救いが欲しけりゃ金を出せ | ナノ


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―――男は土佐の、人売りの家の生まれだったーーー


その男は生まれた時より赤く美しい目を持っていた。
その瞳は酷く美しく、彼の両親は大いに喜んだらしい。それは一重にこの子を売ることで利益になる金の重みにだ。

まるで将来を約束されたかのようなまろい頬も、赤子ながらに人を引き付ける顔(かんばせ)も何もかもが両親をよろこばせた

年を重ねるごとに両親は赤子から童へと成長した子供を着飾って客人を家へと迎え入れた

少女と見まごうばかりの端麗な容姿、涼し気な目元に挑発的な色の乗る紅の瞳。
間違いなくソレは美しかった。

少年でありながら少女の格好をする童は幾人もの好色家たちが金を積み上げ、気づけばそれは城を建てるほどの値段まで吊り上がる。けれど少年の心は悲鳴を上げる。まだ五つにも満たない彼は親から売られるために愛情を与えられるのだ。歪に歪んだその愛に少年は逃げ出した。

雪の積もる参道をかけて、時にはよくわからない人間に追いかけられ。獣の唸る晩を恐怖に震えながら眠り、そして力尽きた先で少年は生涯にわたり恩を返す覚悟を決める男に出会う。それが少年の遠縁の血族、竈門炭十郎であった




「ああ、可哀想に、こんなに冷たく…」
「……」



力尽き、雪の上で倒れる少年を己の持つ傘にいれ抱き上げて、男はその頬を包み込む。久方ぶりに触れる人の温度に少年の頬に涙が伝い、それを拭いながら光のある方へと歩いていく男は安心させるように背中を撫でて何も聞かなかった。

たどり着いた家の引き戸を知った顔で開け、男は中にいる女にお湯を炊くようにと言づける。そしてパチパチと火の粉を上げる炭の近くに少年を抱きかかえたまま座った。人肌とは違い、早急に身体の温度を戻すそれは慣れると少し熱い。今日は体を回復させなさい。ゆっくりお休み、頑張ったね。今までかけられたことのないような優しい声音と言葉にさらに涙が出る。出された暖かな粥を流すように喉に通し、優しい香りのする布団にくるまって眠り、少年は人の優しさに触れた。ひと時の夢かとも思い、次の日など恐る恐る目を開けたものだ、けれどその優しい世界は変わらず、少年は何も告げたくなくてそのまま一年という月をを彼の元で過ごしてしまった。だからこそ少年の年齢が六歳になる頃、焦った様子の炭十郎はまるで隠すように少年を抱き込み山道を逃げるように、何かに追われるように走ると、人の通らないような獣道を踏みながら、とあるあばら家に転がり込んだ。




「弦幸さん!」
「あ?」




ココでようやく少年は気づいた、家を出た時よりも彼の顔色がひどく青ざめている事実に。
けれど理由はすぐに察した、元々体の弱い炭十郎が己を抱きかかえてあの獣道を走りここまで来たのだ、気管支をやられたのか、何度もヒューヒューとした呼吸器の音が聞こえる。
家の奥で煙管を加えながらこちらを見た老年の男性が急いで立ち上がり、布団を敷くと炭十郎を座らせてその背中をさする、老年の煙管はいつの間にか煙が消えていた。

何度かの痰を交えた咳の後、炭十郎が弦幸に床に頭を擦り付けて吐き出すように言葉を放つ




「どうか、この子を、ケホッ、助けて、やってください…!」
「落ち着け炭十郎。どうした、このガキはなんだ。お前の年じゃこんな大きなガキはいねえだろう」
「……この子は俺の親戚の子です。正確には従兄で、母の兄の子です。」
「ああ、人売りの、お前の家でも異質だったあのクソガキか」




ココで少年は少年の父親の出自を知った。その男は酷く穏やかな家系に生まれながら酷く醜いものを腹に抱えていたらしい、炭十郎が十になる前には少年の母の家に婿養子としていき、竈門家との縁はとうに切れていたらしかった。けれど己が居なくなった瞬間に家は衰退、逃げた商品など興味ないと周囲に触れて回った二人は目の色をかえて己を探し、明日炭十郎の家に尋ねてくる予定だという。だから炭十郎は急いで少年をこの翁に預けようとしているだろう。




「御覧の通り、この子は酷く器量が良い…。きっと、この子は今後も狙われるだろう。それに加えて、人を吸い込むような赤く美しい瞳の持ち主です。だから、この子が生きていけるように、稽古を、つけてほしいのです」




少年の頬を優しく包み込み、愛おしいというように撫でる炭十郎に、少年は涙を流す。俺の存在は、ご迷惑でしたか、と。けれど炭十郎は穏やかに笑って緩く首を振った、小さくコホッと咳を零してから言葉を続ける




「君を俺は自分の子供のように思っているよ。最初に比べて最近は良い顔が出来るようになったときは妻と共に喜んださ。けれどごめんね。俺では守れないんだ」




少年の頬から手を放し、炭十郎は再び床に頭を付いて請うた




「この子を、この子が守れるように鍛えてください、弦幸さん」
「…あい、わかった、お前もそれでいいな」
「うん」




目線をこちらによこした男に少年は頷いた、その瞳を見て老年の男性は「ほぅ」と嘆息する。

決意を決めた少年の目にチラチラと光って見せる意志の炎の美しさに、何か光るものを感じたのだ




「炭十郎、このガキの名前は、なんだ。」
「恥ずかしながら、俺はこの子の名を知っています。けれど、その名はあんまりだ、だから、この子の名は俺と妻がつけた名です。本名ではない。」
「よい、いってみろ、子供が今後名乗る名が、この子の名だ、言う分には何もなかろう」




一度だけ、炭十郎は少年を見てから口を開いた





「俺たちの苗字を逆さにした門竈を姓。道行く先に幸あらんと書き、道幸。この子の名を、門竈道幸と申します」





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