救いが欲しけりゃ金を出せ | ナノ


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かの男が鬼殺隊に入る条件は金だった。








今から数年前。鬼相手に朝まで耐久して倒す人間がいると秘かに噂が立ち始めた。最初の出どころは山奥の小さな町。その町は一夜にして壊滅したが、どういうわけか奇跡的にも死人は最初に襲われた一人の老人だけだった。その老人も鬼に襲われたにしては遺体の損傷は少なく、また大変丁寧に置かれていたらしかった。何かがおかしいと村人に話を聞いたところ一人の旅人が鬼を倒したらしい。ただ条件付きで


『お前たち村人が全員で俺に金をよこすなら俺はこの村をできる限り守ろう』と


その時はたまたま村の男衆が揃って出かけていたため、村人は二つ返事でその言葉に頷き一晩だけだからと10円(当時の価値で五万相当)を男に渡したらしい。

するとどうだろう、その晩、村は鬼に襲われた。

咄嗟に男が最初に襲われた老人を喰らおうと、口を開いた鬼にとびかかり森の方へと放り投げれば、老人の生死を確認し、その遺体を丁寧に横たわらせ、村人に向かって叫んだらしい


『この鬼は俺がどうにかしよう、お前たちは一番広い村の集会場で身を寄せ合っていろ。固まっていた方が守りやすい』と


男はそう言って襲ってきた鬼をまた投げ飛ばした
そこから先を実際に目にした村人はいないが、ただひたすらにこの世の物とは思えぬ絶叫がこだましていたらしかった。やがて朝日が昇り、日があたりを照らしたころに男の「出てきていい」という声に反応して戸を開けた彼らが見たのは、日の光に照らされ、空気に溶けていく異形の存在と、涼しい顔で鬼に薙刀のような武器の下位についた鋭い把尖を鬼に突き刺す男だった。



それ以降、その男の噂は各地で見られ、鬼殺隊の各員にお触れが飛んだ。



曰く



『そのものを見つけ次第、産屋敷に連れてくるように』


しかし、男の噂は経てど当の本人はまるで空気のように消えてしまい、結局は噂だけが彼を知る手がかりのようなものだった。そんな彼を発見し、屋敷に連れてきたのは驚くべきことに刀匠だったのだから笑えない。しかも意気投合していたのである


『お前わかってんなぁ!!』
『あんたほどじゃねえよ。金を積めばそれ以上の価値あるもんを作る、職人の鏡だな』


機嫌のよさそうな男の手には薙刀のような、けれど薙刀とは違う武器がしっかりと握られ、明るい灰色に輝いていた。
その色を目に収めた瞬間に館の空気は一気に凍り付く。刀の色がつく。それは一定以上の技量を持つ剣士が触れたとき。つまり、彼は強いのだろう。
身分のしっかりとしている刀匠という存在が居なければ彼は即座に隊士によって切りかかられていたかもしれない。


「つまり、彼が噂の…」
「はい、御屋形様。刀匠崎口が付添人なので間違いないかと思われます。」


謁見の間にて少し驚いたような産屋敷の主人に、控えていた陰が肯定しながら男に目を向けた。最初の村において鬼を投げ飛ばしたにしては細い手足だ。どのような体格の男が来たかと思えば、一目見れば女とも間違えるような美貌を持つ青年だ。その手にもつのは青龍偃月刀。水を連想させる名前とは真逆にその刃は灰色で彼の適性が岩の呼吸であることが見て取れた。さらに尖把と呼ばれる鋭い尖ったような装飾。それすらも灰色に染まっているところから武器にもなるのだろう。大刃の部分には繊細な龍の紋様が描かれており美しい。


「どうかな、鬼殺隊に入っては、もちろん入隊試験を受けてもらうことにはなるけれど、君の実力ならきっと…」
「そういうのはどうでもいい、俺は金がもらえれば、それでいい」
「勿論、見合った給金を払うよ」


他の柱が居れば無礼だと刃を向けられただろうが産屋敷の主人は気にしなかった。この程度で気にしていては親方など務まらないし、何より男からはどこか不器用な優しさを感じたのだ。それが何かまではわからなかったが、あの気難しいと噂の崎口刀匠が気を許したのだから、彼は間違いなく人格者だろう。

にっこりと微笑んだ産屋敷の主人に対して男は驚いたように目を開き、そして楽しそうに口元に笑みを浮かべた


「…もう一つ、条件がある。俺が鬼を倒した場合、それに見合った金をくれ、そうだな、弱い鬼なら二円(一万円)でいい。」
「おや、そういう要求は初めてだね」
「そうだろうな。ここに来るのは鬼に憎悪があるやつばかりだろうよ。鬼が殺せればそれでいい奴らが多いはずだ、だが、俺は違う、アイツらは俺の商売道具だ」
「…油断していると死んでしまうよ…。鬼殺隊に入った以上、君も私の可愛い子供だ」
「してねえよ。俺はな、どんな仕事も命懸けだ」


低く、けれど心地の良い声で返した男に産屋敷の主人はそっと微笑んで「検討しようか」と返せば、男は満足げに頷く


「話の分かるやつは嫌いじゃない」
「死ぬんじゃないよ。そして登っておいで、君とはもっと話したい」
「登らねえと会話もできないなんてな、不便でならねえよ。なあ、御屋形様」


その美貌を楽し気に歪ませて、男は立ち上がり、青龍偃月刀を肩に担ぐと退出した。





ちりんと、鈴のついた紅のリボンが風に揺れるのを、ひどく優し気な眼差しで、館の主人は見つめ微笑む。




少しばかりの祈りを込めながら





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