「俺、確かに鬼だけどお前らの追ってる鬼じゃないと思う」 | ナノ


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「……、百鬼夜行?」
「はい。大江山に酒呑様が一時戻ったために、妖怪たちがこぞってお誘いをかけてきてるらしいですよ」




ころころとにこやかに笑う目の前の美女は、かくいう私も、ですけれど。とこちらにしな垂れかかりながら、白魚のような手を俺の頬に這わせた。んー、綺麗なお姉さんからの誘いに乗りたいのは山々なんだけど…




「おあいにく様、今は少し立て込んでいるんだ」
「あら、人間に肩入れされてる噂は本当でして?」
「元々俺は今、とある家の守り神的なことをしてるからなぁ。人贔屓なのはしょうがないだろう。」
「そうですけれど、茨木童子が泣いてませんか?ぴゃあぴゃあといつまでも子供っぽい子でしょう。まったく。腐っても小鬼の首領、ですのにねぇ?ところであの花の子はどうしたのです?」
「胡蝶なら遊郭に忍び込んでるよ。ちょうど一月経つ」
「まあ、そうでしたの。遊郭、…遊郭、……ねえ。」
「そういえばお前も普段は遊郭で百鬼夜行を行っていたな。ぬらりひょん」




そう問いかければ、妖艶な美女はにっこりと笑みを向けて笑う。ぬらりひょん。いつからいたかすらわからない妖怪。その姿が登場したのは江戸時代ごろで、基本的に妖怪の中では結構最近人間たちに認知された妖。たいてい老人のように描かれることが多いけれど、基本形態はこのように見目麗しい妙齢の女性であることが多い。多分趣味。

・・・俺は今、情報収取という名の詐欺にあっている気がする
伏せ目がちの美女は俺と同じ妖であり、俺の部下であることは疑いようもない。本来の姿が爺であろうと、いまはただ存在が少し色っぽいだけだと自分に言い聞かせ、話を聞く体勢に入った。




「それで、遊郭でなにかあったのか?」
「ええ、ええ、まあ、そうですねぇ。ねえ、酒呑様。人の手助けでそこに関わるのはやめた方がいいかと…」
「鬼が出るらしいね。何か知っているのか、ぬらりひょん。」
「そうですねえ。そう、知っていると言えば知っている。けど、アレは、今の酒呑様では近づかぬ方が良いかと。…御身のためにも」




しな垂れかかったまま、俺の盃に触れ、酒を足すぬらりひょんが珍しく難しい顔をしてこちらを覗いた。注がれた酒を口に運びながら、目を細める。これは、さっそく…。盃に隠れた口元に笑みを描く。




「あら、もうこんな時間。それでは酒呑様、私めはココで下がらせていただきますわ。あと、これを」
「ん?ああ、『桜に幕』か」
「ええ、もしも百鬼夜行に参加されるのなら、この札を割っていただければ百鬼夜行の妖たちを引き連れて迎えに参りますわ」




では、よしなに。ゆっくりと頭を下げ、ぬらりひょんが煙とともに消える。それにしても、『桜に幕』ねえ。懐かしい。俺の直属配下の妖たちにはそれぞれが担当する札がある。まあ、グループ分けのようなものだし、百鬼夜行なんてサークルみたいなもんだと思ってくれればいい。まあ、見た人間死ぬとかいう物騒な噂あるけれど、見たら逆だ。妖の誰かがその見た人間を気に入りさえすれば福を呼び寄せる縁起の良いもの。ちなみにグループ(百鬼夜行)のリーダーは俺の配下の中核を担うやつが多いため。必然的に札を持っている。俺の瓢箪の劣化版のようなもの。花妖である胡蝶は六月の牡丹『牡丹の蝶』を札として持つ。んー、わかりやすく言うなら鬼殺隊の柱のような存在が札を持ってると考えてくれればいいさ。
炭治郎の耳飾りのような札のことを『芒に月』というのだが、その札を持つ妖はまだいないし、今後それを担当する妖怪を作り出す気もない。




「さて、と。ひとまず胡蝶と合流かな」




まあ、弱体化してる俺に容赦なく任務持ってくる産屋敷も音柱も意味わかんないけどね!











「まあ、ぬらりひょんさんが来られてたんですね!お酒飲まれますか?」
「そう、それで、最近の調子はどう?胡蝶」




お酒はもらうよ。

今回宇髄の嫁たちと共にこの遊郭に侵入した胡蝶が煌びやかな着物を身に纏い俺に微笑みかけた。潜入して一月しか経っていないけれど彼女特有の幻惑で、さも昔からいたかのように花魁としてこの屋敷に君臨している。この幻惑、何が強力かと言えば簡単。花街のいたるところに彼女の身体から精製した花を咲かせ、その香りを、姿を、話を聞いただけで術中に嵌らせる。神と呼ばれる存在に聞くことはないけれど、鬼も人も、事情を知らぬ者には無差別に作用する。―――たとえ十二鬼月であったとしても。

彼女は最初からこの場、この町、この遊郭に存在していた。色を売らぬ、希少な花魁として、君臨していた。そして、馴染みは三人しかいないと。

馴染みというのは花魁に逢うことが出来る常連客のようなもので、かなり羽振りがいい人間しかまずなれない。そして馴染みの人間はもちろん鬼殺隊が構成している。金はどこから出てくるか?俺の懐ですけれど???大江山には人に扮して暮らす鬼も大勢いるし、長い年月が経っているおかげかたくわえも多い。おれ、別に奉納金強請ってないんだけどなぁ…。


馴染みの一人は俺、一応良い所の若旦那という設定
次に宇髄、貿易どころを担当していて、たまに花街で見目のよい幼子を売りに来る男という設定
最後に口下手で話し相手が余りいないというちょっと頭を抱える理由で選ばれた義勇。可哀想すぎるだろ、不憫だわ。

この任務もそもそも知っている人間が少なく、胡蝶なんかは笑顔でずっと反対していたし、なんなら早さを生かして宇髄に麻酔を打ち込みに行こうとしてた。ええ…。鬼殺隊こわ、仲間じゃないのお前ら…。




「そう、ですね。これと言って鬼の情報は入ってきてはいません、ただ、気になる噂がありまして…」
「気になる噂?」
「ええ、馴染みになりたがってる客が言うには、この遊郭にはどの時代でも美しい花魁が存在するとか。」
「どの時代に持っていうのが引っ掛かるな。他には」
「総じて性格が悪く、機嫌が悪くなるとしたから睨め付けるような仕草をする、とか」
「ほぼ決定のような気もするけれど、まだ確定させるにはちと危険か…。」
「一応あちこちに花を咲かせて、私も情報収集はしているのですが、お役に立てず申し訳ありません…」
「いや、気にしないでくれ。胡蝶は良くやっている。元はと言えば俺が本来遊女役を担わねばいけなかったんだから。敵の縄張りに入らせるような真似をさせてすまない」
「酒呑様…」




蝶の髪飾りを付ける胡蝶の頭を撫でて俺が笑えば、彼女もくすりと微笑む。穏やかな時間が流れ、はたから見ればただの逢引きにも見えたかもしれない。さて。




「悪いな胡蝶。俺はこの情報をもとに探ってみる。遊郭に潜む妖は多いからな」
「そうですね、彼らなれば何か知っているやもしれません。宇随さんにもよろしくお伝えください。彼女の奥方と違って、私は文を出していませんから」
「報連相は大事だぞ…」
「うふふ、どこぞの首領が心配で毎日逢いに来られるので、残念なことにソレをする必要がないのです」




にこにこにっこー。

効果音にするなら多分こんな感じだろう。ほほえましいモノを見るような目で笑い、彼女が俺に向かって手を振る。言外にさっさと行けと言われた。おかしいな、俺神様なんだけどな。宇髄と合流するために、他の店に潜入した彼の奥方たちの安全を確認しながら夜の花街を歩く。ココはいろんな気配やにおいが入り混じってて苦手だ。花街はすなわち夜の街。夜は妖たちの時間で、道行く人間に交えて彼らがこちらを見ている。そもそも、今追っている鬼以外にも人ならざる者が人の生活に加わってるのはよくあること。ぬらりひょんも花魁だしな。



だからこそ気づかなかった。身近に居たはずの鬼の気配。俺がずっと追っている鬼の気配を。




ふと、奥にある簪屋に目が行く。炭治郎の瞳に似た簪に惹かれるようにふらりと立ち寄った瞬間に、何か、強烈な、焦がれるような目線を感じて振り返る。けれど誰もいないのだ。…ただ、花街の人間がいるだけ。けれど、妖怪たちが、妖たちが警戒してる。殺意を溢れさせている。
ひとならざる力が動く前にこの場にいる妖たちの頭に指令を飛ばす。落ち着け。嫌な予感がする。見つかった。何に?妖たちの焦りが伝わってく来た。コレは、なんだ




『妖たち、落ち着きけ。ココは花街。ココは人の世。何があった。簡素に、素早く説明しろ。もう一度言うぞ、ここは人の世だ。』





少しの静寂ののち、返答が帰ってきた。焦ったような怒ったような声。





『逃げたほうがいい』
『酒呑様はしばらく近づかないほうがいい』
『あの気配。あの匂い』
『匂い?そんなに良いモノじゃァない。あれは腐臭だ』
『アレは間違いなく人の理を外れたモノ』
『人が踏み入れてはイケぬところに踏み入れた輩』
『アレは、酒呑様が追っているモノ』
『敵だ。敵だ。』
『鬼舞辻無惨だ。あいつだ。間違いない』
『今の酒呑様では捕まる』
『俺たちがどうにかしないと』
『いや、待て、消えた』
『確かに酒呑様を見たぞ』
『消えた、消えた』
『なにか、楽器の音が聞こえたぞ』
『探せ探せ』




散っていく妖たちを目に入れて、俺は速足のまま花街の門を潜り、近くにいた宇髄の元へと進む。この一目のある所でアイツが行動するとは思えない。そもそもなぜここにいたのか。それを考えるのは後でいい。鬼舞辻がココに居た理由など一つしかないだろう。この花街には“鬼”がいる。鬼舞辻が目にかける鬼がいる。それはすなわち十二鬼月。ならば、さっさとその鬼を見つけて聞かなければいけない。あの男がどこにいるのか。そのためには、そろそろ鬼の頭領としての力だけでも返してほしいものだが、天界の方々から良い返事が返ってこないんだよなぁ。瓢箪がそろそろ切れます…。お酒も、切れます…。錆兎から逃げるのも限界を感じます。体は頑丈だけれど、動けるけど、でもさ、やっぱり鬼として神としてのアドバンテージがないと戦力的には不安だ。即時回復だけでも戻ってきませんか?だめです?




「見つけた。宇髄!」
「おう、どうだった」
「その話は後だ。ひとまず戻るぞ。俺の羽織を握れ。飛ぶ」
「わかった」




奴の手が俺の羽織を掴んだのを見届けて少なくなったし数少ない瓢箪【移】を割った
瞬きもしない一瞬のうちに景色が変わり、蝶屋敷の俺の部屋にたどり着いく。

部屋の中に異常がないかを確認してから襖を閉じ、外に音が漏れるのを妨害するために酒を撒いた




「っと、座ってくれ。」
「そこまで警戒しなきゃいけねぇ情報ってわけか」
「まあ、そんなところだな。簡単に言えば、あの遊郭、やはり鬼がいる」
「ほぉ」
「ひとまず義勇と蟲柱を呼ぶが、覚悟はいいか?」
「まて、冨岡はともかく、胡蝶は俺が死ぬ」




それはちょっとしょうがないんじゃないかな。だって最初お姉さんを攫おうとしてたし…。もう鬼殺隊じゃないよ、俺の部下だよ?俺が怒る前に妹さんの方が怒ってたけども。妹さん強いよね、俺勝てない気がする。

横でグダグダと男らしくなく言い募る宇随にハイハイと返しながら烏を飛ばす。幸い二人ともすぐ近くにいるようで、早々に帰ってきた烏を見つめ、頭を撫でる。別に俺の烏じゃないけどさ。俺は烏じゃなくて基本的に狛犬。てか、アイツ今頃どこにいるんだろうなぁ。茨木も最近は見かけないし、とうとう死んだか。んーでも最近茨木はどっかで気配を感じた気がするんだけど…。どこだったかなぁ。まあ、今気にするのはそこじゃないか…




「お待たせしました、酒呑さん、それから、宇髄さん」
「……」
「いらっしゃい。ほら、宇髄、どこに逃げようとしてるんだ」
「いやいやいや!お前胡蝶の顔が見えねえのかよっ!」
「見えてるさ、胡蝶(姉)に似て可愛らしい顔立ちしてるだろう、座りなさい」
「酒呑、酒呑、俺はどうだ。俺も可愛いか」
「お前は可愛いと言われたいのか、男としてどうなんだ。ほら、義勇も座りなさい」




何を言わずにいきなり隣に座って羽織を引っ張られたかと思えばそんなことを聞く成人男性()を宥めて、全員に茶を出す。宇髄は明らかに胡蝶から離れてるし、義勇は俺にぴったりとくっついている。その際、髪に触れたり、手を触ったりしているが、もう気にするまい。今回の任務が始まるまで俺は義勇を、というか義勇に付随する錆兎を避けに避けていたので、少しの罪悪感があるのだ。もうすぐ三か月か、俺良く逃げ切れてるな。そろそろ激おこの奴が刀を片手に追ってきそうで怖い。胡蝶にはあらかじめこの部屋に近づかせないように言い聞かせてるためか、わざわざお宅訪問をしてこないのは本当に助かってる。




「それで、話とは?私も暇じゃないんですですよね、姉が任務で屋敷から出てるので、ねえ?宇髄さん」
「ソウダナ」
「あら?あらあらあら?話す時は人の目を見るのが常識ですよ」
「………やめておけ」
「端的に言われてもわかりませんよ冨岡さん。そんなんだから嫌われるんです」
「………俺は嫌われていない」
「自覚がなかったんですか?お可哀想に…」




無言で何とも言えないような眼差しが俺に向けられる。なんでここで俺を見るんだ義勇。なんでそんなに震えてるんだ。よしよし可哀想にな。でも言葉にしないといけないと思う。




「そうやって幼少期に酒呑さんが甘やかすから今の義勇さんになってるんですよ」
「いや、オレは別に甘やかしてないんだ。たぶん犯人は錆兎。鱗滝も一役買ってるんだろうな。何も言わずに匂いで感情を察してくれるから」
「まあ、義勇さんの周りには理解のある方が多かったんですね。私はわかりませんが」
「これ以上は男性陣の心に多大なる被害がおよびそうだから、そろそろ本題行くぞ…」




なんでこんなに幼稚園児相手にしてる気分になるのか…。なんでこんなに君らは統率がないのか…。痛む目頭を押さえつつ。「この話は君らから産屋敷に持っていてもらって構わない」と前置きを置く




「二人に烏を飛ばした半刻前に俺は花街の方に姉の方の胡蝶の様子を見に言っていた。ああ、蟲柱、胡蝶は無事だから安心してくれ」
「はい」
「その帰り道に、恐らく鬼舞辻無惨を見た、らしい」
「な、んだと…!?って、らしい?」
「ああ、俺は視線を感じただけだったんだが、周りの妖たちが過剰なまでに殺意をあらわにしてな、少しだけ話を聞いたところ鬼舞辻無惨を見たという。そもそも花街はいろんな匂いが混ざってて俺には明確な感知が出来ないが、まあ、あの反応から嘘偽りはなさそうだ」




俺の言葉に協力関係である柱たちが一気に考え込むような仕草をする。そう、この話、何がアレなのかというと仮にも敵が上弦の鬼で、宇髄と全面対決になったとしても、柱の応援が期待できない。協力関係にあると言っても、柱たちも自分の活動区域があるわけで、振られた任務が最優先。任務が振られたとき、近くにいるのかすら怪しい。




「ですが、鬼舞辻無惨が花街に居たということは目にかける鬼がいるということ…。」
「その鬼はやはり十二鬼月である可能性が高いなこりゃあ」
「…ああ」
「俺的にはなんてもんに巻き込んでくれたんだって感じだが、まあ、炭の子たちが巻き込まれてないならそれでいい。……?、お前ら、どうしたんだ、そんな死にそうな顔をして…」




茶を飲みながら言った言葉に、柱たちが一斉に顔を上げ、血の気を引かせている。どうしたんだ?大丈夫か?俺は何か不味い事でも言ったのだろうか。義勇すらも俺の元から離れて柱三人が焦ったように顔を突き合わせながら話し合いを始めた。

声を掛けようとすれば、さっさと解散し、胡蝶と宇髄が笑顔で俺の肩を叩くと、このお館様に持っていくことを告げてそそくさと退場。



義勇も退場した。何事だと思いながらも俺は寝た










―――数日後、お館様へと通された花街の話は、実力者をそちらに送るということで話がつく。





「と、いうわけなんだが、どう思う、胡蝶」
「そうですね、まあ、気にしないほうがいいかと」
「でもなぁ…」




気になるものは気になるのだ。何であの柱たちはあのような反応をしたのだろう。わからない。頭を捻りながら胡蝶の髪に簪を挿して、髪を編み込む。よし完璧


一通り胡蝶の髪を編んで満足した俺は、外の空気を吸うために座敷から出た







その瞬間。



酷く強い力で手を握られて、かなり覚えのある殺気に俺はとっさの判断でその身を固め、恐る恐る振り向く。あ、やば






























「……なんで、…お前が花街にいるんだ?酒呑童子」
「あ、詰んだ」


















うろたえる禿と遊女を後ろに控え、狐の面を被った男、錆兎が酷く据わった目で俺を見下ろし、逃がさないと言わんばかりにもう一度強く俺の手首を握る。


もう一度言おう








――――詰んだ。



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