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「あ、クラゲせんせーい」
「こんにちはフロイド君、どうしたの?」
独特の間延びした声に、歩んでいた脚を止めて後ろを振り返る。ターコイズブルーの髪に、一房だけ混ざる黒色の髪をした少年が俺の方に近づいてくる。だらけるような服装を軽く注意して、笑いかけた
「んっとねぇ、アズールたちに泣かされたって聞いたんだけどほんと?」
「泣いてまではいないよ。これでも男だからね」
酷いうわさが出回ってるもんだなと思いながら笑みを浮かべれば、つまらないと言わんばかりの声を上げ、そのでかい図体でこちらを囲い込む様に壁際へと寄せられた。気づかなかった一連の流れに、笑顔の裏で舌打ちをかまして、せまいなぁ、なんていえば、楽し気に笑顔を向けられる
「せんせーさぁ、なんで自分がクラゲって呼ばれてるか知ってる?」
「フロイド君のネーミング基準は、僕にはちょっと難しいかな」
「じゃあ、教えてあげるね」
ご機嫌にそう述べた彼は、おもむろに俺の耳元へ口を寄せると、どこか楽し気に、彼らしくない口調で囁いた
――――クラゲは、きれいですけれど毒があるんですよ?あと、僕はジェイドですルイス先生。
さぁっと全身の血の気が引く。
「ぷかぷか浮いて、流されるさまはクラゲそっくりですけれど、それ以上に、その体にある毒は、ふふっ、綺麗ですか?」
「何を言ってるのか僕にはわからないなぁ」
そのでかい図体と壁に挟まれて、身動きが取れない。指輪でも使うかと頭を回したところで、それ以上の案が浮かんでくるわけでもない
「仮に、僕に毒があったとしたら、ジェイド君、触れたら痺れちゃうよ?」
「おや、望むところですルイス先生、僕はあなたのすべてが知りたい」
うっとりとした声音と、好奇心を乗せた瞳。ああ、そう。そんなに面白いことが起きそうかな?目についた彼のネクタイを掴んでその頭をこちらへ寄せると、少しだけ背伸びして、低く囁く
「あんまり、オイタはしない方が身のためだぜ、クソガキ」
「――っ!?」
見開かれる瞳にパッと腕を離して、わずかにできた隙間から、彼との距離を取った、いまだ、信じられないような物を見たと言わんばかりに固まる彼は、まだまだ詰めの甘いお子様だ。
「じゃあ、また授業でね!ジェイド君!あんまり悪戯はダメだよ!」
人好きのする笑みを振りまきながら俺は廊下を渡る
危ない、生徒も教師もいなかったからの行動だったけれど、誰かに見られていたら俺の威厳が消える、何なら即セクハラで訴えられる。この世の中理不尽だ。生徒を叱ればパワハラと言われ、少し武術を教えれば体罰と騒がれ、少しぶつかるだけでもセクハラだと御縄になる。
「本当に、理不尽だよねえ」
さて、最悪あのウツボ君に腹のナカ軽く見せてやったわけだが、どんな反応を返してくるだろうか。存外強かそうだし、ただでは起きないと予想するけれど。
「まあ、出方次第、だね」
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