「俺、確かに鬼だけどお前らの追ってる鬼じゃないと思う」 | ナノ


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詰んだ、絶対詰んだ。

心の中で白旗を上げて、どうやってこの状況を打開するかを考える。考えても考えても出てこないのは仕方ないのかもしれない。【移】の瓢箪は残り一つでここで使うには明らかにもったいない。本当は恥も何もかも捨て去って泣きながら逃げてしまいたかった。それが出来ないのだけれども。

これから死刑執行されるような気持で顔を完璧に面で隠した男に引きずられ、遊廓を出た。

どうなるんだろう俺、大丈夫かな、明日のお天道様(天照大御神)を見ていられるだろうか


何度か深く深呼吸をする錆兎が怖い。




「それで、なんで遊郭に居たんだ」
「……胡蝶がいる」
「なるほど、今回のお前は宇髄付きか。」
「まあ…」
「………」




沈黙が、ひどく重い。路地裏に着いたとたんに少しずつ弱くなる手の力にひとまず納得してくれたのかと期待を持ち、そっと伺うように背中をこちらに向けていまだどこかに歩き続ける錆兎を見つめた。

視界の端を何かが横切ってそちらに目を向けた

面白そうにこちらを見つめる妖たちが手を振る。手を振り返し、近くに来た小鬼の頭を撫でようとしたとき、腕を引かれ、生暖かい吐息が肩にかかった。一瞬見えたのは狐の面を外し、側頭部にかけた錆兎の姿で、その目が酷く、据わり、ほの暗い色を何かを孕む。



――――そして。





ガリィッ




「ひ、ぎっ…!?」





思いっきり肩に歯をたてられ、噛まれる。

犬歯が鎖骨に食い込んでぷっつりという皮膚が裂ける音に涙と血がにじみ、あまりの痛さに縋るものを探して噛んでいる本人の羽織を掴んだ。痛みの次に来たのは形容しがたい湿った何か、分厚いモノが肌を這う感触で背筋に弱い電流が走ったようにピリピリする。


捕まれていた手首は外されて絡めるように指が囚われていて、余った錆兎の手が腰に回る。


己の付けた傷口を酷く楽し気に喉を鳴らしながら舐(ねぶ)り、血を啜る。抜けそうになる膝を叱咤し、絡められた指を手の甲に立てればじゅぅっと音を立て、叱る様に吸われる。




――――埒が、あかないっ




このままでは本当に食べられてしまいそうだ。縋っていた手も腰に回される手を外すために移動させるが、そこは俺(※神と鬼の力剥奪中)と剣士(※柱の位を蹴り続ける男)ならどちらに軍配上がるかなぞ考えなくてもわかる。



いつの間にかいた小鬼は消えていた。











どれくらいそうされていたのか、俺の抵抗もただ楽し気に受け止め、吸って齧って舐めていた錆兎が肩を一瞬震わせて、そっと顔を上げる。襟元が酷く乱れ、全力で自分なりに抵抗をしていた為に息を荒げた俺も、錆兎の後ろに気配を感じ、伺うように見れば、笑顔で立つ胡蝶が俺を拘束する男の背中に刀を向けていた。




「こ、ちょう…?」
「小鬼が慌てて来たので何事かと思えば…、錆兎さん、離れてください?」
「……」
「酒呑様は今回無実でしょう。言いがかり付けて襲うなんて言語道断です。男らしくないわ」
「確かに。いったぁっ!?」




思わず頷けば最初に噛まれた場所に歯をたてられて涙が出た。呆れたようにため息をつく胡蝶が助けてくれない。

けれど錆兎がすぐに体を離し、面をつける。酷い、痛い。痛みに発熱する箇所を撫でながら乱れた胴着を整えて、腕にかろうじてかかっていた羽織を羽織る。




「痛むか?」
「嫌味かな?」
「それ以上は墓穴しか掘らないんですから二人とも口を閉じてくださいね。」




まったく。仕方ない人たち、そう言わんばかりに肩を下げた胡蝶が、おれの方を向き、口を開きかけた時、また新たな声が乱入する、その声は酷く聞き覚えのある声で、俺の顔は一瞬にして真顔になった。ちなみに錆兎も真顔になり、胡蝶が頭を抱える。




「酒呑様に錆兎とカナエさん?」
「……なぜ、ここに炭治郎がいる」
「その前に炭の子をここまでバケモノにするってすごいな」




一応葵枝と炭十郎の血を引いてるんだけど。そもそもどうして本当にここにいるのか後で宇随に話を聞かねばなるまい。胡蝶と錆兎の合間を抜けて炭の子の前に行けば、顔を輝かせた炭治郎が俺の腕の中に自ら飛び込むと、頬をこすりつけて「へへへっ」と笑う。可愛い。守りたいこの笑顔。純粋で一途に慕ってくれる炭の子がかわいい。やっぱり歪んだ水の呼吸一派の中での癒し枠。このまま育ってくれるといいのだけれど…(※狂信者竈門家の中でも頭一つ飛び出た狂信者)
うりうりと頭を撫でて頬を包み込み、問う




「で、なんでいるのかな、炭の子」
「お久しぶりですっ!酒呑さまっ!」
「ん〜〜、昔なら絶対できなかったはぐらし方してきたなぁ〜〜〜」




久しぶり、元気だったかな?はい!元気です!そっか、よかったよかった。




「……胡蝶、宇髄のやつを呼んどいてくれ」
「かしこまりました」




炭の子に聞いても絶対にはぐらかす気がしたので元凶を直接呼ぼうと思う。多分今日か明日の夜くらいには姿を現すだろうけれど




「……、炭治郎」
「あ、今、炭子です」
「誰だよそんなにネーミングセンスのない阿呆は」
「ね……??」
「名前つける才能がないってこと。まあ、炭の子の炭は残すなら許すさ。…お前にはここに来てほしくなかったんだけどねぇ」
「善逸も伊之助もいますよ?」
「胡蝶、宇髄に今夜俺の部屋に来るように言っておいてくれ」
「か、かしこまりました」




自分でも分かるくらいには殺意が漏れてた気がする。錆兎が珍しく静かだなと思いながら後ろを振り返れば、咲き誇る野花に話しかける胡蝶と胸を抑えて蹲る、成人男性。何してるんだお前ほんとうに。炭治郎が錆兎の名前を呼びながら駆けよれば唇を噛みしめている。ええ…人間怖い。なんでそんなに今にも泣きそうなの、君そんなキャラじゃないでしょ。




「いや、立派に成長したな、炭治郎」
「女装した炭治郎を見て成長を感じられると複雑なものがある」




本当に複雑なものがある。笑みを浮かべながら炭治郎の肩を叩く男に思わず口を挟んだ。いや、だって女装した男を見て何を成長したというのかよくわからない。俺だったらドン引きなのに鬼殺隊では喜ばれる変化ってこと?それどうなの??俺そんな組織嫌だけど。本気で。頭を抱えて息を吐けば、炭治郎が顔を上げ、「俺、お使いの途中でした!しつれいします!!」と駆け足で去っていく。




「……心配なら小鬼でも付けてはいかがですか、遊廓には百鬼夜行に参加する妖たちも多い、貴方の保護する一族と知れば皆、嬉々として彼の手助けをしてくれますよ」
「いいや、いいよ。ここの妖たちは百鬼夜行の準備で忙しいだろう。今夜だからな」
「ふふっ、そうね。今夜、参加されるんですか?百鬼夜行」
「…。鬼が、出なければな」




そう鬼が出なければいい。










―――ときと屋―――



禿に案内されながら俺は廊下を歩く。ココが炭治郎が世話になってる遊廓ねぇ。花街の割には良い雰囲気の店だった。遊女たちの顔が異様なまでに明るく活気がある。この男の欲が集まる場所にしては息のしやすい場所と言えばいいのだろうか、恐らく遣り手婆や花魁の人柄が酷くいいのかもしれない。どの組織でも上が屑だと下の人間の生気はうすくなっていくものだ。あ、炭治郎の気配がする




「ごめん禿ちゃん、少し厠に行ってきてもいいかな」
「あ、はい!場所はわかりますか?」
「うん、大丈夫」




ペコリと頭を下げる禿の頭を撫でて金平糖を手渡して炭治郎の気配のした襖をあけて、









――――俺は木造の床を蹴り、部屋にいた二人の間に入る。


懐に隠し持っていた扇を広げ、女の、―――鬼の帯を切りつけた。切りつけた先から血がほとばしり、優し気な面持ちの装飾からして花魁クラスの美女を抱き上げると後ろに下がる。条件反射だった。本能が警告する。こいつは、ヤバい奴だと




「なに、アンタ」
「鬼、だな、しかもお前、アイツに近い。今まであった中で四番目くらいには」




瓢箪の中にある日輪刀が音を立てて揺れるのを感じ、鬼の瞳を見れば上弦・陸と描かれていた。鋭い舌打ちが座敷に響き、不機嫌そうな女を見据え、花魁を降ろす。そして後ろ手に廊下に通じる襖をあけてその背中を押した




「君には悪いが逃げてくれ、今の俺では守れない」
「――ッ、もしかして、貴方も炭ちゃんと同じ…」
「炭治郎が世話になった人間か、ならばなおさら守らないとな。救援を呼んでくれ、背中に滅と書かれた狐面の男か椿屋の“胡蝶”を見かけたらよろしく頼む、さあ、行ってくれ」




飛んできた帯が彼女を捕らえようとうごめく、それを扇で切り伏せ懐に入り込む。俺の間合いだ。持ち直した鉄扇が女鬼の頸を捕らえた。でもそれより早く背後から迫る。


ああもう!やっぱり鬼の力だけでも返してくれねぇかなぁッ!!??


炭の子と同じ羽織を握り締め、思い切ってそれを身代わりにすり抜ける。また振り出しに戻ってしまった。




「アンタ、骨があるね。でも、人間じゃない。鬼でもない」
「わかるのか」
「わかるさ、でも見目は悪くない。―――、いや、待ちな。あんたのことを私は知ってる。そう、無惨様の血からアンタを見たことあるよ、酒呑童子」
「――っ!」
「あの御方が探し求めてる鬼。大江山の始祖の鬼、そう、そうか、ならアンタは何が何でも捕まえてあの御方に差し上げねば。」




瞬間、右肩が飛んだ。


今までにない速度、そこら辺の人間では視界に入れるのさえ難しいレベルの速度。熱で焼かれたような痛みが右肩を中心に広がっていく。




「〜〜っ!」




今は人の身に近い俺では、耐えられないほどの激痛。けれどここで膝をつくわけにはいかず、飛んでいた右腕を探す、そっちには鉄扇を握っていた、何が何でも探さないと一気に持っていかれる。元々酷く不利なのだから




「哀れだね、酒呑童子。今は力が出ないのかい」
「減らず口だけは、一丁前ってな」
「顔はいいのに可愛くない。いいさ、鬼ならいくらでも腕も脚も生えてくるだろう。いくら切り刻んでもね」




捕まえられたら終わる。脚に力を入れ、狭い座敷内を帯の隙間を縫いながらその斬撃を避けていく。それでもどこかで零れるせいで躰には傷が増えていくばかりだ。ああくっそ、いったいなぁっ…!!




「ぐ、ぅっ…!」
「あははっ!左足の腱が斬れたね次はどう動くんだい?」




ケラケラと笑う鬼の笑い声が耳に触る。負傷した右肩を抑えながら左腕だけで躰を起き上がらせ、膝をつきながら息を整えて散らばる木片に少しばかり細工をして投げた。余裕の表情でそれを受け止める鬼の顔に傷がつく。

鬼の顔から笑みが消えた。ああ、やっぱりな、綺麗だとか、悪くないだとかいうお前のことだし、




「ハッ、いい、面構えになったんじゃねぇの、上弦さんよぉ」
「決めたわ、あんたは四肢を引きちぎって連れて行く。」




さぞかし自分の顔に自身があると思ったんだ。

殺気のある意味反則技()で使い切ったせいで己の身体を支えるのもやっとだし、なにより血の出しすぎで頭が回らない。まあ、ここでいったん退場して新しい体をもらったほうが効率いいんだろうが、絶対に痛いし、下手すると間に合わない可能性がある。

怒りのせいで狙いが定まらないのだろう、帯がうねって、関係のない所まで傷がつく。でも声を出してやるものか、唇を噛みしめて、散っていく炭治郎がお揃いだと笑った赤みを帯びる髪を見た。鬼の帯が、俺が俺を支えるべくついていた左手に向かう。




―――ごめん、役に立てないな。



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