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『一人でなんでも抱え込む勇者なんて、私はお断りだけどなぁ』




困ったように笑いながら寝物語を聞かせてくれた彼女はそういって自分の頭を撫でると、言い聞かせるように囁く




『君はそんな風になっちゃだめだよ』




あの時、自分は何と答えたのだったか、今ではもう思い出せない。けれど、泣きそうな顔で「そっか」と呟いた彼女の顔は今でも覚えている。森に住む彼女に自分が何を話して彼女とそんな話題になったのかは覚えていない。だけど、そんな顔をさせたかったわけじゃない。

―――どうして、今そんな事思い出すんだろうなぁ。

弓を弾きながら口元に笑みを浮かべ、彼は一瞬だけ視線を下におろす。

今日、ここに来るとき、彼女は光の角度によっては黒にも焦げた茶色にも見える瞳に非難の色を映し、己を止めた。




『命を無駄にするつもり?』




自分は否と答えた。無駄なわけがない。なぜなら己が今、この場で弓を引くだけで、この四肢を捧げることで60年にわたって続いた争いは終わり、民が戦場に行かずに済むのだから

笑いながらそう説いた自分に彼女は眦を吊り上げて頬を張った。

顔を怒りに赤く染め、悔しそうに唇を噛みしめた彼女は、初めて自分に喜以外の感情を乗せた表情で叫ぶ




『自己犠牲で救われた戦いは全て過去の咎として未来の国民に降りかかる!先送りにして手に入れた平穏のどこに価値があるっ!――っ、好きにしたらいい、自己犠牲と、誰にも頼らずに孤独の中で死ねばいいっ!そんな英雄を私は認めないっ!そんな英雄にするために私は…っ、私は自分の知識をあんたに貸し与えた訳じゃないっ!!』




初めて見た彼女の泣き顔がずっと頭から離れない。

けれどしょうがないじゃないか。だって自分がやらずとも誰かがやらねばならない。その誰かがたまたま自分か王か、どちらかだっただけ

自分の死後に得られる名声になんて興味などない。興味はない、けれど自分が死ぬことで平穏が手に入り、戦争が終わる。それのどこが悪いのかわからないままに、彼は力の限りに引いた弓から手を放し、地平線に向かって飛んで行く弓を見つめながら目を閉じた。





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bkm






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