9
忌々しいと男は品無く、けれども周囲に聞こえぬように舌打ちをした。
隣にいる妻になるであろう女性は美しく儚げに笑っている。祝福される自分に酔うように

確かに、彼女を妻にと求めて試合に参加したのは自分で、結果はどうであれ妻にと求めた少女は自分のものになった。

けれど気に食わない

自分を負かした男も、その男に笑みを向けていた彼女も。

いや、自分をまかせた男はこの際どうでもいい、いや、よくはないけれども
けれど男の、アルジュナの感情はすべて男に笑いかけられていた普通の人では決して見えぬ少女(に見える外見)の者に向けられる


―――なぜ、私が見たことないような顔で笑いかけるのか
―――なぜ、その男と親しく話しているのか
―――なぜ、よほどのことがない限り自分に触れることなかったのに、その男には触れるのか
―――なぜ、いつもと口調が違うのか


なぜ、なぜ、なぜ

疑問と共に溢れてくるのはドロリドロリとしたどす黒い何かだった
耳がいいが故に、目がいいが故に見えてしまう、聞こえてしまった久しぶりに目にいれた少女は最後に会った頃と変わらない姿で自分を負かした男の頭を優しく撫でていた

頑張ったね、凄いね。…と

慈悲すら、愛情すらうかがえる声音
それは昔、本当に昔、いつからなくなってしまったのかわからない位の昔に何度か言われたソレによく似ていた

瞬間にあふれ出すのは激情にも似た感情


―――そこは私の場所なのに!


昔、そう、まだ彼が彼女に対して素直だったころ、彼女は何でもそつなくこなす彼が褒められなくなり、落ち込んでいたときによく頭を撫でて褒めていた。

周りがだんだん賛辞しか言わず、しまいには「アルジュナ/第三王子だから」と当たり前に受け止めはじめていたころの話だ



『大丈夫、アンタは頑張っている、わたしが見てるから』



何が大丈夫なのかと言いたくなるほどひたすら「大丈夫、大丈夫」と言い続けていた彼女。
けれどそれを疎ましくなんて思わなかった。
むしろあのころの自分は甘えてすらいたと思う。だからこそ


なぜ、お前がそこにいるのだと、嬉しそうに、けれど、どこか不満げな表情をするカルナを睨み付ける。


しまいには彼は皆がこのアルジュナに注目していることを良い事に彼女の手を握り嬉しそうに口を開く。
今の自分には手をのばして触れることもできないのに、それをやすやすと…

あぁ、妬ましい

嫉妬などとは可愛らしい言葉でなど表せないこの感情を何と表そうか
なぜ、私じゃないのか、そこにいるのが、褒められるのが、柔らかな口調で、柔らかな声で、やさしげな眼差しを受けるのが、なぜ、私じゃない

あの日、彼女と最後に会った時、捕まえてしまおうと思った
自分から逃げるのなら、自分から離れるならば、足でも腕でももぎ取って、鎖でも何にでも繋げてやろうと思ったのだ。
彼女の姿が誰かに見えたのなら止めただろうが彼女は自分にしか見えないのだから

そんなほのかに暗く浅ましい感情と圧倒的な優越感

けれど蓋を開けてみればどうだろう。彼女を見える人間がもう一人いた。その男はあろうことか自分から彼女を奪おうとしている

あぁ、何より


―――私がいくら尋ねても名前など、呼び名など、教えてくれなかったというのに


なぜ、あの男は彼女の呼び名を知っている、彼女はなぜそれに反応する?
叫びだしくるってしまえたならどれほど楽か、そう考えてしまうほどの殺意が生まれる



彼女が男に手を差し伸べ、男がそれを握ると熱が宿る瞳で彼女を移す。



その姿は確かに輝いて見えた

彼が彼女を天女と例えたのは間違いじゃないかもしれない

…彼女が美しいわけじゃない。だけど、輝いて見えた。まるで羽でも生えてるかのように宙に浮き、地に足を着ける男に手をのばす姿は、まるで汚してはいけない神聖なものに見えた

羨ましいと、思ってしまう

けれど逆に自分があそこに立ったなら、自分はきっと彼女の手を握り強引にでも連れ去っただろう。
そして、神聖だと、汚してはいけないと言ったばかりだというのに自分は彼女を汚すのだろう。

彼女は泣き叫ぶだろうか、黙って、あきらめて受け入れるのだろうか、それとも強く意思の籠った目で睨み付けるのだろうか。どちらにせよ彼女を捕まえなければ話にはならないけれど。

はぁ…と熱のこもった吐息が無意識のうちに出てしまう

彼の色気に押されて周りにいた女性たちは頬を染めた。周りにいるのは彼が想う彼女よりも美しい少女ばかり。しかし彼が恋慕と共に劣情を抱き、脳内であらぬ想像をするのは彼女だけだった。…何度汚しただろう、何度想像の中で想いを告げ、彼女が答えてくれただろう

それが虚しい夢だと気づきながらも彼は彼女が飛び立った方角に向けて視線を向けた




prev next
目次に戻る

bkm






夢小説置き場に戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -