで無表情に、出された紅茶だけを優雅に飲んでいたキャロル・エルヴァがいきなりその顔を崩し、へにょっと、眉を下げると横に座る校長に言う




「今回悪いの僕らですし、さすがにソレはかっこ悪いです、学園長」




 あと僕、ルイスみたいに腹ゲーできないです。とても頼りない口調と言葉に、ロイヤルソードアカデミーの学園長と教員は頭を抱えた。ナイトレイブンカレッジ側の勝利が決まった瞬間である。そこからは正式な謝罪と来年度にある生徒獲得の優先権譲歩。ある程度の戦果にクロウリーはにっこりとした。ちなみになぜ生徒獲得の譲渡がうれしいのかといえば、稀にロイヤルソードアカデミー。ナイトレイブンカレッジ双方の鏡が同じ生徒を選ぶことがあるからである。そんな生徒は決まって優秀な者が多く、毎年毎年両学園は火花を散らすことが多い。

じゃあ、個々から個々に我が学園自慢のカフェを楽しみましょうということになり、今に至る。

 顔のいい二人が双子であることも先ほど知った事実であり、そういえば、そんな事件もありましたねとクロウリーは頷く。それにしてもこの双子、性格を双方間違えて生まれてきたのでは…?

 端から見れば顔のいい二人がキャッキャウフフと戯れているように見えるだろう、自分に向けられる痛々しい目線に比べて優しさが多い。ちなみに会話の内容は実家に帰る帰らないのは話からいかにPTAが怖いかという話に移っている。外見も性格も違うがPTAが怖いという点において二人は共通しているらしい。そこは同じなのか。




「僕ってこういう性格でしょ?最初は隠してなかったんだけど、いつの間にか生徒たちに関係迫られることが多くなっちゃってあんまり笑わないようにしてるんだ」
「別にいいんじゃないのか?笑顔で手玉に取っておけばあまり問題ないぞ」
「ルイスは器用だから、僕は…、服を脱ぎ捨てた生徒が跨ってくる現象に何回…」
「お、おん…」




 やだよぉーう、女の子がいいのぉーっ!と双子の兄に抱き着きながらめそめそと涙を流す姿が大変麗しい。顔がいい人間は何をしても顔がいい。世の中理不尽極まりなかった。ちなみにキャロル・エルヴァは今だ童貞である。そして可愛いルイス先生は両手でコップをもって、目の合った生徒に手を振る。ここでも猫かぶりを忘れないその精神に感服した。


prev / next
目次に戻る









夢置き場///トップページ
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -