花の香りが満たす場所
優しい風が頬を撫でる夢の逢瀬で、彼女はぐすりぐすりと鼻を鳴らす
そんな様子を困ったように笑みを浮かべて見せる男は、香のそばに歩いてゆくと、膝をついてその肩に手を置いた
「だから言ったじゃないか香。彼に肩入れすると傷つくよって。」
「…っ」
「ああ、泣かないで香。攻めてるわけじゃないさ。だけど君が悲しむくらいならこの時代だけ、目を背けて、何も見なかったことにして私と一緒に居ればよかったんだよ。わかっていただろう?君には彼が後の英霊、アーラシュであることくらい。…さあ、彼の、英雄と呼ばれる彼の最後を見つめた感想はどうだい?」
「…最悪だよっ」
「だろうね。けれど人間は面白い。犠牲を伴って先送りにした問題は、どこかで蒸し返される。その時、蒸し返す側がこういうのさ『我々は承諾していなかった。神の意志だったとしてもこれは向こうである』ってね。」
そうだろう?甘えるように10代前半の姿をする美しい青年は涙を流す女性の手を取って微笑みかける
その姿に女性は、香は唇を噛みしめて、ちいさく「そうだね」と呟き返した。
いつか蒸し返される問題だ
それが近い未来なのか、遠い未来なのかわからないけれど、いずれ表面化する問題だろう。
「君が数百年ぶりに好意を寄せられたというのに逃げなかった相手だからね。お気に入りだったのかい?」
「その言い方は好きじゃないな、マーリン。まるでモノみたい」
「おっと、これは失礼。だけど事実じゃないか。…そして、君が目にかけた誰かは英雄となって死んでいく。認められず死んでいく。いつもいつもつらいだろう?なのにどうして肩入れするんだい。情を向けて泣くのは香だよ。私のように人ならざる者とだけ付き合っていけば悲しくないのに。泣かなくて済むのに、ねえ、香、教えてくれないかい?君が人と関わることをやめない理由を」
そんなの決まってるじゃないか。
「私が、人間だからだよ」
意志を持った彼女の言葉に夢魔である少年は寂しそうに笑った