3

「ねえ!ねえ!モブ子!」
「はいはい、どうしたのアントーニア」





キラキラとした青色の瞳を私に向けて、フリルをふんだんに使ったドレスを身に纏うアントーニアが私に駆け寄ってくる。一応パーティーだというのに彼女は気楽で、好奇心の赴くままにあちらこちらを駆け回っているようだった。そんな中で私を見つけたのだろう。人目の付きにくい壁で誰に見られることもないからと気楽に食事をしていた私を。ああ、そうだった、不思議なことだが私の姿はテレジアと目の前にいるアントーニア以外には本当に見えず、壁も床もすり抜けはするけれど、歩く、走る、食べるという行動はできるらしい。どういう原理かはまったくもって不明だけれど、食事ができるに越したことはないから放置している。排泄はしていないので現代に戻ったときどうなるかだけが本当に気がかりだ。




「ふふっ、聞いて頂戴!私、プロポーズされたのよ!!」
「プロポーズぅ…?お転婆なマリアちゃんに?」
「まあっ!何て言い草なのかしら!私だって立派なレディーだわ!」
「立派なレディーはパーティーでドレスのまま駆け回らないし、お庭の木にも登らないものだよ。マリア」
「お母様だってマリアよ!!」
「このお転婆は本当に…」




あの時のテレジアの顔は見者だった。アントーニアが木に登り、優雅にお茶をしようと庭に出たテレジア夫婦と子供たちに向かって「お母様〜〜!お父様〜〜!お兄様〜〜!お姉さま〜〜〜!」と両手を振る姿に、今にも卒倒しそうなほど顔を青くして「降りてらっしゃい!!」と叫んでいるのだ。本当に見者だった。

それにしてもテレジアとその家族がオーストリア王家直径だとは誰が思うんだろう。…本当にマリア・テレジアってどっかで聞いた覚えがある気がするんだけどな私…。

もぐもぐと塩気の強いソースを取ってきたローストビーフと搦めて口の中に放り込みながら、思考をあらぬ方向へと向けていれば、頬を膨らませたアントーニアが私の服を掴んだ。そう、こやつなぜか私の身体に触れることが出来るのである。なぜに。




「もうっ!もうっ!聞いて頂戴モブ子!!」
「わかった。わかったよ。そこまで叫んだら訝しまれるでしょー。王家が悪魔付きなんて噂立ったらどうするのさ」
「どうせモブ子のことだから私が来た時に防音っていう不思議な力使ってるわ!」
「足元みられてる。これだから嫌なんだよテレジアの血族」




無駄に勘というか直感というか、第六感が働く王家である。なんなら人を見る目もあるため質が悪い。こんな風にわがまま娘であるアントーニアもいずれテレジアのようになるのかもしれないと思えば人間幼少期からわからないものである。




「それで、どこのだれにプロポーズざれたんですか?」
「天才少年って呼ばれてる子よ。神童だって皆様言ってたわ」
「20過ぎればただの人って言葉しってる?」
「もう、モブ子ったら…!」




頬を染めながらも怒ったようにこちらを見るアントーニアが少ししてからそっと下を向く。頬を潤ませ、まるで恋をする少女のように囁いた




「でもね、私うれしかったの。王女ではなく、手を差し伸べただけの女の子である私に告白してくれた彼がうれしかったわ。…本当に、うれしかったの。ねえ、モブ子。私、今日のこと絶対に忘れないわ。だから、貴方も忘れないでいてくれる?」
「私はその場面見てないけど…?」
「ええ、知ってるわ。でも、もしも私が忘れそうになったとき、辛くて立ち直れなくなったとき、この【思い出話】をしてくれないかしら?」




だから覚えておいてね。テレジアとよく似た、無邪気で、どこか儚さを感じる笑みに私は「わかった」と首を縦に振る。そんな私を見て、アントーニアは「そろそろ行くわね」とシャンデリアが照らす広間へと駆けて行った。

その姿を見つめ、ふと何かが引っかかった。神童と言われた少年。告白された幼い王女。もう少しで何かを思い出せそうになったとき、私は考えるのをやめてしまった。

思い出さない方がいいような気もする。思い出した方がいいような気もする。そんな曖昧で、言いようのない何かに踏み込むのをやめてしまった。



そして、私がこの違和感の正体を思い出したのは、目の前で涙を流す、少女とも大人とも呼べぬ年齢に成長した彼女が涙を流してからだった


prev next
目次に戻る

bkm






夢小説置き場に戻る
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -