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「いやっ、いやよ…。結婚なんて嫌だわっ」
「アントーニア様…。」
「知らない国だもの。知らない国に、侍女も、犬も、服すらこの手に持っていけないなんて嫌だわ…」




あのプロポーズから数年。アントーニアは随分と成長した。

成長。そう、成長したのだ。成長したということは彼女は王家の人間として、一人の女として誰かと結ばれ、子を育まねばならない。アントーニアの美しさは年々輝きを増すばかりで、ぜひ我が妻にと誘われる声は途切れることを知らない。

けれど彼女はすでに結婚相手が決まっていた。フランス国王の孫。ルイ16世である。ここにきて私はようやく彼女が誰かを悟ったのだ。




ハプスブルク家、マリア・テレジア、オーストリア、告白されたという神童の正体、中世ヨーロッパ。いたるところにヒントはあって、目を向ければ答えがあったらだろう。

けれど、もうどうしようもないところまで来てしまったのだ



悲劇の姫君、ヴェルサイユの華、高貴なる支配を象徴する者。すなわちそれはフランス革命のさなかに露となり消えた儚き貴婦人、マリー・アントワネット。その幼少期が目の前で泣き崩れるマリア・アントーニアだと、私はようやく気付いたのだ。



大粒の涙を流しながら、侍女に部屋を出るように叫んだ彼女は不意に私を見上げた。涙に濡れる瞳が縋る様にこちらを見つめ、口を引き結ぶ。




「アントーニア」
「もう、アントーニアじゃなくなるわ」
「…」
「もう、マリアですらなくなるのよ。…。ねえ、知っていて?モブ子」
「なにが?」
「………私、オーストリアから出て、フランスの国母になるの。でも、でもね、オーストリアとフランスの国境に付いたら、愛犬も、侍女も、ドレスも下着も髪飾りも、オーストリアのものすべてを捨てて、フランスで作られた服を着なければならないのよ。私の手にはオーストリアの物が残らないの。残るのはこの身体に流れる血だけになるわ。…誰一人として、味方はいなくなる。ねえ、私どうすればいいの…?夫になる方と仲良くなれなかったら、私は誰に縋り付けばいいの…?」




怖いわ。怖いのよ。モブ子。怖いの。


震える声で私に近づき、泣きながら胸に顔を押し付けるアントーニアの髪をなでる。




「―――それでも」
「……っ」
「それでも、アントーニア。君は乞われて王妃に、国母になる」
「っ…!」
「誰一人味方が出来なくても、例え夫の愛を受け取れなくても、…それでもアントーニア。君は、貴方は、国民に乞われ、国に求められ、貴族に願われ、国母になる。…だから、ゆっくりでいい。フランスという国民を愛し、国を愛し、国に愛される王妃になればいい。」
「国、に…」
「そう、国に。大丈夫、大丈夫だよ、不安で仕方ないと思う。だから。私もついて行ってあげる」
「―――、お母様が、お許しになられないわ」
「娘の心を守れるなら、きっとテレジアだって頷くよ。大丈夫。だって私の姿は特定の人物にしか見えないんだから」




元気付けるように笑って見せた。そうすればアントーニアもそっと微笑む。




「さ、頑張ろう。アントーニア」
「ええ。頑張るわ。モブ子」




だから、絶対一緒に来てね。






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bkm






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