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「殺せっ!殺せっ!殺せっ!!」
「私達から食料を!土地を!愛する者を奪った王族をっ!!」
「何が王家だ!何が貴族だ!!このオーストリア女め!!!」




民衆の声と共に石が飛ぶ。民衆の怒りがたった一人のか弱い女性に向けられる。美しかったであろうプラチナブロンドの髪を乱雑に斬り降ろされ、その頬は煤けており、身に纏う服はただ白かった。

けれど彼女はなぜかしっかりと前を向いていた。貴族でも、ましてや王族ですらなく、今はただ首を飛ばされに行くだけの彼女はシンプルな白いドレス、いいや、ドレスとすらいえぬ服に身を包みながらも確かに美しい。意志の宿る瞳は輝いていてそこには憎しみもなく、悲しみもなく、民に対する怨みもない。

どんなに石を投げられようとも、どれほどの侮辱を受けようとも。たとえありもせぬ罪でこの命を奪われかけていようとも。彼女は下を向かなかった。ただ前だけを見ていた。歪む国民の顔を、悲嘆に暮れる国民の表情を。

そんな彼女を目に入れて国民は一瞬、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせるのだ。


―――これが、今まさに処刑される女(王妃)の顔かと


慈愛をその美しい顔に乗せて、輸送兵に連れられながら処刑台へと昇っていく。その途中で彼女は処刑人の脚を軽く踏んだ。「あっ」と誰かが声を零す。そして、近くにいた国民は聞いたのだ。申し訳なさそうに、美しい声で王妃と呼ばれた女が口を開く




「ごめんなさいね、わざとではありませんのよ?でも、貴方の靴が汚れなくてよかった…。」




処刑人が口を引き結ぶ。何かにこらえるように男は彼女を処刑台の最上へと誘導する。その誘導に従って、暴れることも、泣きわめくことも、悲嘆に暮れることもなく。その顔に笑みを乗せて彼女は処刑台へと上がりきった。まるでダンスに誘われる淑女のように堂々と。

愛おしいものを見るように、彼女はギロチンを横へ立ち、辺りを見回すと何をその目に入れたのか、零れるように深く微笑む




「王妃、マリー・アントワネット。最後に何か言い残すことは?」




誰もが思う。どうか自分たちを貶す言葉を吐き捨ててくれと。そうすれば自分たちが自分たちを正当化できると。けれど彼女はソレをしなかった。ただ両手を前に組んでその美しくも透き通る、慈悲深い声で彼女は広間の民に聞こえるように言うのだ




「さよなら、子供たち。貴方達のお父さんのところへ行きます。」




この子供たちが何を意味していたのか。それはきっと処刑される彼女しか知りえないだろう。子供=国民。お父さん=神を表すのか、それとも言葉通りの意味だったのか。その言葉を最後に彼女は処刑台へと横になり、その華やかでありながら悲劇というに相応しい最後を遂げたのだ。


――――そして、彼女が最後、何を見つめほほ笑んだのか、それは同じ処刑台で同じ景色を見ていた処刑人にしかわからぬことだった。




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bkm






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