「俺、確かに鬼だけどお前らの追ってる鬼じゃないと思う」 | ナノ


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上弦の陸、炭治郎からすればまともにやりあった初めての上弦との戦い。その戦いの後、炭治郎が寝込んだ。まるで死んでしまったように眠る炭の子の頭を撫でてあの夜のことを思い出す。禰豆子や雷の子と抱き合っているからと、目を離したすきに気絶していたらしい。死ぬことはないと思うけれど不安だ。


「胡蝶」
「大丈夫ですよ、あなたの守り一族ですから、強い子のはずです。守り神であるあなたが不安がってどうするんですか」


それともしのぶの腕を疑うつもりで?にっこりと笑みを向けられて力なく首を振れば、ふっと仕方のないようなものを見るように胡蝶が机に向かいあう。机には藤の花で作った数種類の毒が鎮座しており、花瓶に入る藤の花弁をまるでつまむように口に持っていては食む。

花妖:花弁を食べる、幻覚を操る妖。それが今のカナエだ。俺は、彼女を人の道から話してしまって、よかったんだろうか。

閉じられた襖に手を伸ばし、静かに閉じる。少しだけ夜の涼しさによって冷える廊下を歩きながら空に浮かぶ月を見た。あの夜と同じ、美しい月だ。炭治郎が眠って一か月がたつ。その間に錆兎や義勇が何度も見舞いに来たが、起きる気配がないとなるとこれは…


「深層世界にでも行っているのか。それとも、血を通して、過去を覗いているのか…」


残念なことに夢渡りを人間にやるのは得意ではないため、俺は何もできない。少なくとも峠は越えた。後は、あの子が目を覚ますのを待つだけだ。


結局。あの鬼の兄弟の能力がひどく厄介だったということだろう。目立った外傷はない。けれど、毒が存外強かったらしい。いくら百鬼夜行の妖たちといえども基本的には人間の暮らしにかかわることは禁じている。精々攻撃を流したり隊士のサポートをする程度で戦いやすくすることしかできぬのだ。けれど、ずいぶん被害は少なかったな。

鈴虫が鳴き、風が揺れ、静寂が包み込むこの館。

守らなければいけない。この人間たちを。結局はすべて、俺のわがままだ。
ぎしりと、小さくきしんだ音に後ろを振り向けば不思議そうな顔をした義勇が立っていた。


「…何をしている…?」
「――義勇か。炭治郎はまだ起きない」
「?わかるのか」


そんなことは前、一言も言っていなかっただろう。と俺の隣に肩を並べ、義勇がこちらを見下ろしてから不思議そうに言葉を放つ。だから俺もその答えを返すべく口を開いた


「重症だが、峠は越えた、俺の加護もある。そんな炭の子が起きない理由は大抵運命だとか神の御導きだとか運命(さだめ)とかそこらへんだ。この八百万の国で、それは理論では解決できない問題だな。わかるか?」
「?」
「わからないって顔だな。まあ、炭治郎は大丈夫だ、安心しとけって事だよ」
「………」
「言いたいことがあるって顔だが、言ってみろ。言葉にしないとわからない。」
「……酒呑、お前も神だろう。ずいぶんと、粗野にいうんだな」
「そうだな。俺も神だが、結局は妖に近い。それ以上に、俺が元人間だったって話をしたことあるか?」
「!!」
「存外、俺たち神の中には元人間である神は多い。俺もその口だな。元は一緒だ」
「どうして、そうなる」
「大抵は死ぬはずじゃなかったとか神に気に入られたとか、人として死ぬのが惜しいとか、下界での信仰が強かったっていう理由だ。俺は死ぬはずじゃなかったほうな。そんな理由で神になってかれこれ千年ちょっと。その中で炭の一族を見守って三百年ちょっと。ずいぶんに長生きだろう?」
「そう、だな」
「まあ、神になってちょうど数年目で俺はあの気狂いに監禁されたわけだが…」


そう、神になってペーペーであった俺を監禁したあの平安のバーサーカーは何を思ってあの時、助けたのだろうか。そもそもだ、あいつが今なお、あの姿でいる理由って、もしかして神になったとか?え?マジで神になったの?信仰そんなに強かったの??俺天界というか、神界に行くすべ知らなくてよかった。いったら秒で捕まえられる自信があるし、まともにやりあってもきっと勝てない。


「……神になる前は何をしてたんだ」
「普通に学生だった」
「がくせい」
「そう、ちょうど今の義勇と同い年だな」
「おないどし…」


繰り返してつぶやくさまが少しだけ可愛い。おかしいな。こいつは一応成人男性のはずなんだが…。


「あ、錆兎にはこの話内緒な」
「…なぜだ?」
「今ですら怖いのにこんな話知ってみろ、考えるだけでも恐ろしい。義勇と俺の秘密だ」
「…秘密。炭治郎は知っているのか?」
「炭の子も知らないな。というか、たぶん人間に知っているのは義勇だけだな」


だから秘密だ。しぃっと人差し指を義勇の唇に当ててほほ笑めば、どこかうれしそうに頷いた。なんだろう罪悪感がすごい。小さな子供を言いくるめている気分になる。どこかほわっとした気分になり、気を抜いた。

瞬間

義勇に押し付けていた人差し指がぬるりとした生暖かいモノに包まれて背筋に痺れが走り、口からは情けない声が漏れた。


「ひっ…!?」


引っ込めてしまおうと腕を引くも、それより先に長い指が巻き付くように腕を掴み、そのまま引き寄せて手首の浮き上がる筋(すじ)に唇を寄せる。その動作が目に入り込んだ時はもう駄目だった。余裕の無いような様な息遣いが皮膚に触れ、薄い部分に遠慮なく歯を立てられる。皮膚が切れるような音と、わずかな血の匂い。それを啜るような水音が、静かな廊下に響き、理解ができず、ただ茫然とその行為に没頭する男を見つめた。酷く、口からは意味のない母音が零れ落ちる。


「っぁ…?」
「ん…。…錆兎が、言っていた。何かを約束するときは前金をもらえと。」


意味ありげにこちらに蒼の滲む目が赤くなったり、蒼くなったりする俺の顔を映し、ゆったりと、ほほ笑んだ


「だから、跡をつけるぞ」


じゅぅ。短いような、長いような、そんな時間が流れ、最後に俺の薬指の付け根を噛んだ


「予約だ。」
「〜〜〜っ!か、かわいくなくなっ…!!」
「俺も男だから、可愛いは嫌だ」
「ちょ、ぎ、ゆ!?」
「俺も、意識してくれ。錆兎のように。…あまり意識されないのは、悲しい」


口を離し、ほほ笑んで、そのまま俺の腕を引き寄せてこの身体を抱きしめる義勇がそう、ポツリとつぶやいた。


「俺だって、ずっと、ずっと前から好きで。それなのに、意識されるのは錆兎ばかり。俺だって男だ」
「義勇…」
「俺も、お前が好きなのに。この黒髪に似合う着物も、簪も、【そういう】意味を込めて渡してる。」


でも、そこまでは求めないから、せめて男として見てくれ。弱音を吐き出すようにそう言った義勇に俺は見えぬところで頭を抱えた。なんとなくそうなんじゃないかと思っていたけれど本人の口から言われてしまうと逃げ場がない。逃げたいと思う俺も大抵アウトだが、男に恋する義勇も錆兎もアウトだろう。どういう教育しているんだ鱗滝のところの弟子は。大丈夫か、お前の弟子が衆道(現代で言うところのBL)に走っているぞ。

そして今日の義勇はなぜかよくしゃべるな??

先ほどは焦り過ぎて気づかなかったが、わずかに香る酒の香り。これは、イモを使った酒だな。その酒の香りにもしかして酔っているのかと揺さぶれば、スゥースゥーと俺の耳がこの男の息遣いを拾った。

つまり、俺を抱きしめて、俺の肩口に頭を置いたまま寝たということになる。

どこか騒がしくなってきた蝶屋敷と、数人が走って誰かを探すような気配に察した。こいつ、多分不法侵入だ。
パタパタと軽い足音が近づいてくる。音のする方へと目を向ければ少しだけ蝶の髪飾りがずれた胡蝶の妹が青筋を浮かべながら肩で息をして壁に手をつき、こちらに目を向けていた


「見つけましたよ冨岡さ…」
「胡蝶妹。これ、どうしよう」
「叩き起こしてしまいましょう。冨岡さんも男性ですからね、叩いたり蹴ったりしても平気でしょう。ええ、平気なはずです、私が珍しく夜に眠っていた時に不法侵入なんていい度胸だとは思いませんか酒呑様」
「お、おう、後でよく眠れる酒でも分けてやろうな」
「ありがとうございます。」


疑問符すらないそれに、思わず頷いてしまったが、そうだな、胡蝶妹はちょっと働きすぎだと神様思うよ。その御綺麗な顔に青筋は持ったいないとも思うよ。こんなことを言えば毒をまとった言葉が十倍にも二十倍にもなって返ってくるので何も言わないけれども。


「まあ、さすがにそれは…というか、こうなるまで誰と飲んでいたのやら」
「錆兎さんですよ」
「ああ、なるほど、当の錆兎は?」
「蝶屋敷の前で腕を組みながら寝ています」


器用だな
ええ本当に

呆れと怒りともう、なんと表していいのかわからないのであろう、そういう意味の感情を前面に出した胡蝶妹の頭をそっと撫でれば、どっか不服そうに頬を膨らませると腕を外される


「そういうことをすぐにするから変なのに目を付けられるんです」
「いや、つけられたことは…」
「はぁ…。錆兎さんは変なのではないのですか」
「あれはもはやそういう生き物なんだと思ってるよ」


何かあれば片手に刀持って襲い掛かってくる生き物だと俺はすでにそう認識することで正気を保っているよ。そういえば、酷く可哀相なものを見るような目で俺を見る。やめろ、そんな目で俺を見るんじゃない。俺を憐れむな。本当にやめてくれ。違うんだよ俺別に苦労してないから。逃げれば最近何とかなるってことに気付いたから。最終的ポロッと一つ涙を流せばあっちが慌てるっていうことを学習したから


「甘いです。甘すぎます。大体姉さんから聞くあなたの話は無防備すぎなんですよ。いいですか」


腰に手を当ててぷんすこと怒りながら説教をしようと口を開く彼女の後ろからちらりと見える全体的に黄色色の見知った陰に俺は思わず真顔になった。そして胡蝶妹の肩に手を置いて、しぃっとジェスチャーした後に、そろりそろりと廊下を歩くその陰の襟首をつかみ上げて犬猫よろしく持ち上げる


「茨木、何してるんだお前」
「にぎゃぁぁぁああああああああ!!!!???」
「うるさいぞ。大江山でも百鬼夜行でも見ないと思えばお前はこんなところで何をしている」


思いっきり悲鳴を上げる小さな幼女に静かに近寄ってきた胡蝶が首を傾げた


「お知合いですか?」
「ああ、俺の部下である茨城童子だ」
「あの悪名高い…鬼の…」
「いやまあ、悪名も悪名で高いかもしれないが、こいつは極度の人見知りというか…、気が弱いやつでな、昔から部屋に籠っては泣き暮らしていた変り種。一応俺の部下の中では一等強いのだが、どうもこの気の弱さが仇となってなぁ…」
「舐められれているクチですか」
「んー、可愛がられているという表現のほうがあっている」
「なるほど。確かに、可愛がりたくもなるような容姿をしていますね。庇護欲をそそるといえばいいのでしょうか」
「なんですかなんですかなんですかぁぁああ!!なんで私は酒呑様に犬猫よろしく掴まれているのですかっ!?離して下さい離して下さい離して下さい!い“や”ぁぁああああああーーっ!!はなしてぇええええええ!酒呑様だけならいいけどこの女の人は怖い人って知ってるもんんんん!!」
「まあ、なんて失礼な子でしょう‥」


―――いやまあ、茨木も1000年以上生きている鬼なんだけれど。

うるさく喚く茨木の口を手で覆いながら黙らせればフガフガまだまだ叫んで泣いて暴れる部下に頭を押さえた。なんでこいつはこう…。


「酒呑様の部下の方は変り種が多いのですね」
「こいつは特殊だ…。こら茨木、もう泣かないなら口は離してやるが、どうしてここにいるのかは答えれるな?」
「むーーー!!ん“――――!」
「あらあら…。」


酒呑様が私も守ってくれないいいいいい!!という幻聴すら聞こえてきそうだったが、取り合えず騒がれるのは酷くめんどくさい

どうしたものかともう一度考えつつ辺りを見回せば、なぜか固まって動かない炭の子の友がいた。どうしたのだろうか。胡蝶妹も気づいたのかそちらに目線をやった次の瞬間


「い“――――――――――――やぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!??(汚い高音)炭治郎所の鬼がいたいけな幼女をいじめてるぅうううううううう!!!???」
「酷く誤解を生む言い方」
「善逸君?休養している隊士や寝ている方もいるので静かにお願いします」
「いやいやいやいや!!小さな子ですよね!女の子ですよね!!というかその子、あんたの知り合いじゃないのお!?」
「雷の子、うるさいぞ、恥をさらすな」
「ごめんなさいねぇ!?でも俺絶対今恥は晒してないと思うよぉ!?」
「存在がすでに恥だろう」
「炭治郎でも言わない辛辣な言葉を平然と言って生きたよこの人!!!」


ん…?なんで俺の知り合いだってわかるんだこの雷の子


「もしかして、雷の子。お前、こいつの守護する人間か」


目を凝らして注視すればうっすらと覆われた茨木特有の加護と縁(えにし)が見える。
もがいていた茨木もこいつの姿が確認出来た瞬間にぴったりと抵抗を辞めていたのでそういう言ことなのではないだろうか。なるほど


「え、しゅご??なにそれ」
「茨木は俺の眷属の中でも知名度や強さが他の妖と段違いだからな。妖といえど神に近い。そもそも神になる条件なんてあやふやで線引きなんてないんだよ。守護する人間と己を信仰する人間がいればソレはすなわち神となる。俺みたいに生まれながら”神“と”妖“っていう二面性を持ってる方が珍しいんだ」
「??、よくわかんないけど、とりあえず茨木離してやってくれよぉ…」


本当に、噂にたがわずに情けないなこの子。へにょんと下げられた眉がさらにへにょんと下げられているのを見て頭を撫でればおとなしくしている。でも男ならばもうちょっとこっちにぶつかってくるくらいの気概を見せような。錆兎のアレはまた別ベクトルの違うぶつかり方だけれど


「え、ずるいです酒呑様ぁ私も撫でてください」
「はいはい。お前もなんで本当にここにいたんだ」
「そんなの理由は一つです。守護する人間の近くにいたいと思うのは普通のことじゃないですかぁああ…!」
「一応炭の子の近くにいた俺が気づかない程度にはいなかったと思うが…」
「しょ、しょーがないじゃないですか!!こっちだって鳴神様の対処で忙しかったんです!!」
「なんでそこで鳴神が出てくるんだ…」
「酒呑様わっかんないんですか!?見てくださいよ善逸の髪の色を!!これって結局は鳴神様のせいなんですよ!?」


善逸のことを気に入った鳴神様が目印としてこんな髪色にしてるんですよ。興奮気味に言い募る茨木をどうどうと落ち着かせて、もう一度、少年に目をやれば、確かに、茨木の守護で覆い隠され、見えにくくはなっているけれど、間違いなく鳴神の御手付きだ。


「その年で神嫁かぁ」
「は!?俺いやだよ!!神様と結婚するの!!」
「生贄ってことだ」
「さらにいやだよぉおおおお!俺を守ってよぉおおおお!」
「それは茨木がやってるだろうが、精々人間としての生を思う存分に謳歌して死ね。話はそれからだ」


そのあとのことは面倒見てやる。そういえば顔から出るものを全部出して縋り付いてきたそいつは「ありがとねぇ!?」とまた泣いた。嘘だろうよく泣くなこの子ほんとうに。

ああ、そうだ、何となく茨木に似てるんだこの子。すぐに縋り付いてくるところとか、一生懸命な所とか、顔から出すもの全部出して縋り付いてくるところとか、本当にそっくりなんだ。

そう思えば愛着がわいてしまい、その黄色色の頭を撫でて、寝落ちした茨木と雷の子の二人を抱えて胡蝶妹の案内と共に病室へと寝かせた。義勇は隠の者たちが回収していった




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