さらに数年、時は流れる。私の場所を教えたわけではないのにカルナは一か月に二回、三回の割合で私に会いに来た
来るときはいつも手荷物を持参して、最近あったことを一つ一つ思い出すように話し、森の奥にある湖で水浴びをしては去っていく。
そんな彼の様子に森の動物たちは痛く心を打たれたらしく、最近ではカルナが来たと分かると私を無理やりにでも彼の傍に行かせようと奮闘するのだ
その様子が必死過ぎて少し怖い。
なんというか、まるで彼を、何かから守るように
「紫苑」
「…カルナ、いらっしゃい。どうしたの?前回来てから三日もたっていないのに」
珍しいねと苦笑しながら彼の前へと降り立てば、カルナは眩しいものでも見たかのように目を細めた
「すこし、話がしたかった」
「話?」
私が寝泊まりする木の根元に案内して向かい合うように座ればカルナはおもむろに服をぬぎはじ…おいおいおいおいおいおいおい、ちょっとまて!!
「何してるの!」
「…?話すより、こちらの方が早い」
「何を話し始めるつもりだ、服脱いで何を語らうつもりだ!?」
「今更俺の裸なぞ見ても何も思わないだろう?よく見ていたじゃないか」
「小さい頃はね!?今オタク成人男性!」
「いや、だがこの森で水浴び…」
「私が覗きをしてる痴女みたいな言い方やめてもらってもいいですかね!!?」
してねぇよ!!
焦る私に彼はどこまでも無垢な瞳で私を見つめる
そしてコテンと首をかしげると「まぁいいか」と呟きダイナミックに上着を脱ぎ捨てた。
何がよかったんですか?何をしたかったんですか??
普段の私ならばそう言えただろうが彼の身体(上半身)があらわになった瞬間思わず口元を手で押さえる
酷いけがだ、所々、何かを切りつけたような傷。幸い血は止まり瘡蓋になっているけれどそれども何と惨たらしい
「…どうしたの、ソレ」
「……けがの理由は話せない」
「…カルナ、鎧はどうしたの」
そうだ、彼の皮膚と一体になっていた鎧はどうしたのか
あの鎧があればカルナは基本的に怪我をしない、無敵だったはずだ
しかし、それが無いということは
「まさか、鎧を剥ぎ取ったの?皮膚と一体になっていた鎧を」
「……」
無言は是。
状況は理解できないが、鎧を剥ぎ取った時に着けた傷
でも、剥ぎ取ったのは彼に悪意があるものじゃない
悪意があるものは剥ぎ取った後に彼の命を奪うはずだろうから。つまりは
「自分で、剥ぎ取ったね、カルナ」
「あぁ」
肯定し首を振る彼に思わず頭を抱えてしまう
彼の選択は彼の自由
カルナも何か考えがあってそうしたのかもしれないが、
呻く私に目の前の男は困り切ったように眉を寄せて口を開く
「ただ、その、だな、さすがに痛くてだな、クスリをもらえないかと」
「いや、やるけど…っ、頭痛い。とりあえず湖に入ってきなよ」
あの湖、ちょっとした癒しの効能もあるらしいからと指をさして出ていくように言えば存外素直に頷いて出て行った。
再度数多を押さえながら見様見真似で作ったすり鉢にいくつかの薬草を入れてすり合わせるようにして塗り薬を作る
ちなみにこの作り方、現世で趣味のアニメを見ているとき某神獣が作っていた薬に着目し、独自で調べたモノである。ちなみにモン○ンも結構好き。
この森に来てやったことは薬作りだったし、元の世界でもたまーにやって我が家の鬼(母)に怒鳴りつけられてたっけ…
だけど後々この傷薬(成功は一つだけである)の効果が中々に高いものだったと知った時、幼馴染の冷めた瞳が忘れられない
『貴女の趣味はたまに面白いものを生み出しますね』
『え、なんでそのツボを憎々しげに睨むの。いいじゃん。アニメから興味を得て独自で開発した傷薬。白澤様マジ感謝』
『貴女、あの豚に様付けするのですか』
『え、ますます目つき悪くなってない?大丈夫??…というかあのアニメの主人公って何気に加賀地に似てるよね。ほら、金魚好きなところとか』
『そうかもしれませんね。金魚草とはなかなかに惹かれます。しかし、…はぁ。』
ものっそい重いため息つかれた思い出がある。
そう言えば高校に行ってから…正確には時空旅行し始めたから彼に会ってないな。引っ越ししたんだっけ?
まったく、幼稚園の頃からのお付き合いだというのに私に黙って引っ越すとは、帰ったらメールで文句言ったろ
ゴニュリゴニュリという感触を手の甲全体に感じつつ近場に会った種類も名前もわからない草を一掴みしてまぶし、また練り始める
なんかすり鉢から悲鳴が聞こえるけど気にしない。練り続けていればそのうち収まる
「紫苑、もど…何をしている?」
「練ってる」
「何を」
「薬草を」
「…すり鉢から悲鳴が聞こえるのだが?」
「おぎゃぁぁぁあ!…よりはマシじゃね」
幼馴染の着メロそれだったよ
だんだん弱まる悲鳴を聞き流しながら木の葉が敷き詰められた床に置き、練り込むのではなく上から圧力をかけるようにして面積が大きなところを潰してゆけばだんだんと色が変り、悲鳴も聞こえなくなる
「おっし、出来た。カルナ、背中は塗ってあげる」
後ろ向きな。
あと、わかってるとは思うけど染みるよ
そう言ってほほ笑むが彼が珍しく首を振る
「得体の知れないものを体に塗るのは…」
「何言ってるの、八年前からずっとだよ」
「!!?」
そんな絶望に満ち溢れた顔をやめなさい。
ぺチンと額を叩けばカルナは少しだけ顔をしかめると微笑む
…それは、何かを悟っているような表情だった。なぜかざわめく胸に手を当ててもう一度真正面からカルナを見つめた
穏やかに、どこまでも静かな瞳
するりといつの間に伸ばされたのかわからない、彼の白い手が、小さいころから随分成長した手の平が頬を撫でる
「紫苑、ありがとう」
「―――そういうこと、か」
「あぁ」
死にに行くのかこいつは。
何故かわかってしまう
いっそ、わからなければ幸せだったろうに
「今日は、泊めてくれないか?」
端から聞けばきっと男女の情事を思わせるそれに縋るような、最後の我儘のようなものを感じて私はいいよと言葉をこぼす
カルナとアルジュナ
交わることも理解し合えることもなかったであろう彼らを、私は黙って見つめるしかできないのだろう。
鼻の奥がツンとしていることに苦笑してカルナの頭を胸元に引き寄せて抱きしめる
おずおずと腰に回る手
そこから感じる体温にどうしようもなく、泣きたくなってしまうのだ
「ありがとう」
「どういたしまして、また、会えたらいいね」
寝る前の最後の会話
悲しそうに笑った彼は小さく「あぁ」と呟く
―――それがこの世界で、彼と交わした最後の会話だった