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数日後

やはりというかなんというか、香はあきれながら後方で兵士の話を聞いていた。
共として幾人かの列強な戦士を連れた我らが女王は前衛で好き勝手した挙句にクー・フーリンに捕まったらしい。なぜあの女王様は私の指示に従ってくれないのっ…!と頭を抱えて叫ぶ。それに同情するかのように幾人かの戦士は思はず頷いた。

コノートの女王メイヴの側近にして最愛。最頂にして愛娘。そして優れた軍師であり腕の立つ術師に同情を禁じ得ない。

そして冷静を取り戻した彼女は連絡係であったであろう男に目を向ける




「で?ケルトの猛犬は何を対価に女王メイヴを解放してくれるのかな?」
「…はっ!女王メイヴと軍師様の身柄を交換することを要求しております!」
「…へぇ?(そんなにフルボッコにしたいと…?)」




香は不愉快そうに顔をしかめ、ため息をつきながら前線に向けて視線を送る
頭の中を駆け巡るのはクー・フーリンの伝承だ。
まあ、端的に言えばいずれこの戦いが終わるころにはクー・フーリンは死ぬ。
そして彼は女子供を殺さない。フルボッコにされても死にはしないのだ。ならばと渡された書類にサインして丸めると腰につけていた医療用バックに押し込んだ




「…行ってくる」
「お待ちください!軍師様!!あなた様がいなくなったとき、指揮は誰が…!」
「大丈夫大丈夫いけるいける」
「なにも大丈夫ではございませんぞぉおおおお!!」




必死に止める兵士たちを結界ではねのけながら敵陣を突っ走る彼女は笑っていた
その頭の中は割とメイヴに対する怒りでいっぱいである。あの駄女王は!!
杖を振りまわし屈強な男どもを文字通りちぎっちゃ投げという無茶苦茶な突進をして、目的地にたどり着いた




「メイヴ!」
「モーちゃん!?どうしてきたのっ!」




後ろに腕を取られて女王にするにはいささか不敬な体制で拘束されている。
その目の前にいたクー・フーリンが驚いたように目を見開き笑った




「よお、軍師」
「こんにちはケルトの猛犬。女王は返してもらおうか?」
「…やだわ、モーちゃんかっこいい…!」
「なんでそんなに緊張感ないんだろうこの女王様」




馬鹿なの?そうありありと瞳に浮かぶ感情に胸を高鳴らせながらメイヴは頬を染める。一応Sだと思っていた自分の性癖をMの方向へと開花させてくれたらしい彼女に精一杯の流し目を送るも返されるのは冷たい視線だった。素敵。しかし瞬時にその瞳は自分の女王をとらえたクー・フーリンに向けられた




「これ、誓約書」
「っと。確かにってな」




乱雑に投げられた動物の皮で作られた書類には女王メイヴから目の前の少女の所有権を自分に移す項が書かれている。
知らずに漏れた笑みは捕らえた女王の不審そうな顔を見て消えた。




「いいぜ、メイヴ、お前の身柄を解放する」
「…えっ。…そう、なら、帰るわ。…ね!モーちゃんも帰りましょう!聞いてほしいことがあるのよ。そこのケルトの猛犬に対して!こいつ私が誘ってあげたのにーー」
「あぁ、残念ながらそこの軍師は返せないぜ」
「は…?」




メイヴの体が固まった。信じられないように香を見つめるが、彼女はこちらを見ずにただひたすら自身の杖に目を向ける。太陽の光を浴びて輝くのは異国の花が埋まった水晶。
こちらに興味もないと言わんばかりの態度に女王はその顔を悲しみに彩らせ、英雄は嗤った。




「これな、軍師の身柄をこちらに引き渡すことでお前を解放するって内容なんだ。」
「――ッ!!」




彼の言葉にメイヴは憎悪のこもった瞳でにらみつける。大事なもの。大事な子。それが奪われようとしている。今、自分の目の前で!

けれど武器を兵を取り上げられた自分に彼女を取り戻す力もない。そういうことを考えて感情的にならない彼女はやはり王だった。ただ一言「そう」とだけ零し、もう一度だけ自身の最愛を目に入れると背を向けた

許さないと憎悪が膨れ上がる。けれど逆に愛おしいと最愛を奪った男に対して感情が沸き上がる。それがどうしようもなく悔しい。
強く強く唇をかみしめて目じりに浮かんだ涙を乱雑に拭った




「あはは、そう、そうね…。…絶対に―――許さないわ」




自身の陣地に戻ったとき、彼女はそうつぶやいた。
冷酷に冷静にただ、それだけをつぶやいた。

奪われた。―――自分の配下を

目の前で。−−−最愛を

この世で一番愛している男に。―――この世で一番愛している子を




「許さないわよ、ケルトの猛犬、クー・フーリン。惨たらしく、屈辱的な、そんな死を貴方にあげる…。さあ!私の可愛い兵士たち!!私の可愛い愛娘が奪われたわ。―――再び戦うのはこちらの準備が整ってから。早く装備を、兵を、糧を集めなさい!そして早く敵を殺すの!そして敵を殺すたびに私の名前を叫びなさい!!メイヴちゃんサイコーってね!」




捕らわれているあの子に届くように、高らかにそう叫びなさい!

その顔に無垢な笑みを浮かべて女王は兵士にそう命じた。








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bkm






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