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そもそも江戸の豊穣祭とは豊穣の神々引いては天上の御上(帝ともいう)に対して今年も良き一年であり、実りが豊作であったことへの感謝を伝える祭りである。そのため歌舞伎を始めとしたさまざまな一座が一様に揃い中央の広場で演目を披露し、大通りに店を構えるところは露店を出して客を呼び込むため非常ににぎやかだ、もちろん通年であれば私の店も出すはずなのだが、二人とももう年だということで今年から出さないことにしているらしい。

敷物屋の手前で赤い布の敷かれた椅子に腰を掛けながら忙しそうに前を通り過ぎる江戸の人々を眺めるが、

鼻を擽る焼餅のいい香りが腹の虫を鳴らせるものだから困ってしまう




「おねえさーん!」
「お、きたきた」




大きく手を振って下駄を鳴らしながらこちらに走ってくる沖田に手を振れば彼女は銭の入っているであろう朱色の巾着袋まで振り回しこちらに向かってくる。

その後ろを眠いと言いたげな顔で静かに歩く男はいつもと雰囲気が違って一瞬だれかと考え込んだが、少し見れば土方歳三だと判別できた。紺のような灰色のような、あるいはそれらが混じったような、ゆったりとした浴衣だ。着物ではなく浴衣だ。寒くないのだろうかと問いかけたくなったがそれは踏み込みすぎかと思いとどまる

二人を待つため椅子から腰を上げるとき髪につけた髪飾りが擦れてシュランと控えめに音を出した。




「おっまたせしましたお姉さん!さあ!行きましょう!」




元気に手を上げてそう宣言した沖田が私の手を握ると提灯の光で照らされた大通りを歩きだす。その後ろをやはり眠そうな顔でついてくる男はどこか緊張した面持ちだ。
腰に差した日本の刀(あれって和泉守と堀川かな…とか思ったり)の柄を撫でながらこちらには目もくれない。それなのに明らかにこちらに対して意識をしていることが手に取るように分かる

読みやすい人だなと、少しだけ呆れつつ、後ろの彼にも意識を向け、沖田との会話を楽しんだ。




「あ、見てくださいお姉さん焼き魚ですよ!」
「ほんとだ…意外だなぁ、豊穣祭で魚を取り扱うなんて」
「ですよね!あ、でもちょっとだけ高いです」




この時代、まだ魚を海からここまで鮮度を保ったまま運ぶ技術はない。だからこそこの時代の魚は動物の肉と比べてそこそこ値段が張った。内陸の庶民が海から取れた魚を食べることはほとんどないと言っていい。イカやタコ、はてまてクジラなんて絶対に食べることは出来ない。川魚がほとんどだ。まあ、その川魚も動物の肉に比べて原価が高いわけだが。

そう思いながら目の前で焼かれる魚の塩焼きは魅惑的な音をたて油を浮かしてば落ちていく。隣の起きたから唾を飲み込んだ音が聞こえて苦笑したとき、スッと私の横を人影が通り、低めの声が鼓膜を揺らす




「おい、ソレ三つくれ」
「あいよ。にしても兄さん小金持ちだねぇ。三つもかい」




揶揄を飛ばす魚屋の親父さんは土方を含みのある笑みで見つめると焼いていた中でも大きかった三つを手渡した。魚を受け取った土方が銭を渡すとこちらに向き。魚を押し付けるように私と沖田に持たせる




「え、あっ。払います!」
「やったー!土方さんありがとうございますっ!!」
「沖田、お前ちったぁ迷え。藤、男に買ってもらったもん返すなんて真似するな。メンツがつぶれるだろう」




さっさと次に行くぞ。

焼き魚に歯を立てて、土方が前を見据えて歩き出す。沖田は先程魚屋の親父が見せたようなどこか含みあのある笑みを浮かべると土方の腕に絡みついてなにかを呟いた。そうすればそれに対して彼は腕を振い、沖田の頭を小突く。

それを後ろから眺めながら私はもらった小魚にかぶりついた。…あ、ちょっとしょっぱいなこれ。


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bkm






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