救いが欲しけりゃ金を出せ | ナノ


▼ 8

だからこそ、そもそも出席しないと思っていた男から背後を取られた蛇柱は息を飲む。動けなかった。殺気を感じた一瞬の出来事だった。

己が鬼を連れた少年を拘束した一瞬のうちに、どこかで見覚えのある刀が首の前に走り、寸前のところで止まる。その薙刀のような形をした刀は本来守ることによって真価を発揮し、使い手は一人だと知っていたのだから、さらに混乱した。どうしてここにいるのかとか、どうして殺意を向けられたのか、だとか。

近くにいた柱たちにも緊張が走る。この世に二つとないと称えられた美しい紅の双眸が細められ、その顔に似合わない荒い口調で問いかけられる




「おいテメェ。誰の宝に向かって無体働いてんのか分かってんのか」




聞いたこともないような地を這うような低い声。
唇を噛んだ瞬間にはすでに脇腹にかの男の脚を入れられ松の幹に叩きつけられていた。

そのまま姿を確認しようと目を走らせれば男はその腕に鬼になった少女と少年を大事そうに抱えて屋敷の中に入り、足元には風柱が踏みつけられている。まさに一瞬の出来事。それに加え、男はすでに守る体勢に入っている。それに加え、風柱の腕は自身で切りつけた傷からとめどなく流れる赤い血に鬼の少女の目は釘付けで、それを守柱である彼は何も言わずに見つめていた。禰豆子ダメだぞ、と言いかける少年の口元を優しく覆い、ただ静観する。

ふいっ

そんな音が聞こえるようだった、まるで興味がなくなったと言わんばかりに、けれどどこか息を荒くしながら禰豆子は横を向く。少年は顔を輝かせ、柱たちはあり得ないものを見るように禰豆子を凝視する。それ以上にあり得ないと思ったのは風柱だったに違いない。




「道幸」
「……」




ふいに自分の子供によって状況を聞いた産屋敷がいまだ守りを崩さない男に声をかけた。そして優しく言い聞かせるように声を放つ




「禰豆子の無害は証明されたよ。安心して炭治郎と共に降ろしなさい。大丈夫、柱の中に彼らを攻撃する子はいない。」
「……ダメです」
「道幸。君が意固地になってはいけない。ほら、彼らにはまだ話さなければいけないことが沢山ある、負傷もしている」
「その傷をひどくしたのはこいつらだ。」
「じゃあそのままでいいから炭治郎をこちらに。」




ふるりと男の腕が震えたのを感じ、どこか泣き出してしまいそうな匂いに少年は安心させるように笑みを浮かべる




「大丈夫だよ俺。それよりも禰豆子を頼む」
「炭治郎…」
「大丈夫!おれは長男だから!」




するりと腕から抜け出した炭治郎が背を向けて産屋敷の前で膝をつき、話を聞くような体制になったの確認してから、いまだ己の腕の中で甘えるように長く伸びた髪を弄る禰豆子の頭を撫でて、守柱は足を退ける。そして己は動かなかった。それがどれほど無礼か理解している。けれど、それ以上に久しぶりに感じた腕の中の温かさに泣きそうになる。




「うー…?」
「禰豆子…」




生きてる…。滲みかけた視界で再び抱きしめようと腕に力を入れた瞬間、禰豆子と隣にあった漆塗りの箱が消えた。ちなみに炭治郎の姿も消えた




「・・・・あ“?」




それは酷く不機嫌な声だったという。
思わず産屋敷の命令で禰豆子を箱に入れ、蝶屋敷へと向かう隠も産屋敷の柱にしがみ付く炭治郎を回収しようとする隠も、産屋敷の両脇を固める子供が少し肩を震わせるくらいにはひどく不機嫌な声だった。




「道幸。炭治郎達は蝶屋敷で治療するために移動するだけだよ。」
「……、俺も…」
「君はちょっと話を聞いていきなさい。」
「―――御屋形様、お言葉ですが、俺がどれだけアイツ等を―――っぐ…!」
「お前は少し落ち着け」




立ち上がりかけた守柱の肩を上から垂直に体重をかけて固定する男が穏やかに制止する。
奇妙な色合いの髪に、顔に大きな傷を持つ男―――錆兎が呆れたように目を細めた

ようやく拘束できた守柱に先程まで緊張感を持っていた柱たちが少しだけ肩の力を抜き、どこか険しい目で守柱を見つめる。




「お前、あの鬼とどんな関係だ。鬼を連れた隊士、姓が竈門だったな」
「道幸さんの姓が門竈ですから、親族ですか?どおりで聞き覚えがあるはずですよね」
「それ答えさせるなら金取るぞ。一人10円くらい」
「薄汚い金への執着は相変わらずのようだな門竈。」
「お前の陰湿さには負けるぜ?」




抑えられているにもかかわらず双眸を光らせて柱から目をそらさない。
そんな雰囲気に関わらず産屋敷は今だ己の後ろで拘束される男に向けて言葉を放つ




「道幸、君の大事な彼らの命は繋ぎとめたのは義勇や錆兎、それにその師範だよ。彼らは禰豆子が人を襲った場合、禰豆子及び炭治郎の斬首のち自らも腹を切るそうだ。」
「何ですかそれ。勝手にしてくださいよ。俺はもしも禰豆子が人喰ったならここにいる全員殺してでも逃げてあの2人と幸せな人生送るので。」
「お前も腹切るぐらいの覚悟しろよ!!」
「俺が死ぬ直前に禰豆子の首は刎ねる」




それ以外の覚悟などいらないだろう。と、


ひどくまっすぐな目だった、その言葉に嘘偽りが無いことくらいはわかる程、彼らはお互いを理解していた。彼の言葉は全て本気だ。今まで一言目には金、二言目にはその他だった男と本当に同一人物なのだろうか




「…なぜ。彼らにそこまでの―――。執着を見せるのですか」




厳しい目で、蟲柱が問いかける。その問いかけに男はスッと目を細めて笑う。ひどく壮絶でひどく、鬱くしい笑み




「あの二人は、今はあの二人だけが、俺の生きがいだからだよ。彼らが居なければ俺は近いうちに自決だったからな」




触れれば壊れる、そんな気がした。
そう思わせるには十分な笑みだった。

柱たちが、隠たちが、公然とした場でその話題が今後出せなくなるには。充分な。




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